第10話 新たな日常

「ほんとに大丈夫か? サナユキ」


「ケイ、無理言って悪いね。久々に剣道をやりたくて」


 早朝。

 2人がいるのは高校の剣道場である。

 あと1時間もすれば、部員の誰かが朝練に来るであろう。


 サナユキとケイは道着に身を包み、竹刀を構えて向かい合った。

 つかを強く握りしめ、「本気で行くぞ」とケイが息を吐くように言い、サナユキはただ頷く。


 2人の気が充満したのを開始の合図として、瞬間的に距離を詰める。


 サナユキは小手を狙って素早く打ち込んだ。

 が、ケイはそれを見越して体を捻り、反撃の面を放つ。

 サナユキもかわし、再び中心を制する。


 試合は一進一退が続く。


 ――いける


 サナユキの「突きーッ!」一声とともに、竹刀の先端を喉元へと放った。


 突きは危険な技である。練習試合での使用を禁じているケースがあるほどだ。


 だが、放つ。

 信頼の証でもある。


 ケイは下からサナユキの竹刀へと打ち当て、すり上げる。

 そのまま伸び切った腕を戻す前に、怒声のような掛け声と共にケイの「面」を受けた。


「さすが……剣道部主将。中学で辞めた俺じゃ、通じないか」


「いや、今のは危なかった。ずっと練習は続けてたのか?」


 ケイが厳しい視線を送る。


「最近、剣を使える場所があってね」


 もちろん異界のことである。

 サナユキの祟術たたりじゅつは剣。

 

