気まぐれ☆アラカルト(ショートショート集)

風雅ありす@『宝石獣』カクコン参加中💎

『傘』★★★

 雨がしとしとと降っていた。


 いつもは賑やかな通学路も、今では雨音しか聞こえてはこない。

 私は、水色のチェック柄をした傘を差して、家路へと向かっていた。委員会で遅くなってしまったのだ。それも、なりたくてなったわけではない。

 嫌だ、と言えない自分が腹立たしい。


 憂鬱な気持ちを拭いきれずに、水たまりの中を音を立てて歩いた。一度、濡れてしまった靴は、それ以上濡れても気にはならない。むしろ、ひんやりとした感触が火照った足に気持ちが良かった。


 下ばかり向いて歩いていると、私のすぐ横を一台の車が走り抜けて行った。狭い道だ。驚いて顔を上げたが、車は何事もなかったかのように走り去ってしまった。


 ふと、雨の中を傘も差さずに歩く、一人の女の子の姿が私の目に留まった。


(あ、隣のクラスの子だ)


 直接言葉を交わした事はなかったが、教室が隣の為、よく廊下などですれ違う。

とても綺麗な髪を腰まで伸ばしているので、自然と目がいくのだ。

 湿気でいつも以上にひどくなった自分の癖毛を掴み、ただそれを見つめた。


(髪の毛、濡れちゃうな……)


 でも、雨に濡れた黒髪は、何故かいつもより一層、綺麗に見えた。

 傘をさしてあげようか。でも、声が出ない。

 水分を吸収した制服は、彼女の華奢な体つきには、よりずっしりと重たそうに見える。


 少しすると、彼女は、足早にバス停の屋根の下へと走って行った。どうやらそこでバスを待つ気でいる。

 それならもう大丈夫、と思った私は、そのまま彼女の傍を足早に通り過ぎた。

 誰だって、そうするに違いない。そう自分に言い聞かせる。

 でも、何故だろう。心臓の音が雨の音に負けないくらい強くなっていた。

 

 次の日も、雨だった。じとじととした廊下で、私は彼女を見つけた。私と同じクラスの子と何か話している。


「黒瀬さん。昨日は、傘を貸してくれてありがとう」

「ああ、いいのよ。濡れなかった?」

「おかげさまで。私も黒瀬さんを見習って、折りたたみ傘を常備する事にするわ」


 ふと彼女と目が合った。どことなく、その白い肌が赤みを帯びているのは、気のせいだろうか。

 私の胸がきりりと痛む。

 私は、なんだか後ろめたくて、下を向いて歩き去った。


 傘を差してあげる。ただそれだけのこと。


 そんな簡単な事が、どうして出来なかったのだろう。


 彼女の綺麗な髪の毛が雨に濡れていくのを、ただ眺めていただけの私。あのまま家に帰って、風邪をひかないという保証はない。


 気恥ずかしかったのだ。例えそれが善意でやったことだとしても、良い行いだと解ってはいても。躊躇ってしまった。そんな自分がひどく恥ずかしく思えた。


 見ず知らずの他人だったわけじゃない。声を掛けることで、彼女と友達になれていたかもしれない。必要なのは、ほんの少しの勇気だけ。


 傘を持たない人に、例えそれが見知らぬ人でも、傘を差し出してあげれるような、そんな人になりたい。そう、切に思った。

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