第15話 調査の顛末は


 エレベーターの、扉の向こうには――――。


 人影が、見えた。

 エレベーターホールの真ん中に、白衣を着ている長身の男が、ただそこに立っていた。まるで医者や研究者みたいな出で立ちをしている。こいつは……誰だ?

 

 まさか、〈幽冥の聖騎士〉……!?


 そう尋ねようと思い、俺は左を向く。


「なぁ久遠、」 


 名前を呼んだ瞬間、俺は思わず言葉を途切れさせた。だってそこに居たのは、いつもの冷静な斑鳩久遠ではなく、眼をいっぱいに開いて全身震えている友人だったのだから。


「……久遠? どうしたんだよ、おい」


 彼の肩に触れようと俺は手を伸ばすが、久遠はその手を乱暴に払い除けて、俺の方を見ようともしない。ただその、いつもにも増して暗い瞳を、画面に映る男に向けているだけだ。


「……っ、なんで、また……!」


 そう言いながら久遠は画面を拳で叩こうとする。流石に俺も立ち上がり、彼を全力で止める。


「どうしたんだよ、久遠! そんなことしたらパソコン壊れちまうだろ!! ……なぁ、どうしたんだよ、そんなに震えて」


「お前には分からない!」


 ガシャンッと、久遠は持っていたコントローラーを床に落とした。俺はフリーズしていた――だって、こんなに冷たい接し方をする久遠は初めてだったし、ここまで人に拒絶されたのも初めてのような気がしたから。


「来翔には分からないんだよ! どうして僕だけ……いつもいつもこの世界から脱出しようとしても、『迎えに来ないんだ』!? どうしていつもコイツなんだよ……!」


「いつも、ってどういうことだ!? 久遠はこの白衣のやつを知ってるのか?」


「……お前には関係ない」


「どういうことだよ、俺のことを、この世界壊そうぜって誘ってくれたのはお前だっただろ! 友人とか相棒とか言ってくれたのも久遠だろ……! なんでっ」


 俺がそこまで言い切った瞬間、画面に動きがあった。エレベーターを待っていたらしき白衣の男が、こちらの存在に気づいたのだ。小型カメラ付きロボットを見下ろす謎の男。彼は口を開く。


『おやおや……斑鳩くん、やっと出てきてくれましたか』


 さらに久遠の目が、見開かれる。その瞳の奥には恐怖――というより、悲哀の感情が見て取れた。


『社会に戻ってくる気になりましたか……? 多くの人が君のことを待っていますよ?』


「……嫌だ、嫌なんだよもう」


 久遠は震えた声でそういった。


「もうやめてくれ」


 ふっと、画面が落ちた。久遠が電源コードを抜いたのだ。白衣の謎の男の姿が消え、沈黙があたりを支配する。隣に座る友人の肩の力が抜けたのがわかった。


「……久遠」


 そっと名前を呼ぶ。すると友人は諦めたように目を細めて此方を向いた。


「……来翔、ごめん」

「いや、謝る必要なんかねぇよ」


 ……きっと久遠には久遠の事情がある。俺の知り得ない、彼だけの知る秘密。だけど。


「もしよければ教えてほしい。あいつは、なに? 久遠はどうしてあんなに」


「ごめん、何も話せない」


 俺の言葉を無情にも遮り、久遠は言った。

 しかも力強い声音で。

 何もかもを拒むように。


「来翔、今日は帰ってくれないか。ほんとに僕の都合でごめん――もう、」


 これ以上は。



 久遠がまたフッと笑った。喜びでもない、いつもの不敵な笑みでもない、何かを悟ってしまったようなほほえみ。


 ――これ以上は踏み込めない。


「わかった」


 俺は久遠に背中を向け、靴を履く。久遠の家の玄関を出る。そして一度だけ振り返り、友人の姿を瞳に映す。


 さよなら、は言いたくなかった。


「じゃ、またな」


 小さく手を挙げると、向こうも同じ合図をした。

 目の前でドアが閉まった。久遠の声が扉の向こうこら小さく聞こえた。


「また、な」
















 次の日、斑鳩久遠は、【日時計の鐘】広場にて行われた早押しクイズで不正解して、世界から消え去った。

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