第20話 ハリとイト

 その日もいつも通り、夜明け前に起きます。顔を洗い、軽装に着替えて、神々や精霊に感謝します。自分の部屋を出てセイランの部屋に行きます。


 合鍵で玄関の扉をあけ、寝室に直行して。


「〝魔の光よ。コロル・翔りてウーナ・――」

「シッ!!」


 杖に魔力を集めて殺気を向ければ、鼻提灯を浮かべていたセイランが飛び起き殴りかかってきます。片手で拳を受け止めます。


「……グフウか。いい加減普通に起こしてくれ」

「文句を言うなら起こしませんよ? 服はいつも通り枕元においてありますので」

「……むぅ」


 寝室を出てリビングで待ちます。しばらくすれば、動きやすい軽装に着替えたセイランが出てきます。

 

 顔は眠たそうに歪められていて、寝ぐせはいつも通り酷いです。


 いつものことに溜息を吐きながら、セイランの髪を整えてあげます。イヤリングもつけてあげます。


「ありがとう」

「どういたしまして。はい、これ」


 ハチミツと果実、薬草を煮込んで作った原液を水で溶かしたジュースを渡します。私のはそれに蒸留酒を混ぜています。


 エルフの狩人が早朝の狩りの前に飲む飲み物だそうで、朝の運動を助けてくれるとか。


「じゃあ、行くか」


 セイランと共にアパートを出て、晩秋の街をランニングします。


 朝のランニングは私のいつもの日課です。ある日、セイランが一緒にランニングをしたいと言いだし、その日からはこうして一緒に走っているのです。


 その後各々の訓練を行い、アパートの裏手にある広場で手合わせなどをします。


 太陽が完全に顔を出した頃にアパートに戻って自分の部屋のシャワーで汗を流し、セイランの部屋に行って朝食の準備をします。


 フライパンで焼いたパンとスクランブルエッグ、ソーセージに豆のスープをテーブルに並べます。


「いただきます」

「森羅の恵みに感謝を。我らは自然の一部となりて命を享受する」


 ペロリと食べきってしまいます。


 自分の部屋に戻ってローブを羽織り、杖を持ちます。アパートの前で待っていれば、大剣と巨斧を背負ったセイランが現れました。


 夜明けのサーカスへと向かい、ハリとイトの練習のサポートを行います。


「もう一度だ! イト、次はタイミングをミスるんじゃねぇぞ!」

「それはこっちのセリフよ、ハリ!!」


 練習時間は一日数時間。練習用の空中ブランコを使い、サーカスのテントの隣に併設された小さなテントの中で行われます。


 ハリがブランコの取っ手に膝をかけて逆さにぶら下がり、振り子のように弧を描きながら行ったり来たりします。


 反対側の高台にはイトがブランコの取っ手を握りながらタイミングを計り、高台から飛び降ります。


 ブランコの取っ手を握りしめた彼女は、弧を描き反対側へ。ちょうどそこには手を伸ばしたハリが。


 そして宙を体に放り投げ、ハリの手をつかもうとしますが。


「クソっ」

「なんでよっ」


 寸でのところでつかめず。イトは落下します。


「〝風よ。優しきウィリデ・腕で抱きとドゥアエ・めよ――風籃ファンゲン〟」

「よっと」


 二つの魔術陣を浮かべて風魔術でイトの落下速度を殺し、落下地点に走ったセイランが受け止めます。


「あ、ありがとう」


 イトは礼を言って地面に立ちます。ブランコから飛び降りたハリが酷い剣幕で詰め寄り、怒鳴ります。


「イト! 何度同じミスをすれば気が済むんだ! 毎晩毎晩タイミングを教えてるだろう! おれの耳の合図をよく見て合わせろよ! なんでこんな事もできないんだ!」

「ッ! 違うわよ! タイミングは完璧だったわ! なのにハリが手を引っ込めたんでしょ! そんなにわたしの手に触れたくないのっ!?」

「そんなわけねぇだろ! だいたい、引っ込めてねぇよ! お前のタイミング悪かったんだ!」


 ギャースカピースカと互いを責め合う二人。もう見慣れた光景です。


 最初の一週間はそうでもなかったのですが、だんだんと言い合いが激しくなり、近ごろは何かにつけて互いに暴言を吐いています。


「もう絶交だ! おれがどんな想いで取り組んでると思ってるんだ! もうちょっと真面目にやれよ!」

「わたしだって頑張ってるわよ!! ばかハリ!」

 

