第12話 職を求めてwith悪魔

 無職となってから、はや数日が過ぎた。


 心機一転、とは簡単にいかなかった。

 休んでいる間に会社が倒産するなんて誰も予測できることじゃない。


「むにゃ……」


 ましてや、傍らで寝ているこの可愛らしい悪魔が会社を倒産にまで追い込んだのなんて思いもしなかった。

 どうしてこの方はいつも僕のベッドに潜り込んでしまうのだろう……。


「無職、なんだな。僕は」


 口に出して現実を再認識する。

 喜んでいいやら、悲しんでいいやらだ。

 だけど一つだけ確信している。

 もうあの会社に行かなくてもいいという事実は、心の底から良かったと思えていた。


「下僕くぅん……それはやりすぎっ……んっ。ダメだってばぁ……」


 急に横から色っぽい声が聞こえてくる。

 一体どんな夢を見ているんだろうか。


「……このままベル様の専属使い魔になるのも悪くな──っていかんいかん」


 このまま聞いていると何かが崩壊しそうなので、すぐさま起き上がり朝食の準備に取り掛かった。



 簡単にパンとコーヒーを用意し、適当に食べる。


 ベル様の正式な使い魔になるという契約。

 その期限は半分を過ぎていた。

 最終的には彼女の問いかけに対して答えを出さなくてはならない。


 ベル様の事は命を救ってくれたこともあり、勿論感謝しているし、彼女に尽くすことも嫌とは感じていない。


 ただ、このまま考えなしにベル様の使い魔にさせてくださいというのもどこか危険な気がする。

 フィーリングだが、それをしてしまうと、人間として超えてはいけない一線を越える感覚があった。


 自分がどうしたいか、何をすべきなのか、きちんと整理すべきだ。

 そのうえで、ベル様に答えを出そう。


「よし」


 まずは……そうだな。新しい職探しをしよう。

 やはり働いていないというのは不安である。

 残業代の未払い分があるものの、無限ではない。

 いつかは尽きる時がやってくるだろう。

 そうならないためにも、僕はすぐさま転職サイトに登録した。久しぶりの就活だ。


「……おはよ」


 そんな考え事にふけっていると、いつの間にかベル様が起きてきた。どうやら長い事考え込んでしまっていたらしい。


「ベル様。おはようございます」

「……ん」


 なんだろう。ベル様との距離が微妙に遠い気がする。


「……えっち」

「何がですか!?」


 ホントに、どんな夢を見ていたのやらだ。



「さて、と」


 家事を一通り済ませ、椅子に腰かけてスマホを見る。

 すると既に転職サイトからメールが来ており、さっそく何件か求人の紹介がされていた。


「初めて使ったけど……色々な仕事があるんだな」


 接客。

 事務作業。

 営業。

 建築。

 データ入力。

 などなど。


 あげていけばキリがない。職種というのは無限にあるんじゃないかと思えてきた。


「何してんの~?」

「あ、ベル様。これは……」

「うわっ……」


 案の定、嫌な顔をさせてしまった。


「下僕くん……そんなに働きたいの……? ワーカホリックってやつ……?」

「いや、そこまでではないかと……働くこと自体は嫌いではないですけどね」

「えぇ~、せっかくお仕事辞めたんだからぁ、も~ちょっとゆっくりしてもよくない?」


 首に腕を回して体重をかけてくるベル様。柔らかな感触といい匂いが理性を崩壊させようとする。


 そう、これだ。

 この誘惑に負けてしまえば堕落一直線。廃人のようになってしまう気がしている。

 そうならないためにも、簡単な仕事でもいいから何か始めなくては。


「それで、なんの仕事を見てるの? というか下僕くんってなんの仕事してたんだっけ」

「IT系ですよ」

「うわ~、疲れそ~」


 肉体的な疲労は少ないが、精神的な疲労は大きいかもしれない。

 需要がある仕事だが、給料はあまり高くない会社が多いのが現実だ。


「新しい仕事にすれば? 家でゴロゴロする仕事とか」

「流石にそんな仕事ないですよ……」

「探せばあるかもよ? あ、良い事思いついた♪」


 にんまりと笑っている。こういう時のベル様は何か良からぬことを考えていることがほとんどだ。


「今からアタシの使い魔になるっていうなら──」

「お断りします」

「も~、まだ言い切ってないのにぃ」

「使い魔になればお金あげる、みたいなことでしょう? そういうのはダメですって」

「どうして? アタシはそうしてほしいし、下僕くんはゆっくり休めるし、うぃんうぃんってヤツじゃん」


 ……今まで聞いてこなかったが、この際だから聞いておくことにした。


「グータラで何もせず家でゴロゴロしてる使い魔でベル様はいいんですか?」

「いいよ?」

「即答っ! いや、普通に考えてダメですよね。主人ならまだしも、仕えている身で何もしないなんて」

「そりゃあ今の下僕くんみたいにご飯作ってくれたり掃除してくれたりはメッチャ嬉しいけど、一緒にいられればアタシはなんでもいいけどね」

「……そうですか」


 さらっととんでもない事を言ってるなこの悪魔。

 また誘惑されそうになっていることに気付き、現実感を取り戻すべく転職サイトの求人にざっと目を通す。


「やっぱりこの年で未経験はキツイかな……あ、でも未経験者歓迎ってところは結構あるんだな」

「あーダメダメ。そんなところで働くのはアタシが許さないからね」

「え、どうしてですか」

「あのね下僕くん。未経験者歓迎っていうのは、とっても危ないの。誰でもできるような簡単な仕事を圧倒的物量で押し付けられるそんな会社ばっかだよきっと。絶対だめだからね」

