第9話 片翼の死霊

祟術たたりじゅつって、死霊も使えたの?」


「共食いして……強くなった奴は……祟術たたりじゅつが使……えるの」


 おそらく死霊には階級のようなものがあるのだろう。

 今まで倒してきた死霊は最下級。

 それでも人と比べるべくもない力を持ち、頑丈だった。


 サナユキはゆっくりと状況を整理する。


 きっと地下街の唯一の出入り口は地下ホールの先にあるだろう。


「……突破しよう」


「無理よ……祟術持ちなんて……殺されるだけ。 他の出口を……探しましょう」


「まず無いよ」


「どうして……わかるの」


 サナユキは片翼の死霊に、むさぼられる死霊を横目でみる。


「状況からして、さっき倒した死霊たちはアイツが飼っていた生き餌だと思う。つまり、ここを通らないと逃げられない」


 コトハも同意なのか、反論はない。


「今、サエを乗せて……チコを……こっちに向かわせてる。それを……待ちましょう」


 顔が白くなりつつあるコトハがしゃがんだ。

 すでに立つこともつらいのだろう。


「チコが来たら、あれに勝てる?」


 首を振る。


「……あなた1人を逃がす……ことくらいなら」


 本人は隠しているつもりかも知れないが、震えが激しくなっている。


 いち早く治療が必要だ。

 もとはと言えば、サナユキを助けるために負った傷である。


 このまま見捨てることなど、できはしない。


 サナユキは雑貨屋のソファーへとコトハを連れて行った。


「……コトハはここに隠れてて」


「なに……するの?」


「倒せるか、試してみる」


 恐怖心はある。

 だが頭のどこかで、思考が走り続けていた。

 感情とは別に、冷静に状況を整理している自分がいるのだ。


 不思議な感覚である。

 少し前ならパニックで思考を放棄していただろう。


 ――これが精神力の取り込み、か


「無理……よ、ダメ……勝てない」


 サナユキはコトハの言葉を無視し、静かに走り始めた。


 相手がどれくらい強いのかはわからないが、食べるのに夢中になっている今がチャンス。

 黒い棒を握りしめ、背後から忍び寄る。

 相手はまだ気がついていない。



 呼吸を整え、走り出した。

 そのまま全身の体重を乗せて、斬り掛かった。


 最初に感じたのはバスの巨大なタイヤを、竹刀で叩いたような感覚。


 ――まるで手応えがない


 先程まで死霊たちを簡単に切り裂いていた木の棒が、まるで刺さらない。

 かすり傷を作った程度である。


「斬れる気がしないな」


 静かに振り変える片翼のある死霊。

 子供に声でも掛けられたかのように、ゆっくりと立ち上がった。

 事実、敵だとすら思っていないのだろう。


 ――2mはある


 大男とでも相対しているようだ。


「グオォォオオオッッ!!」


 地下街を揺るがすほどの雄叫びが響き渡る。

 骨のような片翼から黒い液体を滴らせながら。


 片翼の死霊が、地面を思い切り蹴った。


 同時、視界から消える。


「どこ――」


 背後から急に悪寒を感じる。

 片翼が急に背後へと回っていたのだ。


 ――いつの間に!?


 殴られるのを、ギリギリで避ける。


 速すぎる、などというレベルではない。

 瞬間移動したかのようだ。


 そのまま手刀が振るわれる。

 それを棒でいなすが、先程までの死霊とは何もかもが違いすぎる。


 ――鋭いッ


 手刀を避けるたびに、切傷が増えていく。

 いつまでも防御に徹していてはジリ貧だ。


 手刀がほほを掠めたとき、大きく一歩を踏み出し、突きを放つ。



 当たる。

 そう確信したとき。



 死霊が消えた。

 目の前から2mを超える片翼の死霊が忽然こつぜんと、だ。


 直後、左側から影が差す。


 半ば無意識に反対側へジャンプした。


 次の瞬間、左側から凄まじい衝撃を受けた。

 そのまま吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされながらも、元いた場所を確認すると、足を蹴り上げた片翼がいた。

