第7話 異界再来

「……あなた、誰です?」


「昨日、会ったじゃないですか!? 不動フドウ 真言サナユキです!」


「昨日、会った? 何のこと?」


「いや、だって。助けてほしいって」


 琴葉コトハが冷たい視線を真言へと送る。


「ナンパなら、お断り」


「ナン……パ?」


 昨日のことである。

 顔くらいは覚えているはずだ。


 ――どういうことだ? 何で覚えてないの


 本当に訝しんでいるような視線である。

 戸惑った真言サナユキを置いて琴葉コトハは駅の改札をくぐっていった。


「……おい、サナユキ。あれは無理、諦めろ。 櫛灘クシナダ高の吉良瀬キラセ 琴葉コトハだろ?」


「ケイ。なんで知ってるの?」


「この辺りだと有名人。てか、知らないのか? 子役で出てだろ、テレビ」


「いや、全然知らなかった」


「アチャー、知らずに突撃かぁ。ま、失恋も青春のスパイスだな」


 ケイが物知り顔で肩に手を当てる。


「ケイも彼女いないじゃん。モテるくせに」


「俺は皆の彼氏だから」


 半分、本気と思えるような笑みを浮かべたケイ。


「……ぶん殴りてぇ」




 その後、ケイと分かれて、家へ戻った。

 平日の夕方ということもあり、あまり客は入っていない。


 カウンターの奥にある扉から自宅へと戻ろうとした時、店の中から声がかかる。


「やあ、サナユキ君。元気してたかな?」


 40代ほどの痩せたスーツの男が、カーペットの上に正座していた。

 回りには2匹ほどの猫が寝ている。


「あ、後藤さん、お久しぶりです」


「すまないね、サナユキくんの後見人なのに、たまにしか顔出せなくて」


「いえいえ、銀行の仕事も忙しいと思うので」


 後藤は銀行の担当者である。

 個人商店の融資は銀行との取引で成り立っていることが多く、例に漏れず『猫カフェ 福猫』も銀行の融資を受けていた。


 両親が急死した際、幼い頃からの担当者であった後藤が、身寄りのない真言サナユキの後見人を買って出てくれたのだ。


 店が維持できるように、生保内おぼうちを斡旋してくれた人でもある。


「少しだけ、話いいかな?」


「ええ、もちろん」


 2人は居室のダイニングへと移った。

 最初に口を開いたのは後藤。


「学業のこと、聞いたよ」


「……ええ」


 このままでは卒業もままならないということだろう。

 担当の男性教諭は後藤への報告だけは、いつも速い。


「君の将来を考えると、やっぱり店は手放した方がいいんじゃないかな?」


「…………」


 真言は答えられず、手を握りしめる。


「店の運営状態は良くない。今、銀行への返済は、僕の裁量で何とか猶予してもらってるけど、本部からいつ指摘されてもおかしくない状態なんだ」


「少し……少し、生保内おぼうちさんの給与が高すぎると思うんです」


 実際に店の売上の半分以上が、ほぼ何もしない生保内の給与へと割り当てられる。

 小保内よりもアルバイトの方が圧倒的に役に立っている状況だ。


 両親が遺してくれた建物がなければとっくの昔に潰れてしまっていた。


「まだ若い真言サナユキ君にはわからないことかもしれないけど、大人が生きていくというのは大変なことなんだ」


 生きていくという意味であれば真言も同じではあるが。


「そうですかね」


「実はね、いい話があるんだ。」


 後藤が真言サナユキの目を真っ直ぐ見つめる。

 今から大事な話をする、という表れである。


「この建物を、ぜひ買い取りたいという人が居てね」


「建物を?」


「そうだよ。もし売れれば、銀行から借りている額を相殺できる。新しい家を探すのは僕も手伝おう。どうかな?」


 後藤は満面の笑みを浮かべる。


「……考えさせてください」


「言い返事を期待しているよ。これはきっと君の為になる話だ」



 その後、二言、三言交わすと、後藤は「仕事があるから」と言って出ていった。


 1人、部屋に残された真言。


「はあ」


 1人、背もたれの後ろに倒れ込むと、茶トラ猫が足にほおずりしてくる。

 もう老猫であるため、あまり店には出していない子だ。


 茶トラ猫が店で一番人気だった時代は、まだ両親がいた。

 今思えば、あの時は毎日が楽しく、賑やかだった気がする。


 ――何で自殺なんかしたんだろう


