つらい時を共に

 主神様の管理のお手伝いは、終わりがありません。

 それはそうです、ヒトは常に愚かで、間違いを犯し、神に祈り、救いを求めます。

 それらを拾い上げ、彼らの願いを叶え、あるいは罰を下し、あるべき姿へと導くのは、とても主神様個人でやっていい仕事量ではありません。

 ヒトは神への祈りが通じると、奇跡だと喜びます。

 実際、大抵の祈りは主神様の元まで届きません。

 主神様の布いた天網は各地に派遣した混血種達が取りまとめ、

 彼らが極北に通すべきだと思った祈りのみが私達に届きます。

 私のような神々の声は主神様は直接聞いています。

 ヒトと仲間とではやはり価値が違うのでしょう。

 そして届いた祈りを各担当の神々に振り分けるのは主神様のお仕事になります。

 豊穣の祈りは地神に。

 旅の祈りは風神に。

 天候の祈りは雷神に。

 治水と航海の祈りは水神に。

 仕事と恋の祈りは炎神に。

 統治と争いの祈りは武神に。

 芸術と平穏の祈りは私に。

 どれも任せる先がいないとなれば、主神様が自ら動くこともあります。

 ほとんど私の担当は無いから楽をさせてもらっているよ、と主神様は言いますが、とんでもない。

 仕事を振り分けるのがどれほど大変で神経を使う作業なのか、そばで見ている私は思い知らされるばかりです。


 だから、というわけではないらしいのですが。


 主神様は、敢えて自分を信仰しない者達を残しています。

 信徒達と度々争いになりますが、大きくは介入しません。

 なんでも、武神はその態度が気に食わないのだそうです。

 信徒達が戦争に苦しむのを、どうして看過できるのかと。


「ヒトはその在り方も様々であるべきだ。

 私を信仰したくない者が自由に信仰を選べる世界がいい。

 そして思想の多様性を尊重する以上、

 争いもまた、避けられない。」


 主神様は武神に対してそう説明し、静かに首を横に振りました。

 武神はもっともな意見ではあると思ったのでしょう。

 少し押し黙ってから、しかしなおも不機嫌そうに口を開きます。


「彼らが争いに巻き込まれないよう、断絶してしまえばいいではないか。」


「無理だ。その先に新天地があると知っていて、手を伸ばさぬ者はいない。そんなことをしては、今信仰している者達をも不幸にしてしまう。」


「そんなに信徒達が大切でないなら、いっそ神など辞めてしまえばよいのだ。」


 武神が短気を起こしました。

 守りたいものがあるのは結構ですが、そのために視野狭窄に陥るのは如何なものかと。

 私は冷ややかな目で父を観察していました。


「……忘れたのか、武神。

 私達を極北に追いやった者達を。

 私達は、神をのだ。

 彼らが望む以上、神は存在せねばならない。」


 主神様が首を振り、重々しく迫害の過去を語ります。

 しかし、武神を納得させることはできないようでした。


「……統治者階級の者達と市井の者達を混同するのは暴論だ。

 我々が守るべきは常に弱者の側。

 統治者階級の者達が、我々の信仰を先導し、同じ口で戦争を望むならば……」


「アザレイ!」


 主神様に諱で叱責され、父は苦い顔で言葉を飲み込みました。


「……武神のお前らしい考え方だな。

 しかし、滅多なことは口にしないことだ。

 彼らの秩序は彼らのもの。

 私達が過度に介入しても、良い結果にはならない。

 ……もう、何度となく繰り返した歴史だ、

 忘れたわけではないだろう。」


「諦めるのか、お前らしくもない。」


「私、らしい……?」


 あ、その言葉は。

 傍らで聞いていた私は父が主神様の逆鱗に触れたことを悟りました。


 主神様は、恐らく自身についての記憶を神々から奪っています。

 どうしてなのかは分かりません。

 自身もそのことについて苦しんでいる様子を見るに、

 何かよほどの事情あってのことなのでしょう。

 そして、そのために。

 この方は、私以外の仲間達が、自分について知ったふうに話すのを、とても嫌うのです。


 主神様の目が急速に力を失っていくのを見て、

 私はその絶望を確信しました。


「武神、そこまでです。

 あなたが行っているのはもはや議論ではない。

 私には、冷静な態度とは思えません。」


 私の横槍に鼻白んだ武神は、主神様に何かを言おうとして飲み込み、踵を返しました。


「……。

 血の通わぬ議論など無意味。

 失礼する。」




 二人きりになったので、私は主神様を連れて寝所に転移しました。

 今の主神様は、仕事を継続できる状態ではありません。

 ほら、寝台にかじりつきました。

 冷静でなくなっていたのは主神様も同じなのです。


「俺は、諦めたかった。

 何度も、もう目覚めなければいいと思う日々を繰り返した。

 だけど、諦められなかったんだ。

 あいつらが、もう一度俺と……」


 主神様はそこで言葉を切りました。

 口にするのも馬鹿らしい、

 無駄な願いだとでもいうかのように。


「主神様……」


「……諦める強さを持てないだけの俺に、

 諦めない強さなど幻想だと、

 早く死ねばいいと、

 そう言い続けてきたのはお前らじゃないか……!!」


 ああ。

 こういう時。

 あなたのお名前を呼べないのが、

 やはり悔しいなと思うのです。

 何とかしてあなたを呼びとめたい。

 私の父母が忘れたというなら、

 思い出させてやればいいのでは。


 とはいえ、妙案は思い浮かばず。


「主神様。今は私が、おそばにおります。」


 主神様の背中にそっとすがりつきました。

 役に立たない父母のことは忘れて、

 私だけを見ていてください。


「主神様。私の名をお呼びください。」


「……ラインハルト……」


「はい。

 あなたのラインハルトです。

 嬉しいです、主神様。」


 もう幼くはない私は、しかし昔と変わらずあなたのそばに。

 これが、あなたの味方をするということ。

 忘れない者もいるということ。

 あなたに絶望を与える者ではないということ。

 本当の愛が、ここにあるということ。



 あなたにはもう、私だけいればいいのでは、ないですか?



 私には最初から、あなただけいればいいのです。





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