夜に交わす誓い
そこから二百余年かけて、極北は丁寧に信徒達の国を守り育てました。
極北信仰圏は豊かに繁栄し、外縁諸国との小競り合いは散発的にあるものの、概ね泰平を謳歌していました。
その頃には混血種の世代も進み、末端では短命種と殆ど寿命の変わらない者達も出てきていました。
……そこから換算するに。
長命種にも寿命がありそうだとする説が、
学問の祈りの中に交じっていました。
主神様には勿論ありません。
長命種の血の出方はまちまちで、第一世代の混血種でも百年程度しか生きられない者もいます。
しかし世代を下るにつれ、その割合が増えてゆきます。
また、血が濃く出た者の寿命も若くなるようです。
第七世代で、百二十年ほど。
六、二百五十……五、五百……四、千……ここから先は、推論に過ぎないのですが。
三、二千。二、四千。一、八千……となるのでは、ないかと。
私に寿命がある、という仮定は、想像するのも恐ろしいものでした。
死は確かにいつも私達の身近にありましたが、
私達にだけは降りかからないのだと、勘違いをしていました。
八千年。
長いようで、その実、神々はもうその寿命の四分の一が過ぎようとしています。
私は今六百歳を過ぎたあたり。
もう正確な歳を数えるのはやめました。
あと七千年と少ししたら……
私は主神様を置いて、死んでしまうのでしょうか。
永遠の命が欲しい、と思います。
主神様が今の長命種を作ったのなら、
私だけは不老不死にすることもできるでしょうか。
私は、その説を提唱した混血種と、この祈りを担当した神官を探し出して、自分の手で殺しました。
主神様は笑うことが増え、少しずつですが神々との仲も良好になってきているようでした。
きっと本来はこういう人だったに違いない、というように、朗らかで、したたかで、けれどやはり優しく、私に対しては少しわがままで考えなしな態度をとることもある……可愛らしい方。
喜ばしいこと、だとは思います。
でも、いつか私以外の仲間に対してもそんな可愛い短所を見せるようになるかもしれないと考えると、
これ以上、彼らと仲良くなってほしくないと嫉妬する自分もいます。
私はもう完全に大人になったというのに、恥ずかしい限りです。
私は髪を伸ばしました。
父の倍以上。
リンと同じくらいにまで、伸ばしました。
主神様がリンの憑依した私の髪を気に入ったからです。
背は父を追い抜きました。
これは予想外でした。
雷神ほどではないですが、地神よりも高くなり、
主神様とは、もうまるまる頭ひとつ分差が開きました。
リンの方が背が低く、私は幼い頃思い描いていたような女性的な体とはいえないけれど、しなやかでうつくしい体格になりました。
父からすると、「鍛え方が足りないのではないか」とのことらしいですが、私は武神ではなく美の神ですので、私に似合う体であればよいと思っています。
女性的な方に変えたければリンを憑依させればよいのですし。
……そういえば、主神様はウェルを憑依させても翼が生えるだけで他は胸も何も変わらないですね。
これはどういう差なのでしょう。
リンが遊んでいるのでしょうか。
……なんとなくで考えてみたけれど、その線が一番それっぽいので、この件についてはこれ以上考えるのはやめにしましょう。
それよりもやはり、
永遠の命についてです。
「……主神様。長命種に寿命があること、ご存じですか。」
ある夜、寝所で私が主神様にそう問うてみたところ、それまでにこやかに私の髪を撫でていた主神様は顔を引きつらせ、右手で顔を覆って倒れ込みました。
「……どうやって知ったんだ。」
「混血種の研究により詳らかにされ、学問を司る私のところに届きました。主神様、詳細を見落とされていましたか?」
「いや……研究とかそういう単語が入っているのは内容も確認せずに全部ラインハルトに投げていたから……。」
「やはり、伏せておきたい事柄だったのですね。
ご安心を。この研究を公表したがった研究者と神官は、始末しておきました。」
「……そうか。
ありがとう、と、言うべきなのだろうな……。」
主神様は顔を覆ったまま、ゆっくりと二度溜息をつき、それから再び口を開きました。
「……本物の長命種は、私達が皆駆逐したんだ。」
主神様の説明は、こうでした。
私達の世界は、大いなる者と呼ばれる存在が管理者を決めているそうです。
大いなる者は、世界の維持のために管理者を不老不死にします。
短命種は、長命種が駄目になった時のための予備だそうです。
管理者が特定個人に殺されると、その特定個人は管理者を代替わりすることができます。
主神様達はそうやって、先代の管理者を殺して、本来の長命種を駆逐しました。
十字塔の地底の大監獄、深淵の廻廊。
殺しきれなかった長命種をそこに落とし、
まつろわぬ精霊どもや強力なモンスターも投入し、
中から絶対に開けられぬ蓋をしてしまいました。
十字塔は、彼らの墓標でした。
その罪を無かったことにするため、世界の記憶が書き換わりました。
しかし、主神様は一人管理者をやるのがつらくなりました。
元の仲間達も主神様のことを忘れてしまっていました。
主神様はそれでも彼らを頼り、彼らを長命種に作り変えました。
作り変える時に、自分を忘れた彼らと永遠を生きるのはつらそうだと思った主神様は、
完全に時を止めるのではなく、緩やかに成長するように、長命種の寿命を設定したのでした。
全て聞き終えた私は主神様を抱きしめました。
私は、最初から長命種です。
長命種が成長するように設定されていなければ、恐らく生まれてくることすらなかったでしょう。
それは主神様の救いには、ならないかもしれませんが。
「……主神様。私にだけ、永遠の命をくれませんか。」
「すまない……ラインハルト。怖いんだ。
お前が生まれて六百二十八年。
お前は大人になった。
ここまで心変わりが無かったとしても、
この先どうなるかなんて、分からない。
現にお前は一度……いや、」
「一度、なんですか?」
「なんでもない。」
「そう、ですか。」
良かった、と思いました。
この方はまだ、壊れている。
まだ、私の救い無しでは生きられないのだと。
ぞくり、と脇腹が引き締まります。
私は、主神様を、
支配下に置きたいと願っているのでした。
「急ぎません。
でもいつか、永遠の命をくださいね。
あなたを一人、遺して逝きたくない。」
「ああ……ラインハルト。
その時は、私を殺してくれ。
そうしたら、お前は管理者として、永遠の命を得られる。」
「……え?」
「私は永遠の命なんて、こりごりなんだ。
望んでここにいるわけじゃない。
お前が永遠の命が欲しいと言うなら、
いつでも、代わってやろう。」
違いますよ、それ。全然違います。
私が永遠に生きたいと願うのは、
あなたと共にいたいからです。
ああ、でも、
本当につらいと、
死にたいと願われたら。
「……分かりました。その時が来たら。
うつくしくして、さしあげましょう。」
この残酷な世界まるごと、
あなたの棺桶にいたしましょう。
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