「そ、そこまで決めつけなくても……というかやけに詳しいですねベル様」

「これくらいはネットで調べても出てくるんだから。頭よわよわな下僕くんもしっかり覚えておくよーに」

「わ、分かりました」


 知識は偏ってはいるが、年下に見えても生きた年齢はベル様の方が全然上なのではないだろうか。怖くて年齢は聞けてないが。


「でもそうなるとやっぱりIT系になっちゃいますね」

「需要はあると思うな~。ほら、今エーアイとかすごいんでしょ? 人間は面白い事を考えるよね~」

「確かにそうですね。ただ自分は全くAI関係は触れてないですね」

「あ、そなんだ。じゃあ──」



 そんなこんなで、ベル様の監修の元新しい仕事を探していると、あっという間に時間が経っていた。


 時刻は昼の3時に差し掛かっていた。


「お腹空いたな~」

「何か作りましょうか」

「やったね~。じゃあ……パンケーキ!」

「パンケーキですか」

「なんてね、冗談。お店に行かないと食べられないし──」

「一応できますよ」

「うえぇ!? ほんとぉ!?」

「さすがにお店レベルのものは作れないですけど。生地だけは買ってあるのでそれっぽくはできると思います」


 キッチンに立ち、スマホでレシピを見ながら調理を進めていく。

 ベル様は余程楽しみなのか、さっきからキッチンを行ったり来たりしている。


「ねぇまだ!? まだ!?」

「今作り始めたばかりですよ。もう少し待ってくださいね」

「うぅ~、楽しみで落ち着かないよ~!!」


 ここまで期待されると逆にプレッシャーなるが……ベル様の喜ぶ顔があまりに可愛らしく、その顔を台無しにしたくないという思いからか失敗することは無かった。


 ダマにならないよう丁寧に生地を混ぜて、焼き過ぎないように火加減を調整しパンケーキを完成することができた。


「できました」

「待ってましたっ!」


 テーブルでフォークとナイフを構えていたベル様にパンケーキをお出しする。


「いっただっきま~す」


 とてつもない速さで切り分けて、大きな口を開けたベル様の口にパンケーキが放り込まれた。


「~~~~~~~~っ!!!」


 ベル様はこちらを向いて目を輝かせながら、うんうんと頷いている。


「ふぇふぉふふん!!! ふぉいひい!!!」

「ちゃ、ちゃんと食べてからで大丈夫ですから! あぁ口元もこんなに汚して……」


 テカテカに汚れた口元をティッシュで丁寧に拭き取ってあげる。


 もぐもぐごっくんしたベル様は再度、こちらを向いた。


「下僕くん! これめっっっちゃくちゃ美味しいよ!!」

「それは良かったです。まぁ……レシピ通りに作ったので、これぐらいならベル様でもできますよ」

「ううん。これは下僕くんが作ってくれたんでしょ? なら、下僕くんにしかできないパンケーキだよ。ほら、あーん」


 そう言ってベル様は切り分けたパンケーキを差し出してくる。

 これは口を開けなさいという事だろう。かなり恥ずかしい。


「ちょ、ちょっと大きくないですか?」

「口いっぱいに頬張るのが美味しいんだよ。ほら、あーん」

「あ、あーん」


 ベル様に言われた通り、大きく口を開ける。

 パンケーキが口に放り込まれ、口の中一杯に優しい甘さが広がる。


「どう? どう?」

「ふぉ、ふぉいふぃいでふ」

「にひひ~、でしょでしょ。さすが、アタシの下僕くんだよね」


 ベル様の言葉に胸が熱くなる。

 誰にでもできる簡単なことだと思い込んでいたが、作ったのは自分で、それをベル様は喜んでくれた。それだけで満足だった。


「はちみつとバターいっぱいかけちゃお~」

「ほ、程々にしましょうね」


 見ているだけで胃もたれするぐらいにドバドバとはちみつをかけ、バターを4,5個乗せる。

 あんなもの食べたら当分は食べなくても良さそうだ。


「んん~、おいひぃ~。罪な味~♡」


 本当に美味しそうに食べてくれる。

 こんな顔が見られるのなら、塩分糖分過多は多少目をつむってもいいか……。


「あ、良い事思いついたっ」

「……ひとまず聞くだけ聞きましょうか」

「もぉ~、そんなにビビらなくてもいいのにぃ。下僕くんの次の仕事、料理を作る人になればいいんじゃない?」

「りょ、料理人ですか」

「こんなに美味しく作れるならさ、天職だと思うんだけどな~」


 ベル様は簡単に言うが、料理人なんてかなり難しい気がする。


「でも……シェフって調理師免許とか、それこそどこかのお店で修行積んだりだとか、メチャクチャハードル高そうな気がするんですけど……」

「そなの? まぁでも、やりたいかやりたくないか、じゃない? なれるかはその後考えれば何とかなるなるっ。ん~、あまっ!」

「う~ん。そう、ですね」


 ちょっとだけ考えてみる。

 自分がシェフになってお客さんに料理を提供する姿を。

 ……全く似合っていない気がする。


「……魅力的ですけど、やっぱりやめときます」

「え~、良いと思ったんだけどなぁ」

「考えてみたんですけど、あんまり似合ってないかなって……。それに、喜んで欲しい人に作れれば、それでいいと思って。だから、僕はベル様がこうして喜んで食べてくれれば、それで十分です」

「……そっか」


 そう言ってそっぽを向き、パンケーキを頬張る。

「……ほ~んと、あまっ」


 ベル様はしばらくこちらを見ることなく、パンケーキをもっきゅもっきゅと頬張るのだった。











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