第11話 期限

「それじゃ、今日は戻るね。また明日」


 コトハ達に見送られ、サナユキは井の頭公園へと足を運んだ。

 道中、ついでに2体の死霊を斬り伏せて。


 慣れた手つきで、公園と駅を結ぶ坂の真ん中で剣を振り下ろした。

 すると、くうに切れ目がスッと入り、真っ黒い空間がのぞく。


 何の迷いもなく空間へと足を進めた。リビングから隣の部屋へと移るように。



 出た場所は、入ってきた雑居ビルの一角。


 今のところ、ほぼ毎日異界へと行っているが、入った所以外から出たことがない。

 異界はどうやら入った場所へと出る、というのがルールらしい。



「さて、店の準備をするか」


 すぐに店へと戻り、開店の準備へ取りかかる。

 開店間際になって、生保内がやってきた。

 本当は9時には出勤するはずなのだが、それが守られたことはない。


「おはようございます」


 一瞥しただけで、返事も返さない。

 そのまま土足で上がろうとする。


「生保内さん、前から言ってますが、土足は止めて下さい」


 胸ぐらを突き上げられる。


「いちいち、うるせぇなッ! お前はッ!」


 サナユキは静かに見下ろす。

 死霊に比べれば、まったく威圧を感じない。

 どこにでもいる小太りの中年である。

 

 サナユキの冷たい視線を避けるように、生保内の視線が泳いだ。

 行き着いた視線は右腕へ注がれた。


「チッ、わかったよ」


 生保内おぼうちは手を離してから、靴を脱ぎ、スリッパへと履き替えた。


 異界に通い始めてから、生保内の態度が如実に変わった。

 傍若無人ぼうじゃくぶじんは相変わらずだが、手をあげなくなったのだ。



 精神力が向上した結果、他者の言葉や仕草に込められた意図が感じ取れるようになった。


 視線1つで、言葉の選び方1つでも、多くの情報が感じ取れるのだ。

 そして、それぞれが生活のわずかな意識に溶け込み、印象の差を生む。


 目立つ人、目立たない人。

 人に好かれる人、興味を持たれない人。

 一目置かれる人、置かれない人。


 僅かな視線や手振りの動かし方や合いの手の入れ方の違いが、如実に分かる。

 まだ、真似できるほどに飲み込めていはいないのだが。



 話を戻すと、以前より、生保内の人となりが分かってきた。


 目線は他者の顔色を伺っているが、目を合わせたがらない。

 手振りは威圧的で大きく見せようとしているが、自信はない。


 経験や実績にもとづいた自信はないのだが、表面的なプライドは高い。

 そして、その高いプライドに見合うだけの努力は決してしない。



 なぜ、こんな小物におびえていたのか、不思議で仕方がない。



 最近は明らかにサナユキへ恐怖を感じている。

 サナユキと相対した際、必ず右腕へ視線が行き着く。


 ――なんで右腕なんだろう


 右腕といえば、サナユキが祟術たたりじゅつに用いる黒い木が入った場所である。

 だが、当然、現世では祟術は使えない。



 不思議には思うが、間もなく開店である。

 すぐ気持ちを切り替え、営業早々に入店した客の対応に励んだ。


 そうこうする内に、昼前の時間となる。


 11時半ごろ、生保内が誰にも告げずに、昼食のために店を出ていった。


 ――今だ


 サナユキは、ホールが落ち着くのを待って、いつも生保内がこもっている元厨房へと急ぐ。


 そこに置いてあるのは1台のノートPC。

 猫カフェ「福猫」の帳簿、つまり入出金記録を管理しているPCである。


 案の定開きっぱなしでパスワードロックもしていない。


 店の金の管理は生保内がすべてやっている。

 しかし、何にいくら払われているのかを絶対教えてくれないのだ。

 それどころかPCに近づくだけでもすごい剣幕で怒り始める。


 以前はただただ怖がっていたが、今は違う。

 店の財政状況が悪く、建物を手放さなくてはいけない状態で、資金のことを知らないのは問題が過ぎる。


 サナユキはすばやくPCを操作し、ブラウザのタブを確認する。


「あった」


 メインバンクである後藤が務める銀行のWebツールだ。


 ――たった、これだけしか


 店の口座残高は想像以上に少なかった。

 確かにこれではアルバイトを増やすことなどできはしない。


「何に使ってるんだ」


 入出金記録の一覧を開き、上からスクロールで眺めていく。


「なんだ、これ」


 毎月数十万単位で、聞いたことも無い口座へ店の金が振り込まれている。


 まさか、という気持ち。

 やはり、という気持ち。


 2つが同時沸き起こる。


 店自体は両親時代から懇意にしてくれる人たちや新しいお客さんもいるため、それなりに安定しているのに、いつも資金不足であった。

 銀行への返済ができないほど。


 ――横領おうりょう……


 確かに、これは隠しておきたいだろう。

 

