昼の大精霊

 私がお喋りな地神様に「お借りしていた精霊」を殺してしまったこと、その代わり夜の大精霊と契約を交わしたことを報告すると、その噂は瞬く間に極北じゅうに広まりました。

 私は主神様や神々の前で、改めてリンのお披露目をすることになりました。


「リン、誰でもない人になることはできる? 父上の姿を取られていると、少しまずいことになるから。」


「誰でもない、は難しい。愛し子が誰でもない人を想像してくれれば成れる。」


「難しい注文を……」


「そっくりそのまま我の台詞だ。そうだな、将来の自分でも想像してみてはどうだ?」


「うーん、大人の私の姿か……どうせ父上に似ているんだろうけど……主神様に気に入られたいなら、女性的な方が……」


「だいぶ気持ち悪い発言をしているぞ、気をつけろ。」


「変身するのは私じゃなくてリンだから。成ってみて?」


「チッ……」


 リンは父の顔で苦々しく舌打ちしたあと、姿を変えました。

 水の神よりも長い黒髪と、満月のようにうつくしい顔、艷やかな唇、豊かな胸を持った───胸!?


「私はそんな想像してないけど!?」


 武神に負けない筋肉質な体格に大きな胸がついていると、ものすごく圧があります。


「愛し子の女性的に対する引き出しが少ないのが悪い。胸をつけるしかなかった。」


「そんなことはなくない!?

 ちょっと体の曲線を増やすとか!

 お化粧するとか!

 なんか! こう! 他にあるでしょう!」


「愛し子は化粧が嫌いだろう。」


「そうなんだけど!!

 私はそんな胸になりたいとも思ってないよ!

 それじゃ女性的というかもう女性じゃないか!」


「案ずるな。両性具有だ。」


「そんな話はしてないよ!!」


 話している間にも目が胸に惹き寄せられていくのを自覚して、私は深い溜息をつきました。


「……ああ、でも、綺麗だよ、リン。」


「ならば良かった。

 なに、愛し子のどのような心を映してこの姿に成っているのか、我々の他に知る者はいない。

 理想の姉だとでも言っておけば良かろう。」


「最悪の言い訳だよ!!!」


 私の反応を面白いと思っているのか、くつくつとリンが笑っています。声は私の今の声を模しているらしく声変わりしていないので、本当に女性になってしまったように見えます。