 真言サナユキの両親は、ある日、学校から帰ってきた時に首を吊っていたのだ。


 丁度この部屋である。

 いつも家族でご飯を食べていたテーブルには、遺書が1枚置いてあった。

 遺書には、『もう楽になりたい』とだけ記されていた。


 正直、それからの数ヶ月はあまり覚えてもいない。



「どうしたらいい――うわっ!?」


 背後へより掛かりすぎた椅子が、バランスを崩す。

 そのまま後ろへと倒れ込んだ。


「いててっ」


 打ち付けた頭を擦りながら、サナユキが上体を起こす。


 眉をひそめながら、目を開ける。


 そこは廃墟の中だった。


 今いるのは異界。

 かつて壁だった先に見えるのは、崩れかけの建物や錆びた看板と木と雑草が生い茂るアスファルト。


 崩れかけた天上に映る空は明るい。

 現世は夕方だったが、こちらは真昼のようだ。


「ええぇ……またぁ?」


 戸惑いを隠せないものの、流石に昨日から2回目となると、うろたえることは少ない。


 そういえば異界へと陥れた白い鎧の少女が言っていた。


死角しかくにはね、異界が広がってるの』


 誰も居ない家で背中から落ちた。

 確かに自分も含め、誰の目にも死角といえば死角か。


「なるほど。誰も居ない所で、背中から壁や床を抜けると、こっちに来るのか……」


 今までこんな変な世界に落ちたことなど無いが、何かの拍子で、来てしまった人間は迷い込みやすくなるのかも知れない。


 なにはともあれ、帰り方は分かっている。


「早く戻ろう」


 サナユキは右手へと視線を落とした。

 前回は巨大な木が生えたが、今回も出るだろうか。


 立ち上がった時、声が掛かる。


「……フドウ君」


 耳馴染みの声に振り向くと、扉が外れたドア枠の向こう側に、コトハとサエが立って居た。


「何で、こんな所に?」


 驚いた表情を浮かべたのはサエ。


「それはこっちのセリフ。ここは私達の拠点よ」


「拠点?」


 言われてみれば、廃墟ではあるが、崩れていない方の部屋は片付いており、小物が整理されている。


「おそらく、私たちと『縁』ができたから、座標が移ったんでしょう。私とも今日、会ったから、補強されたようだし」


 ――やっぱり


 今日会ったのは本人だった。

 だが、全く知らぬ存ぜぬとされてしまった。


「キラセさん、酷くない? 知らないフリをしたでしょ」


 コトハとサエが苦笑いを浮かべた。


「前も言ったけど私は生霊。あなたが会ったのは私の本体。私は本体の記憶を引き継げるけど、本体へは深層心理程度にしか影響しないの」


「本体? 昨日も思ったけど、生霊って何?」


「概ね世間イメージ通りよ。生霊は、強い怨みを持った人間から生まれるもう1人の自分」


「強い怨み?」


「そうよ。私も、サエも異界にいる人は皆、殺したいほど憎い人がいるから生霊なの。例外は退魔師くらいじゃない?」


 ――殺したいほど、憎い人


「じゃあ、この世界は……」


「それはよく分からないけど、他の生霊ひとに聞いた話だと、人々の集合的無意識で作られた世界、らしい」


「人の意識が世界を作る?」


「正直、私はよくわからない。けど、現実の世界とほほ同じだし、あながち間違いじゃないのかも」


「じゃあ、なんでボロボロなの?」


「世界は壊れかけてる。少なくとも多くの人が、そう思ってるんでしょ」


 信じがたい話だが、もはや虚実はどちらでもよい。

 異界という世界があり、自分がここにいる事実の方が、今は大事である。


「よく分からない……うん、けど分かった」


 サナユキは2人へと視線を向ける。


「ともかく、約束は守る。帰る方法を教えてくれた。だから、2人の助けになる」


 コトハとサエが顔を見合わせてた。

 そして、笑みを浮かべる。


「コトハでいいよ。名字で呼ばれるのはあまり好きじゃないの」


「私もサエでいいよ」


「それなら俺もサナユキで」


「フドウ……サナユキ……名字より呼びにくくなってるじゃん!」


 サエが指で文字を数えながら、ツッコミを入れた。


「まあ、どちらでも大丈夫ですよ」


「冗談、冗談。それにタメ口でいいよ」


「わかった」


「切り替え早っ! もうちょっと――」


 ノリツッコミを入れてくるサエが話を続けようとする。

 それを遮ったのはコトハだ。