「早く証拠を確保しないと」


 店にプリンターはない。

 メールで転送すれば跡が残る。


「スマホだ」


 写真を撮れば問題ない。

 すぐに店のカウンターに置いたスマホを取りに、元厨房を出る。


 そのとき、店の扉のベルが音を立てた。


「いらっしゃ――」


 生保内だ。


「……お前、そこで何してる」


 玄関先から睨みつける生保内。


「新しいノートを取りに来ただけです」


 ズカズカと生保内が近づいてくる。


 ――まずいッ!


 今、PCは開きっぱなしだ。

 それも入出金記録が表示されたページで。


 急に戻ってPCを操作すれば、内容を見ていたと自白するようなもの。

 証拠を抑える前に、すべてを消される可能性がある。


「……生保内さん、土足はやめてもらえませんか。猫たちに病気が伝染るかもしれません」


 右手で制止すると、生保内の顔が歪む。


 憎たらしげにサナユキを睨みつけ、玄関ホールへと戻って荒々しく靴を脱ぎ始める。


 ――今だ


 すぐに厨房へ戻り、PCのタブを手早く切り変える。

 すると急いで生保内が戻ってきた。


「あ、これを探してたんです」


 厨房の棚に詰め込まれた新しいノートを取る。


 サナユキを押しのけながら、元厨房へと入る生保内。

 急ぎノートPCの画面を確認して、手荒く閉じた。PCにはロックが掛かっただろう。


「……どうしたんです? 昼食は?」


「財布を忘れたんだよ! 文句あんのかッ!?」


「いえ、行ってらっしゃい」


 最後まで疑り深い視線を送りながらも、生保内は外へと出ていった。

 その後、PCを開きパスワードを何度か試してみたが、ロックは解除できなかった。


 ずぼらで、いい加減ではあるが、変な所で用心深い。


 だが、資金が流れている会社名は覚えた。



 ――もうこれ以上、奪われない





 翌日。


 銀行の担当者の後藤がやって来た。

 いつものダイニングでの会話である。


「あの話、考えてくれたかな?」


 建物と土地を売って、融資を相殺しようという話である。

 サナユキは真っ直ぐ後藤の目を見つめた。


「……後藤さん。あれから考えたんですが、やっぱり頑張ろうかと思います」


「それはよく考えた結果なのかな?」


「はい」


「そうか。銀行の人間としては残念だ」


「すみません」


 後藤が穏やかな笑みを浮かべる。


「でも僕個人としては嬉しいよ。君が頑張ると言ってくれたことが。気にしてたんだよ、サナユキ君は自分の気持ちを押し殺すきらいがあったからね」


「もう流されるのは、やめようと思ったんです」


「……となると問題もある。大変かもしれないけど」


「問題ですか?」


「6月末には、本部の監査がある。この店の財務状況はもう僕の力では隠せない。なんとか返済の計画を提出して貰う必要がある」


 今日は5月15日。

 6月末までには後一月半くらいしかない。

 運転資金を抜本から練り直すのには、あまりに時間が足りない。


 本来であれば。


 しかし、今はアテがある。


 生保内が不正送金している会社を特定し、横領の確証を得ることだ。

 店から送られたお金を弁償してもらえるかはわからないが、これ以上の資金流出を止めることができれば、少なくとも返済計画は出せるはず。


 行動しさえすれば、たった1日で得られた糸口であるが、何年も見ないフリをしてきた。


 目を閉じ、耳をふさぎ、うずくまっていれば、過ぎ去ってくれる。そう信じていた、いや、信じ込もうとしていた過去の自分が憎たらしくて仕方がない。


 だが、今、感情は胸の奥に沈めておく。

 すべきをさなくては。


「頑張ってみます」


 後藤が満面の笑みを浮かべる。


「応援するよ」


 その笑みに少しの引っ掛かりを覚えた。


 ――なんだろう


 サナユキを応援してくれている。

 間違いなくそうだと思うが、心の何処かが、ざわついてしかたがない。


「……何かな?」


「いえ、来月には返済計画を出しますので」


「待ってるよ」


 後藤は茶をすすり一気に飲み干すと、銀行へと戻っていった。

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