第10話 気づいた違和感は


 その後――念入りに打ち合わせをした俺と久遠は、繰り返し繰り返し脳内で明日のシミュレーションをしてようやく満足が行ったところで今日はお開きとなった。久遠が玄関のドアを開けると、眩しいオレンジ色の光が差し込んでくる。夕焼けだ。


「早い……な、もう今日が終わる」

 ぼそっと、俺の横で彼は呟く。

「でも不思議だよな。こうやって、太陽の周期も同じで、空もどこもヘンテコなところなんてなくてさ……ここが異世界だってことを忘れてしまうくらいの、現実世界との共通点の多さがあって」


 それには俺も同意した。


「偏見かもしれないけどさ、異世界って……世界観がもうなんか異次元!って感じでさ。半妖とか魔王とかが君臨してそうな、それで勇者になって魔法使いと一緒に旅するみたいな……そんなのを思い浮かべてたんだ」


 でも、ここは違う。俺は、転生したわけではなく「転移」――すなわち元々いた世界での意識を保ったままこの世界に来ているし、時代錯誤とかも全く起きていない。ただ謎の、生死を賭けた早押しクイズ大会が開催されている他は、なんら変わらない世界線のように思われる。


「実際、違ったしな。そういうラノベ系を想像すると、異世界譚って波乱万丈でワクワクするけど、僕たちが居るのはそんな楽しさとは程遠いとこだし」


 久遠も眼鏡の奥の目を細めて言った。それから、二人で顔を見合わせてプッと吹き出す。夕日に照らされながら、この世界への疑問と不満を撒き散らして笑う俺らは、きっと傍から見たら変なコンビだったのだと思う――それでも、なんだか今はずっと、久遠と馬鹿みたいに笑っていたいと。そう思った。




 友人に別れを告げ、帰路につく。道路のアスファルトに伸びる自分の影を見つめながら、俺は明日のことを考えていた。


(明日は、【暁の層楼】の偵察……久遠曰く、この世界の中枢部があるらしいからな。もしかしたら〈幽冥の聖騎士〉についても何か分かるかもしれん)


 脳裏に蘇るのは――何故か俺に時を戻すという選択肢を与えてくれた、あのときのアイツの声。




「意味? そうだなぁ……知りたかったら私のいる高みへと登ってきなよ」

「クイズに正解して正解して正解して……生き残って。その先に、理由にしろ意味にしろ、君の探し求めているモノがあると思うよ」




 なんで〈幽冥の聖騎士〉は、俺にあんなことを言ったのだろう。今日、俺が斑鳩久遠と出会ったみたいに……もしかしたら、そのアイツが居る『高み』とやらに辿り着くまでの過程になにか大切なものがあるよっていう意味合いなのかもしれない。



 というか、それより待てよ。



 俺は一つの違和感に気がついた。



(もしかして、俺……今日久しぶりに他の人間と話さなかったか?)


 久遠に初めて肩をたたかれて話しかけられたとき……必要以上に驚いてしまった。今思えばあの反応も、仕方がなかったのかもしれない。だって、人から話しかけられるという行為自体が本当に久しぶりに経験した事態だったのだから。


 この世界では、衣食住はどこから出てくるのか知らないが何故か保障されていて、ただひたすら勉強してクイズに正解しさえすれば生きていけるのだ。だから、他の人と話す必要なんてなくて、ただ自分で集中力を高めて知識や技能を蓄えればよいだけ。


(そういえば……俺だけじゃないぞ。クイズ会場に集まった人たちも、正解不正解に反応した以外は、声すら発していなかった)


 そうだ、きっとこの世界にはコミュニケーションというものが、足りていないんだ。久遠だって、俺と話す前は誰とも一緒に居なかった。俺も久遠も他の人達も、この世界で長い間生きているのだったら、必然的に「顔見知り」程度の関係は出来るはず。


 ――なのに、誰も自分以外の人間に話しかけようともしないし、接触しようともしない。


 



 その事実に改めて驚いたところで、気づけば俺は家の前に着いていた。陽は既に遠くに見える山並みの間に沈んでいってしまっている。夜の帳が完全に下ろされるまで、あと少し。


 明日が来るまで、あと少し。

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