ひとりごと

無名の人

右と左

辞書の編纂者によれば、「右と左」をどのように定義するかも時代によって工夫が要るそうだ。確かに、アナログ時計が減ってデジタル時計に慣れた世代に「時計に向かって・・・」などと説明しても意味不明であろう。(野球のライトとレフトではなく政治的な意味での)「右翼と左翼」もフランス革命期の議会の座席の配置に由来するそうだが、200年以上も経った今どきの若い人たちにとっては、右も左もわからない(どうでもいい?)し、保守と革新などと言われても「昭和レトロ」な世代とは真逆の捉え方をするそうだ。


高校時代の一時期、昼休みなどに倫理社会の資料集を隅々まで鑑賞するのがささやかな楽しみであった。「宗教」「哲学」「思想」という言葉に「なんとなくお洒落?」な雰囲気を感じていたので、源流思想から近現代の思想まで(他にすることもなかったので)繰り返し熟読していた。(それぞれの当事者が「自らの人生をより良く生きるための必要性」から生涯をかけて思索した結晶であるなどという感覚を、当時の私が持ち得るはずもなく、単に「ファッションとしての教養」であったのだが。)


家庭生活上の必要があり、9歳にして般若心経をはじめとする経典を暗誦していたこともあって、(葬式仏教とは無縁の、すなわち超越的存在を認めない無神論としての原始仏教(根本仏教)の中核をなす)釈迦牟尼の思想はお気に入りの一つであった。「縁起」(科学そのもの?)、「八正道」(正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定 = まっとうな生き方)、「中道」(快楽主義と苦行主義の否定)などは、現在に至るまで私の人生の羅針盤の役割を果たしてくれたような気がする。


ゲーム中毒に陥ることもなく、宿題プリントに追われる「見ましたスタンプコレクター」になることもなく、「冷静な思考力を持って知恵を磨き、真理を求める道(山川・倫理用語集)」を探求しましょう、というのがお釈迦さまの教えである。


大学時代も「中庸 = 凡庸?」な学生であったので、誰も引き受け手がなくお鉢が回ってきた理学部自治会の代議員として、「非凡で意識の高いプロの大学生たち」が原理研究会と民主青年同盟とやらの「錦の御旗」を掲げて保守・革新の大政党の代理戦争を延々と繰り広げるのを目の当たりにして「うんざり」していた。


資料を受け取って同級生に配布すること以外で、代議員としての私の唯一の仕事は、一度だけ「いやしくも科学を志す理学部の学生として、そのような小学生レベルの痴話喧嘩を聞かされるのは苦痛である。喧嘩したければ本富士警察署の前でやってくれ。やめなければ、私は忙しいので帰る」と発言したことである。(気まずい沈黙の後に、私の希望通り「痴話喧嘩」は終了した。)当時の私は、「浅間山荘」や「安田講堂」のような不毛な争いに関して、テレビの画面で一大スペクタクルとして見物するならまだしも、自分が紛争当事者になる気は毛頭なかったので、「まだやってるの?」と感じていたのだ。


21世紀になり、浅間山荘から数十年経っても「元若者」の高齢者が「プロ市民」として「武力闘争」を繰り広げているらしいことを(政治面ではなく社会面の)新聞記事で目にすることがあり、ゲーム中毒と同じようなメカニズムが働いているのではないかと感じる。老骨に鞭打って駅の構内で小競り合いをするくらいなら微笑ましい感じもするが、一部の「保守」政治家と結託して「社会を壊す」という見果てぬ夢を追求されるのはプロではない「一般市民」として迷惑である。


高校時代の恩師が、「正の無限大と負の無限大は宇宙の果てでつながっている」と仰っていたが、極右と極左も、中庸(社会の中心でまっすぐに生きようとする態度 = 真の保守 (conservative))の人々の暮らしを左右から破壊しようとする点において通じるものがありそうだ。ウクライナ紛争を機に、欧州で台頭しつつあった極右も極左も一時的に引っ込んだというニュースからも、「普通の人々 (ordinary people)」の健全な常識の力を過小評価すべきではないと再認識する。


小学校でも教えられたように、「右を見て、左を見て、もう一度右を見て、安全を確認したらまっすぐ前に進む」ことが大切かもしれない。


2022.5.29

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