 いや、両性具有らしいのですが。

 何故だろう、知りたくもない後ろめたい秘密を抱えてしまった気がします。




 呼び出しがかかり、私は一度リンを下がらせて最上階に向かいました。

 契約というものがどういうものなのか理解されていないなら、大精霊がなんの縛りもなく隣に居るのは危険だと思われてもおかしくないと思ったからです。


「美の神、御前に。」


 神々の前で、大好きな主神様にご挨拶をします。


「ああ、元気になって良かった。さあ、お披露目してくれ。」


「分かりました。」


 私が念じると、私の隣の空間がブレて、そこから堂々とリンが現れました。

 赤いドレスにまで着替えており、何とも頭の痛い……いえ、美の神の相棒に相応しい念の入れようです。

 ほら、リンの前の姿を知っている主神様がちょっと驚いているではありませんか……。

 でも、それは結構嬉しかったので、あとで褒めようと思います。

 驚きと感嘆の声を拾った私は、片足を引いて神々の方を向き、にこやかに説明しました。


「この者は夜の大精霊。

 ご覧の通り、詠唱の縛りもなく、私の意のままに動きます。

 これは、精霊達の中で契約と呼ばれています。

 私は彼……彼女?……と契約しました。

 恐らく、世界で……」


「そう。世界で、君が二番目だ、美の神。」


 主神様が私の言葉を遮ったので、私は驚きました。

 隠していたお力ではなかったのでしょうか。

 主神様の背後に、うつくしい薄虹色の大きな翼を持った金髪碧眼の女性の精霊が現れて、神々が再びどよめきました。


「私も大精霊と契約している。

 これは昼の大精霊だ。

 今まで他の誰も、精霊と契約することはなかった。

 美の神。君が契約してくれたお陰で、私もこの力を公表することができた。

 私達は長いこと君を待っていたんだ。」


 主神様は、そう言って。

 にっこりと。

 確かに、はっきりと笑顔を見せてくれました。


 御前にいた私には、そのお顔が笑顔になる時に少し震えていたのも見て取れました。

 何か、とてつもなく大きな力に押されて、主神様のお顔がようやく笑顔を浮かべるまでに動いた、ような。

 硬い殻を苦労して砕いた、ような。

 ぎこちない、けれど浮かんでしまえば温かい、そんな優しい笑顔でした。


 私も、あなたが再び笑顔を見せてくださるのをずっと待っておりました。

 でも、そう、そんな時間なんて……百三十八年程度の時間なんて比較にもならないくらいずっと、あなたは孤独だったのですね。

 これからは、私がおそばにおります。

 私が、あなたを独りにさせません。


「この力を全て主神様のためにお使いすることを誓います。」


 胸が一杯になり言葉が出せなくなる前に、素早く私は返答し、主神様の前にひざまずきました。



 主神様が、は、と短く息を吐く音がしました。



 その音が、どういう意味なのか私には分からず。

 今顔を上げると、あの奇跡の笑顔が崩れているのではないかと、怖くて動けずにいると、続いて声が降ってきました。


「美の神。神名を奪われたそうだね。」


「……はい。」


「ああいや、責めているわけじゃないよ。もう顔を上げなさい。」


「はい……」


 私が顔を上げると、笑顔の強さは少し薄まったものの優しい微笑みを浮かべながら、主神様が私を見ていました。


「気にすることはない。

 私も神名を喪っている。

 だが、その絆は名を交換するより強い。」


 あれ?

 いいえ、契約と神名を奪われたことは別です。

 だって、契約は……精霊に愛された証だから……

 

 愛し子、と私を呼ぶリンから?

 リンは、どうして私を愛している?

 一度は死闘を繰り広げた相手のどこを?

 何か、大切なことを忘れてしまったような……


 私が眉を少しひそめたのをどう思われたのか、主神様が真剣な表情になり、そっと私の頭を撫でてくれました。

 温かい、少年の手。

 リンと戦った夜に助けてくださって、寝所で手当をしてくださった時と同じ、白檀の香り。

 ああ、そうか、と思います。

 リンはきっと、私と主神様を同一視しているために、愛してくれているのでしょう。

 世界に愛された主神様に目を掛けられている私だから好きなのでしょう。

 リンは主神様の名前を忘れてしまったから。

 その分の愛を、私に向けてくれているのでしょう。



「お前が必要とするならば、新しい神名を考えておこう。

 さあ、お披露目は終わりだ。皆に挨拶を。」


 主神様に優しくそう促され、私はすっかり立ち直って再び神々の方を向いてにこやかに一礼しました。


「今後は、昼と夜、二人の大精霊がこの極北に繁栄をもたらすことでしょう。

 皆様もどうか、若輩者の私にお力添えをいただければと思います。」


 ワッと明るい歓声が皆から上がりました。

 父母や反主神様派の神々も笑顔です。

 私を持ち上げることで転覆を狙っているのかもしれませんね。

 見た目通りの子供だと侮るのもいい加減にしてほしいところですが、仕方ありません。

 うまく私が手玉に取って、主神様の利になるよう転がせばいいだけの話。

 美の神、とは良い立場です。

 人はうつくしいものに弱い……。

 このまま完璧な笑顔で、主神様のお役に立ちましょう。


「……美の神。あとで、私の寝所に来るように。」


「分かりました。」


 背後から主神様に小声で話し掛けられ、内緒話と悟った私は神々に向ける顔を崩さず返答しました。

 こうして契約のお披露目は、無事に終了したのです。




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