 絶交まではいつもの流れです。


 しかし、今日は違いました。


「ハリなんてどっかいけばいいんだわ!」

「なんだとっ!? おれがいないとなにもできないくせにっ!」

「ッ! そんなわけないでしょっ!」


 二人とも殴り合いを始めたのです。一ヵ月、口喧嘩してもずっと手がでなかったのにです。


「ああ、もうお前ら! 一旦落ち着け!」


 髪や耳、尻尾などを引っ張り合い、殴り合う二人をセイランが引き離しました。


「一人ずつ話をします。イトは外で待っていてください」


 ということで、話を聞くことにしました。


 まずはハリ。少しだけ気まずそうにしています。


「そ、それで何だよ。早く練習に戻りたいんだが……」

「だめです。仲直りしてください。このままでは貴方たちはずっと失敗し続けることになりますよ」

 

 そうなれば私たちの仕事が増えます。


「そもそもハリはどうして空中ブランコにこだわるのですか? 一人でできる芸もあるでしょう。玉乗りジャグリングを楽しそうにしていたではないですか?」

「それは……」


 ここ一ヵ月、練習に付き合っている事もあり、テジナの厚意で私たちは何度もサーカスを観劇しました。


 その演目の中で、ハリは大玉に乗りながら手のひらサイズのこん棒、クラブを十個使ってジャグリングするという芸を披露していました。


 年頃を聞けば、まだ十二歳。その齢で大勢の人から拍手を貰えるほどの腕前で、しかも本人は楽しそうに芸をしていました。


 なのに彼は空中ブランコに並々ならぬ想いがあるようで。


「……あいつが、イトがやりたいって言ったから……だ」


 ジッと見つめれば、言い淀んでいたハリは恥ずかしそうに小声で言います。


「……ずっと無口だったんだ。必死にはげましてもだめだった。そんなアイツが空中ブランコを見てから、変わった。元気になったんだ。夢ができたんだ」


 少しだけテジナから事情を聞きました。


 今でこそヘルム都市にとどまっている夜明けのサーカス団ですが、昔は各地を点々と旅しており、道中で何人かの孤児の子供を引き取ったりもしたそうです


 ハリもイトもその一人で、共に流行り病で家族を亡くし、テジナに引きとられたとか。

 

「だから、叶えてやりたいんだ。でも、イトは昔からドンくさで不器用で、おれが引っ張らないとだめなんだ。なのにアイツは、何度も言っても同じミスばっかっ」


 ハリが下を向き、拳を握りしめました。私もセイランも顔を見合わせて肩を竦めます。


「ハリ。貴方の気持ちは十分分かりました」


 穏やかな口調を心がけ、優しく頭を撫でます。


 が、拳骨を落とし。


「ですが」

「ッッ! 痛い、なにするん――」


 厳しい口調でピシャリと言います。


「ハリ、貴方は間違っています」

「……おれが間違っているだと」

「そうです。貴方はイトを大切に想ってるのでしょう?」

「ばっ、そんなわけ――」

「誤魔化さなくても結構。今まで大切に守ってきたのでしょう」


 同郷で、自分と同じ境遇の女の子。テジナに拾われるまで、ハリは必死でイトを守ってきたのでしょう。


「でも、それじゃあだめなのです。貴方はイトを信じていません。だから、彼女の手が掴めないのです」

「……信じてない」

「そうです。貴方が夢を叶えるのではありません。彼女が自分で自分の夢を叶えるのです。本当にイトは貴方がいないと何もできないのですか?」

「っ」


 ハリは目を見開き、その幼い顔を歪めました。


「……おれが悪かったんだ。ミスを責めてばかりで、あんな酷い言葉ばかり……」

「では、まずはその気持ちを素直に伝えるところから始めましょうか。仲直りしたいんですよね?」

「……ああ」


 ハリは静かに頷きました。






 次はイトの番です。


 耳や尻尾が垂れており、落ち込んでいるのが分かります。


「ハリのことが嫌いか?」

「……どうしてそんなことを言うのよ」


 開口一番のセイランの質問に、落ち込んでいたイトが不機嫌になります。


 セイランはフッと頬を緩め、柔らかな眼差しになります。


「ハリも反省している。アイツも一生懸命だったのだ」

「……それは分かってるわよ。わたしのためだって。それにさっきのだってわたしのミス。タイミングを外してしまったのよ」


 そういったイトは、けれど少し泣きそうな表情になります。


「でも、あんな言い方……ないじゃない。怒ってばかりで……」

「そうだな。もうちょっと優しい言葉が欲しかったよな。悲しかったよな」


 コクリと頷いたイトの頭をセイランが優しく撫でます。


「仲直りしたいのだろう? 意地を張らないで、自分の気持ちを言葉にしろ」

「……分かってるわ」


 ということで。


「ごめん、悪かった!」

「わたしも、ごめんなさい」


 二人は頭を下げて、自分の気持ちを素直に伝えました。


「これで改善に向かうといいのだが」

「明日また喧嘩していたらどうしましょう」

「ありそうだな。ホント、どうしてそう毎日喧嘩できるのだろうな」

「仲がいいのに喧嘩するなんてわけがわかりませんね」

「だな」


 私たちは肩をすくめました。






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