「サナユキは、まず祟術たたりじゅつを覚えて。昨日見た、信じられないくらい強力だけど使いこなせてないみたいだったから」


 覚えておくというのは悪い話ではない。

 どのみちこの世界から帰る為には、あの黒い木が要るのだ。

 また、死霊と呼ばれていた影人間から身を守る必要もある。


「……確か、怨みだっけ」


「そうよ。やってみて。祟術たたりじゅつが使えないと生きていけない」


 昨日、死にかけた時に感じた怨みを思い浮かべる。

 すると、自分の中にある黒い感情が在り在りと感じられる。


 すぐに右腕にうずきを覚えた。


 心の奥底におりのように溜まっている感情が、はっきりと分かるのだ。

 きっと必死に目をそむけ続けてきたものを認識してしまえば、二度と知らない状態には戻れないのだろう。


 ――来い


 直後、前腕から黒い木が生える。

 小さな黒い枝が1本だけ、だが。


「コトハ、ヤバくない!? ここで昨日みたいなことになったら家、壊されちゃうよ!? ビルをなぎ倒してたじゃない」


 コトハとサエに緊張が張り付いた。


 2人の心配をよそに、黒い木は少し伸びた所で止まり、枝分かれしていく。

 ツタのように何十にも絡み付き、形を作る。



「……できた」


 サナユキの前に浮かんでいるのは、木の棒。


 棒の端と右腕が細いツタでつながっているタダの棒であった。

 その棒を右手で掴む。


 ――竹刀みたいだな。懐かしい


 堪らずサエがツッコミを入れた。


「……ヒノキの棒、的な? 最初の村で手に入る、アレ」


「おそらく不完全なんでしょう。少し慣れてくるともう少し洗練された形になると思うけど。ともかく右腕ってことは、武具系よね」


「うん、そうだね」


「ん? 武具系って?」


 サエが、メガネを持ち上げる仕草をする。

 ちなみにメガネは掛けてはいない。


「一言に怨みって言っても色々と種類がある。弄ばれた怨み、イジメの怨み、みたいに。その怨みの種類によって系統が分かれてるの。私は、嫉妬の怨みを持った生霊だから祈祷系だよ」


 頬に人差し指を当て、はにかみながらサエが言う。


 ――人を怨んでることを明るく言う人とか、初めてだよ……


 リアクションと言葉が一致していないサエをおいて、コトハが話を続ける。


「武具系は大切なモノを奪われた怨みね。敵対者から大切なものを守りたいっていう心理らしいわ」


 ――奪われる、か


 店と生保内の顔が一瞬、頭をかすめた。


「私は左手だから調伏ちょうぶく系ね。影でできた狼を使役する」


 コトハは左手の黒い木から鎖を作り出し、影の狼を喚び出した。


 床の黒い沼から現れた巨大な影狼が、クンクンとサナユキを臭う。


 ――こわっ


 特に木の棒をよく臭っている。

 投げて欲しいのだろうか。手と接続されているから無理であるが。


 猫は好きだが、昔から犬は苦手だ。

 小さい時に、追いかけられた経験があり、恐怖心の方が勝ってしまう。

 しかも、目の前にいるのは、サナユキの胸まで高さがありそうな巨狼である。


「チコっていうの」


「チコ?」


 ――チコじゃなくて、タイタン巨人の間違いだろ


「それで? 助けるって、具体的には何をすればいいの?」


「……まず死霊を狩ってもらう」


「死霊を狩る?」


「死霊を狩って、その力を吸収するの。大量に倒せば、その分だけ祟術たたりじゅつは強くなるから」


「いやいや、無理だって! こんな棒きれで、どうしろって言うんだよ」


「死霊1体なら私のチコで狩れる。当分は、倒した吸収してもらうだけだから、あまり危険はないと思う」


 言葉が詰まる。


「それでも……」


 つまり、「当分」が終わった後は、自分で戦えということだ。

 煮えきらないサナユキに対して、コトハが畳み掛ける。


「肉体で来れるサナユキにとっては、もっと良いことがある」


「良いこと?」


「退魔師もそうなんだけど、死霊を喰べることで、精神力を取り込めるの」


「精神力? つまり我慢強さとか?」


「ここで言う精神力はもっと広い意味。記憶力、理解力、思考力、集中力。もちろん我慢や空気を読む力なんかも含まれるみたい。運動神経なんかもそうね。つまり人の精神活動に関わる全てを強化できる」



「なにそれ……チートじゃん」

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