第6話 リーリエ薬屋

 私とセイランは冒険者ギルドに併設されている飯屋の席に座っていました。


「お嬢さん。火酒のロックを一つ」

「アタシは日替わりフルーツジュースで」


 女給に飲み物を頼みます。


 私はセイランを見やりました。全身は鎧に包まれていますが、兜は丸机の脇においておりその素顔がばっちりと見えます。


 透き通った白い肌に切れ長の若葉色の眼。エルフ特有の中性的で美麗な顔立ちに、葉っぱの意匠のイヤリングを下げた長く尖った耳。金の御髪は乱雑なショートで、毛先が少し跳ねています。


 そして右目から右頬にかけて刻まれている荒々しい傷。生き物の爪による傷だと思います。


「アタシの顔に何かついてるか?」

「いえ。その頬の傷がとてもカッコいいなと思いまして。尊敬します」

「そ、そうか」


 基本的に傷は回復魔法や闘法、恩寵おんちょう法で治せます。しかし、強い魔物や幻獣との戦いでできた傷はなるべく治さないようにするのがドワーフの伝統です。


 それは戦士の立派な勲章ですから。


「こほん。それよりもだ、グフウ。この依頼は三月灯の冒険者が受ける依頼ではないぞ」

「あ、さっきの」


 依頼書を机の上におきました。あるお店の水路を掃除する依頼です。


「これは一月灯が受ける依頼だ」

「でもランク制限はないですよね」


 冒険者ギルドが斡旋する依頼には、ランク制限があるものがあります。例えば凶悪な魔物の討伐の依頼は低いランクの冒険者では受注できなかったり、またその逆にゴミ拾いの依頼は高ランク冒険者では受注できなかったり。


「だが、難易度は一月灯だし……」

「三月灯ですけど、冒険者としては初心者ですからちょうどいいのでは? それになにより報酬が魔法書ですから!」

「はぁ。やっぱりそれか」


 セイランが頭を抱えます。


「……手持ちはいくらだ?」

「3千プェッファーほどです」

「もう3千だとっ!? 10万が数日でどうしてそこまで減るのだっ! 全部宿代につぎ込んだわけではないだろう!」

「それは――」

「いや、みなまでいうな。どうせ魔法店で魔法書を買ったんだろうっ? 五冊」

「おお、よくわかりましたね。過去見の魔法でも使えるんですか? ぜひ、見せてください。解析します」

「使えるか!」


 セイランは深い溜息をしました。


「嫌な予感があったのだ」

「嫌な予感ですか」

「お前みたいなやつは神樹の森こきょうにいたからな。ヒューマンたちの国に出てくると、大抵魔法書を買いつくして明日の飯にも困っている魔法バカどもが」

「そのまま餓死すればいいのに」

「何か言ったか?」

「いえ」


 ギヌロと睨まれました。


「お前はそいつらと同じ雰囲気があったのだ。仕事をしている最中、魔法店のことを思い出してな」

「なるほど、見事な予感ですね。けど、少しだけ間違ってますよ」

「何が?」


 セイランが胡乱な目で私を見ます。


「私は魔法バカではなく、魔術バカです。魔法は大好きですけど、寝食を忘れるほどではありません」

「魔法も魔術も同じようなものだろう」

「全然違いますよ!!」

「ひぃっ」


 セイランの言葉にカッチンしてしまい、思わず勢いよく立ち上がりました。


 そのせいで、火酒とフルーツジュースを運んできていた女給さんが悲鳴をあげてしまいました。


 私は慌てて女給さんに頭を下げます。


「驚かせてすみません」

「い、いえ。こちらご注文の飲み物です」

「ありがとうございます」

「ありがとうな」


 私は火酒で、セイランはフルーツジュースで唇をしめらせます。


「魔法と魔術は全然違います。撤回してください」

「……個人のこだわりは否定しない」

「それで十分です」


 人は人それぞれです。互いにこだわりが理解できないことはままあります。私だって葉っぱエルフたちがどうしてあんなに草や魚の生食にこだわるのか理解できませんし。


 ですので、理解できずとも互いのこだわりを否定しなければいいのです。とはいえ、いずれセイランには魔法と魔術の違いについてしっかりと理解してもらいたいところですが。


「ともかくだ。お前はまず魔法書よりも飯の心配をしろ。もっとわりのいい依頼があるだろう。例えば、沼巌蟲しょうがんちゅうボルボルゼンの討伐とかどうだ? アタシとパーティーを組めばお前でも依頼は受けられる。一緒にどうだ?」