 足元には黒い水溜みずたまりがある。

 コトハが、何も無い空間から影狼を喚ぶときにできる黒い水たまりと似ている。


 ――瞬間移動


 早く動いているのではない。

 翼から滴らせた黒い水を使って瞬間移動しているのだろう。


 思えば、この地下街へと連れてこられたときも、同じような仕組みで瞬間移動させられたと考えれば合点がいく。


 手を突きながらも地面へと着地する。


「痛ッ」


 左腕が折れている。


 片翼以外の死霊に蹴られても軽い打撲で済んだはずが、一撃で腕が折れた。

 反対側へとジャンプしたため、かなりの力を押し殺したにもかかわらず。


 直撃すれば、体が弾け飛ぶかもしれない。


 心臓がうるさいほどバクバクと音を立てる。


 ――まずい


 攻撃は通らない。

 相手の攻撃をまともに受ければ一度で終わり。

 さらに相手は祟術たたりじゅつを使ってくる。


 コトハが止めるわけである。先程までの死霊と次元が違う。


 だが、これ以外の選択肢がなかったのだ。


 思考は勝ち筋ではなく、すでに逃げ方を模索していた。


 片翼が更に怒涛の攻撃を繰り出してくる。

 嵐のような手刀を必死に避け続けた。


「耐えろ、耐えろ、耐えろ………」


 思考が逃げ方を思いつくまで。


 だが、一向に思いつかない。

 そもそも瞬間移動ができるのであれば、速度勝負は無意味だ。


 焦りにより、少しだけ棒を下げたとき、目の前に突如現れた片翼。


 一瞬の気後れを見逃さなかったのだ。

 手刀を作り、サナユキの心臓を貫こうとしている。


 咄嗟に正気へと戻る。


 ――クソッ


 寸秒を惜しみ、右手にした木の棒を引く。


 手刀と木の棒が交わる。


 防げた、と思った、次の瞬間。

 脊椎に凄まじい衝撃を覚えた。

 体の中を血をとともに力が駆け巡る。


 片翼の死霊の腕が、腹にめり込んでいる。


 遅れて襲ってきた激痛とともに、サナユキは吹き飛ばされた。


 ピンポン玉のように床をバウンドして、壁へと激突する。


「ぐはッ」


 痛みで意識が飛びそうだ。


 呼吸がままならない。

 骨が数本折れた。


 だが、それ以上に折れてはいけないものが、折れていた。



 ――棒が……武器が折れてる



 一撃まともに喰らっただけで、頼みの武器が折れてしまった。


 目の前に壁側へと歩いてくる片翼。


「……無理だ」


 これは倒せない。

 諦めに近い感情から、思わず棒を手放そうとする。


「ダメッ! 武器を……手放さないでッ!」


 コトハが声を振り絞ったようにかすれた声が響く。


 ――だって、もう折れてる


 強いものには食われる。世の常だ。

 弱者が喰われたくないのであれば、強者の庇護下に入ることくらいしかできない。


 だから、両親が死んだとき、生保内おぼうちの下に入った。

 たとえ、どれだけ息苦しくとも。

 

 耐え続けた。抵抗を止め、愛想笑いを浮かべ、敵意がないことを示し続けた。

 ただただ不安や不満を抱えながら、その場にうずくまり続けたのだ。


 それが弱者の不文律 。

 そして、最も楽な方法でもあった。


「へへっ」


 笑みを片翼へと向けた。

 愛想笑いを浮かべれば、生保内は殴るのを止めてくれた。

 身に染み込んだ悪癖がでてしまったのだ。


 当然のように、目の前の片翼には通じるはずがない。


 片翼は昆虫のように冷徹な目で、獲物サナユキを狙い続けている。


「…………クソ過ぎる、俺」


 前回、死霊に殺されそうになったときも同じだ。

 どこかで死を受けいれていた。


 現実感がなかったのだが、それも2度、3度と続けば、馬鹿でも、それが現実だと分かる。


 ただただ耐え、過ぎ去ることを祈る。

 耐えるだけでは何も起こりはしない。

 今の今まで疑問も持たなかった。


 右手の祟術たたりじゅつは奪われた恨みだと、コトハは言っていた。

 2度と、奪われないための武器。



 ――こいつは俺から奪いに来てるんだ。すべてを



『死霊を喰べることで、その人が持っていた精神力を取り込めるの』


 コトハの言葉が頭を過る。

 世の中は奪い合いだ。

 奪う側と奪われる側がいる。


 奪われる側に居たから、奪われた。ただそれだけ。


 ――耐えるだけじゃ……報われないッ!


 苛立ち。


 奪う者に対してではない。

 奪われる側に甘んじ、我慢して、ヘラヘラと笑い続けるしかなかった自分に、だ。


 苛立ちは怒りとなり、怒りは憎しみへと変わる。

 己に対して、負の感情が渦巻いた。



「俺から……奪うなら……」



 壁に身を押し当てながら、立ち上がる。

 燃え盛る精神が体を無理やり引き上げていくのだ。



 片翼の動きが止まる。





「俺もお前から奪うッ!! 全部……全部だッ!!」





 右手と繋がった黒い木の棒が、ツタが解けるように一度バラバラとなる。

 再び黒い木が絡み合い、螺旋を描きながら形を成す。



 それは黒い刃。



 漆黒の日本刀だった。




 刀のつかを握りしめる。


 力を振り絞り、大きく一歩前へと踏み出した。

 その瞳は一直線に片翼の死霊を見ていた。


「グオォォオオオッッ!!」 


 片翼が威嚇の声をあげ、黒い液体を翼から垂らし床へと落ちる。


 次の瞬間、背後から現れた。



 「お前をッ! 喰わせろッッ!!!」



 体をねじりながら、刀を握った手を絞った。


 片翼の手刀が肩を掠めて、血飛沫ちしぶきが舞う。

 だが、痛みは捨て置いた。



 そのまま、横一閃。


 静かに振り切った。



 風切り音すら立たない。

 音まで切り捨てたかのように。


「信じ……られ……ない」


 コトハがつぶやいた。


 間を置いて、片翼は真っ二つとなり、上半身が崩れ落ちた。



 サナユキは、崩れる上体の背中を貫きながら、下半身へと刃を突き立てる。

 砂漠に水を撒いたように、一瞬で片翼の死霊を吸い上げた。



 凄まじいほどの力が流れ込んで来るのが分かる。


「コトハ! サナユキ!」


 奥にある階段から巨大な狼に乗ったサエが現れる。

 状況を察したサエがすぐに額から黒い角を喚び出した。



 サナユキは自身の右手へと視線を落とす。



「……もう誰にも、奪われてやらない」



 誰にも聞こえない小さな声。

 だが、それは自身の今後を決めるに足る決意であった。



 ============

 お読みいただき、ありがとうございます。


 やっと序幕的な話が終わりました。


 もっと早く一段落つけたかったのですが、9話も要してしまいました。

 ジャンプだったら初回1話でまとめる範囲ですよね。反省です。


 ここからは話のテンポをあげながら、頑張りたいと思います。

 引き続き応援お願いいたします。

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