 剣道と剣術は厳密には別物である。習うすべての人間が最初に教え込まれることだ。剣道は、剣の修練を通じて、人としての道を理解し、それを進むためにある。


 だが、剣術は違う。

 どれだけ取り繕おうが、相手を斬り伏せるためにある術技である。

 そのため剣道では決して認められない徒手での打撃や蹴り、絞め技、極めつけは剣を投げるような技すらある。


 それでも、共通することも多くあるため、十分練習にはなる。


「なんだよ。なら俺も誘えっつの」


 ケイが嬉そうに肩を組む。


「あんまり人を呼べる場所じゃないんだ」


「じゃあ、仕方ないか。なら、たまには俺の朝練に付き合え」


「ああ、お願いするよ」


 2人は、昔を思い返すよう何度も打ち合う内に、またたく間に1時間ほど経ってしまった。



「はぁはぁ、7勝4敗か。ありえねぇ。俺、これでも国体選手だぞ」


 2人は道着を脱ぎ、壁によりかかりながら、タオルで汗を拭く。

 ケイが肩で息をしながら、スポーツドリンクを飲み干した。


「知ってる。やっぱりケイは強い」


 肩で息をするサナユキ。


「だろ? このあと、朝のマック行こうぜ」


「用事がある」


「何だよ。付き合わせといて、それか?」


 ケイが大げさの手を広げた。


「ごめん」


「冗談だ。またな。いつでも付き合う」


 ケイが拳を突き出し、サナユキも自身の拳を軽く当てた。


「頼むよ」




 ケイと道場で別れ、そそくさと高校を後にした。


 そのまま駅前方面へ向かい、誰も居ない雑居ビルへと静かに入る。

 クラブや居酒屋しか入っていないビルのため、朝方は誰1人居ない。


 そして、階段下の重ねられたビール箱の横で、背中を壁へと押し当てる。

 壁が一瞬で消えたかのように、背後へと体がのめり込んだ。


 周囲の景色が一転する。


「あ、サナユキ。おはよう」


 廃墟と化した部屋から声を掛けてきたのは、サエ。

 2人の拠点である。


「おはよう」


 続いてセーラー服の少女が出てきた。

 コトハである。


「今日も早いのね」


「朝方のほうが時間が取りやすいから。それに最近、睡眠時間が5時間くらいでも、目覚めがばっちりなんだ」


「ショートスリーパー。精神力向上ってそんな効果があるのね。体の変化は現世には影響がないのだと思ってた」


 一部のショートスリーパーはβ1-アドレナリン受容体遺伝子の稀な変異が原因で、神経細胞ニューロンの偏在で起こることが知られている。

 精神力という抽象的な変化ではなく、脳細胞の変化、つまり身体的変化といっても過言ではない現象が起きたことを意味していた。


「精神が変化するってことは、それに従うように体が適応するんじゃないのかな。よくわからないけど」


 そうは言ったものの、サナユキは全く気にしてなどいない。

 そもそも科学云々は、こんな世界異界がある時点で目安程度でしかないのだから。


「それもそうね」


 サナユキは廃墟の部屋から、まだ屋根があるリビングへと足を運ぶ。


「俺の睡眠時間は短くなったけど、2人はこっちで寝てるの?」


「生霊も休息くらいは取るわよ。熟睡するようなことはないけど」


「それじゃ夜も狩りたい放題じゃん」


「そんなことはない。夜は強い死霊が多く徘徊しているから、拠点から出ないの」


「なるほどね」


 コトハが長い髪をヘアバンドでサッとまとめる。

 続くようにサエはスニーカーの紐を固く結んだ。


 手早く準備を追えたコトハが、サナユキとサエに呼びかける。


「じゃあ、行きましょうか」


「オーケー」「いつでもー」


 サナユキは右腕から黒い木を生やし、刃を形作る。

 慣れた手つきで日本刀を手で掴む。


 コトハは左腕から鎖を作りだし、影でできた狼チコを喚び出した。

 サエは2人の後ろに続く。


「いつも通りで」


「わかった」





 拠点から歩きだして15分ほど。


 3人は、廃墟と化した住宅街を歩いていた。

 よくある住宅街で、狭い道路に網目のように道が張り巡らされている。



 チコが鼻を揺らす。

 すぐに耳をピクと動かした。


 影狼チコは、感覚が人間の比では無いほどに敏感である。

 そのため、近くにいる死霊の感知はお手の物だ。


「西に100m、死霊3体」


 端的にコトハが伝えるとサナユキが走り出す。

 横を伴走するように影狼のチコが続く。


 ――あれか


 さして時間もかからず、100mほど先に黒い何かを視界に捕らえた。


 アスファルトの電柱の下に3体の死霊がいる。

 3体とも地面へと腰を落とし、何かへ群がっているようだ。


「チコ、1体は任せた」


 背後から駆けてくるコトハが頷くと、狼が加速する。

 そのまま一瞬で駆け寄り、背後から死霊へと襲いかかった。


 飛びつかれた1体が、チコと共に近くの家屋へと突っ込む。


 残り2体も異変に気がついたようで、すぐに先行するサナユキへと襲いかかってきた。


「遅い」


 サナユキは止まるどころか、更に加速する。

 2体の死霊の間を、一瞬で通り過ぎた。


 僅かなを置いて、2体の死霊が崩れ落ちる。


 ほぼ同時、崩れた家屋からもチコが出てきた。

 息絶えた死霊をくわえて、引きずりながら。



「すごーい、サナユキ。3週間前に会った時とは別人じゃん」


「もともとサナユキの祟術たたりじゅつは強力だったじゃない。ちゃんと使えれば最下級の死霊なら、あんなものでしょ」


「そうかもね。ま、私は治癒だけで、攻撃とか全然できないけど」


 サナユキは崩れた死霊の1体へ、剣を差し向ける。


「1人1体ずつ食べようか。丁度、3体だし」


「そうしましょう」


 3人はそれぞれの部位から黒い木を生やし、死霊を取り込み始めた。

 祟術の強化のためである。


 取り込みながらサナユキは、先程の死霊たちを思い浮かべる。


 ――何してたんだろう


 先ほど死霊達がうずくまっていた場所へと目をやると、何かがある


「卵?」


 街の至る所に落ちている目がある卵である。

 サナユキを異界へと連れ込んだ者は、これを「人」と呼んでいた。


 異界なら、どこにでもある目の卵だが、1つだけ見慣れないものがある。

 殻が一部剥げているのだ。


 ――そういえば、中身はどうなってんだろ


 手に取り見てみる。


「うわっ」


 思わず放り投げてしまった。

 中に覗いたのは、子宮で育つ赤子のように、丸まった人間であった。

 手足は短いが、異様に頭は大きい。

 そして、一際大きな眼球が、殻越しに外を見ている。


 ――気持ちワル



「次、行くよ」


「あ、わかった」


 一連の狩りは、このところの日課であった。

 朝早く起きて、異界へと足を運び、死霊を狩って摂り込む。


 なぜ、コトハたちがサナユキにそうさせているのかはわからないが、後1週間ほどは狩れるだけ狩って欲しいらしい。


 それはサナユキにとっても変化をもたらした。

 劇的と言って良いほどに。


 異界に足を踏み入れれば、無重力にいるかのように体が軽く、目に見えない鎧を着ているのではないかと思うほどに体は頑丈となる。


 現世に戻れば、身体的な能力は変わらない。


 だが、以前の倍以上に頭が回り、活力に溢れていた。

 頭が回れば回るほど、今まで以上に世の中のことに興味が強くなった。


 ニュースで聞き流していた単語の意味や背景を知りたくなる。

 最初はネットで調べていたが、すぐに表面的な情報では満足できなくなり、本を買ってしまった。

 今まで漫画以外、買ったことなど、無かったのに。


 不思議なことに活字の情報がすらすらと頭に入ってくる。

 仕事や学校の合間に読んでも、数時間前に読んだ情報が難なく思い出せるため、まったく苦にならない。むしろ情報が頭に入ること自体に心地よさを覚えるほどだ。


 当然、勉強も何なく取り組めるようになった。

 オンラインの授業は録画して3倍速で聴講すれば十二分に理解できてしまう。

 少し前まで、授業の内容に追いつくだけでも精一杯で、何度も見返していたものが、である。

 聴講の時間は最小限に、それ以外の時間は長期記憶に進めるための反復練習へと回せるようになったのだ。



「また勉強?」


 1時間ほど狩って、拠点へと戻った3人。


 すぐにサナユキは、スポンジが剥き出しとなった本皮のソファーへと腰掛け、持参した教科書を読み始めた。


「うん。勉強はこっちでした方がいいから」


 異界の時間の流れは、緩慢である。

 大まかに計算したところ、異界の3時間は現世の30分ほどなのだ。


 高校に、仕事にと、時間が足りないサナユキにとって、異界という場所は都合の良い場所でもあった。


 教科書をさしたる時間もかからず、さらっと読み終えたサナユキ。

 大きく伸びをする。


「それじゃ、今日は戻るね。また明日」


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