 そう言ったセイランの表情はとてもウッキウキでした。それを見て、彼女が戦闘狂バトルジャンキーだという事を思い出します。


 目的はそれですか。


「戦いたいならお一人で。私を巻き込まないでください」

「アイツを倒すのには凄腕の魔法使いの力が必要なのだ」

「私は魔術師です」

「そう、魔術師の力が必要なのだ! クレバーでカッコいいお前の力がな!」


 クレバーでカッコいい……


 セイランがここまで頼んでいますし、仕方ありませんね。


「では、まずこの水路掃除の依頼を手伝ってください。そしたら、代わりにボルボルゼンの討伐を手伝いましょう」

「チョロいな」

「何か?」

「いや、なんでもない。それでいいだろう」


 火酒をあおり、セイランと握手しました。


 

 Φ



 まずは水路掃除。


「……こっちですかね」

「違う、こっちだ!」

「あ、ホントです」


 少し迷って依頼書に書かれた場所にたどり着きました。強力な結界が張ってあるその場所は。


「リーリエ薬屋?」

「デケル町の薬屋だ。ヒューマンの娘二人が経営している。一人が店主でもう一人が薬師だ」

「へぇ」


 ヒューマンの国では珍しい引き戸の扉を開き、薬屋に入ります。

 

「おぉ」


 最初は苦みのある匂いだけだったのが、そこに様々な薬の匂いが混じり始め、最後には雑多でありながら調和の取れた匂いとなる。


 圧倒されるほどの匂いが私を襲いました。


 棚に並ぶ薬を見やりますと、普通の風邪薬などはもちろん、回復魔法や恩寵法と同じような治癒の効果をもつ魔法薬が置いてあることが分かりました。


 魔法薬に込められた魔力が全て同一のものなので、同じ薬師が作ったのでしょう。薬にそこまで明るいわけではありませんが、かなりの腕前であることが分かります。


 セイランが扉付近に置かれていた机と椅子を見やりました。帳場ちょうばでしょうが人がいません。


「奥にいるな」


 兜を被っているセイランは店の奥に向かって声を張り上げました。


「ヤク! 出てこい!」

「あぁんっ?」


 暖簾で隠れている店の奥からガラの悪い声が聞こえてきました。


 しばらくして、車いすに乗ったヒューマンの若い女性、ヤクが出てきました。朱色の髪はぼさぼさで、朱色の目の下にはクマがありました。また両足が包帯で巻かれています。


 彼女は悪態を吐きながら、私たちの方を見やります。


「誰だよ、ったく。こっちは忙しいんだ。お代ならいつも通り机においておいてくれりゃあ――セイランさん! それに……おっさん?」

「私はおっさんではなく、ドワーフのグフウと申します」


 ひげと耳を覆う黒魔鉄を見せながら、胸に手を当てて軽く頭を下げました。


「ああ、悪い。見ない顔だったんでな。っつか、ドワーフが魔法使い?」

「魔術師です」

「は?」


 ヤクの目が点となります。何故ですか。魔術師がそんなにおかしいですか。


「ヤク。それについてあまり反応するな。面倒くさくなる」

「……へい。それでセイランさんがうちに何の用だ?」

「依頼を出していただろう。水路掃除の。それをグフウが受けたのだ。アタシは手伝いとお目付け役だな」

「「お目付け役?」」


 私とヤクが首を傾げました。


「お前はどうもトラブルメーカーっぽいからな。変なことをしでかしそうで怖い」

「心外な。私は常識人ですよ。たしかにヒューマンたちの社会で暮らした時間は少ないですが、水路掃除くらいなら問題なくできます」

「どうだか」


 セイランは肩を竦めました。どうにも信用がないようです。


「まぁ、依頼を受けに来たのはわかった。いや、高ランク冒険者のセイランさんが受けた理由はちょっと分からないが。ともかく裏手の水路に案内するからついてきてくれ」

「押しましょうか?」

「結構だ――」

「いや、それは駄目だろう」


 セイランはハンドリムを回して店の外に出ようとしたヤクを止めます。


「店の中ならばともかく外は危険だ。怪我をされても困る。アタシとお前は知らぬ仲ではないだろう」

「……なら、セイランさん。頼む」


 ふむ。考えてみれば初対面のドワーフに車いすを押されるのは不安でしかありませんね。


 配慮が足りていませんでした。


 




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