第4章 夏休み
第17話 明るい表情と休暇
季節は夏本番を迎えて、七月になったばかりだが暑さが厳しくなってきている。
湿度の無い暑さのためか、直射日光の厳しい時間帯になると大通りの日陰に人が多く歩いていることが多い。
この時期には夜会も多くなるが、話題はあることでもちきりになっているという。
王室からエリン=ジュネット王国とローマン帝国との友好条約締結され、五十周年の記念企画の一つにある秘蔵の美術品が公開された。
それは笑顔の王女とヘテロクロミアの瞳を持つ王子、そしてテレーズ宮に所蔵されている茶色の髪を持つ愛らしい顔をした王子の肖像画だった。
三つの絵画につけられた題名は『天使となったふたり』と書かれてあった。
この二人は初代国王のアレクサンダー四世の十歳上の姉、五歳上の兄であるが、七つ年の儀式を受ける前にこの世を去っている。
原因は強大な魔力を持つがゆえに命を落としてしまったということも書かれている。
もう一人はルイーズ一世の弟であり、流行り病によって命を落としたのだ。
七つ年の儀式は神殿で行われるもので、生まれてから七歳になるまでは創造の神々から託された天使とされているからである。
なので七歳になる前に亡くなった子に関しては罪はなく、天使になり天の国へと戻るとされている。
絵画はこの三つと王族たちの肖像画と共に帝国の美術館に特別展示される前に、テレーズ宮の美術館で展示が開始されたのだ。
そのときにローザマリア皇女が帝国を代表して、特別展示の開始する式典に参加したという。
このことを直接リリベットはアウローラから聞いていたこともあり、あまり動揺することはなかった。
留学している皇族がいるのであれば、未成年であろうと代表として参加することもできるのだ。
「ローザはとても立派に役割を
その頃から彼女にも自信がついたようで学院の授業も一度も欠席していないという。
「テレーズ宮の美術館なら、学生はほとんど行っていたんじゃないかな? あの美術館なら」
「そうよね。学生は安いし」
テレーズ宮の美術館には学生たちは入館するのは無料なので、それを目当てに観賞しに行った学生がいたらしく学院内で流れていた噂が徐々に下火になっていった。
七月に入ると、学院も学生の賑わいの声が聞こえてこない。
先週から二か月ほどの長期休暇が始まり、それぞれの故郷へと戻るという話が上がるようになっていた。
それでも寮に残っている学生も少なくはないが、かなり少数派になっているのだ。
リリベットはとりあえず一か月は帰省するが、だんだんと学年が上がっても息抜きとして帰省することが多くなっていた。
研究所も二週間から一か月ほどは夏季休暇があるので、それぞれのタイミングで取ることになっているのだ。
そのなかで義手、義足を研究もそろそろ改良が一区切りがつきそうだ。
「アンダーソンさん、どう? この義手の改良」
「一応、設計図はできているので。これを休暇明けにお願いしてもらいます」
「工房の職人も連休の日は多いね」
声をかけてきたのは研究員のルセールで、ここ最近は忙しいのかときどき海外出張することが多かったりしている。
最近では同期のベルナールと共に古代遺跡の発掘を行うことも多くなったりしている。
以前、ベルナールが提唱している魔法国家には国境がないということを証明しようと論文を考えているらしい。
リリベットは魔法工学技師としての道を進もうとしているところだった。
特に考えているのは義肢を開発しているが、素材もまだ軽量化することができないのが実情だ。
女性や、子どもの場合は日常的に使うことが難しいと話している。
しばらくしてそろそろ仕事が終わりそうな頃だった。
研究所の廊下に一人の少女がこちらにやってきているのが見えた。
「あの」
「あ、ローザ様」
「お久しぶりです。リリベットさん」
そこにはローザマリア皇女の姿がそこにあった。
学院内ではあるが、シンプルな白いワンピースだ。
日に焼けないように白い傘を片手に持っているので、先ほど室内に入ったのかもしれない。
初めて会ったときから比べると表情は明るくなり、長かった前髪を編み込んであげているのを見ると肯定できるようになったのだなと考えていた。
「最近、忙しいでしょう? 帰国すると聞いていたけれど」
「それは……おばあ様の命日が近かったから。それとアレッサンドロ兄様が結婚したからお祝いに」
「そうでだったのね。でも、お墓参りに行くだけでも、喜ぶと思うわ」
そんな表情をしている彼女は肩の荷が下りたようで、これからローマン帝国へ一時帰国するというのを教えてくれた。
そのなかで一緒に話しているときにも感じるのは、年齢相応の明るさを持つようになったのだとわかった。
「これからまだお仕事?」
「夏季休暇は少し短いの、今日はこれで終わるよ」
「それじゃあ、一緒に帰ろう」
「そうだね」
そこからリリベットは仕事を終わらせてすぐに研究棟を出て、ローザマリア皇女と学生寮まで行くことにした。
暑さが厳しくなっているのが見えてから、一緒に歩いているときに汗を流しながら歩いていく。
汗だくになりそうになりながら歩いているのも、日常茶飯事になっているので関係ない状態になっているのだ。
陽ざしが強くなってきた時間帯なのに、色んな表情をしているのが見えたりしている。
しばらくしたときにスッと日陰が作られてきて、ローザマリア皇女が使っている日傘をこちらにさしているのが見えた。
「リリベットさんも入りませんか? これ、大きいので使えますよ」
「ありがとう……ございます」
「暑いですし、とても大変」
「ローザ様はどうするの?」
そのときにローザマリア皇女は立ち止まって、すぐにリリベットは思わず見てしまった。
少しだけ表情がこわばり、初めて会った頃に近い状態だ。
でも、その瞳の輝きは全く違う。
自信を持っている輝きがあり、紺碧の瞳は明るい光を宿している。
夏の陽ざしとカラッとした熱風が二人の間をすり抜けていく。
「あの、敬称はいらないです」
「え、でも……わたしは平民だし」
「それもあるけど、身分なんて関係ない友人が欲しいんです。友だちとしてよろしくお願いします」
「……ローザでいいの? 不敬にならないかしら」
「わたしが許可をしているので、大丈夫」
「ありがとう」
再び歩こうとしたときにローザマリア皇女は、嬉しそうな表情をしているのがわかる。
「リリベットと呼んでもいいですか?」
その言葉に彼女はうなずき、狭い日傘のなかで笑い合った。
まだ見たことのなかった屈託のない笑顔で。
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