第3章 皇女の心の傷(ローザマリア視点)

第12話 幼い皇女と冷遇

 白百合寮の特別室の主であるローザマリア・キアラ・ビアンキ=ローゼオールは憂いに帯びた顔で窓際の方をベッドから見ていた。


 幼い頃に見ていた海辺の街並みに似ているような気がしていたのだが、懐かしい気持ちになるのと同時に恐怖心を感じていたのだ。


 ローザマリアには三人の兄と一人の妹がいるが、彼女は兄妹きょうだいたちとは一緒の祖母のアンナ・ベアトリーチェ帝や、父である皇太子のいる宮殿で育てられていないのだ。


 彼女が帝国の国立アクシオ学院へ入学するまでの間、過ごしていたのは帝国西部にあるジャルティーノオヴェストの離宮で母親と共に過ごしていたのだ。


 理由としては金茶色の髪に紺碧色の瞳で生まれ落ちたことだ。

 それは両親や兄たちと全く違う容姿だからである。


 父のルチアーノ皇太子は黒髪に茶色の瞳。

 母のアリソン皇太子妃はウェーブのかかった金髪に明るい青色の瞳。

 十歳上の長兄ジャンマルコが祖母譲りの銀髪に紫色の瞳。

 七歳次兄アレッサンドロが母譲りのウェーブのかかった金髪に右が茶色、左が明るい青の瞳。

 五歳上の三人目の兄アルベルトが父譲りの黒髪に茶色の瞳。

 一歳下の妹ルイザはウェーブのかかった黒髪に明るい青の瞳だ。


 このことを知り、一度はアリソン皇太子妃に不貞の疑いを掛けられたのだが、妹のルイザが生まれた際に両親の色彩を持って生まれてきたこともあって疑いは晴れたのだ。


 しかし、ローザマリアに関しては皇族の地位に置くことは認めたのだが、ルチアーノ皇太子は一歳半になったばかりの彼女を離宮へと追いやったのである。

 母のアリソン妃は彼女へ分け隔てなく献身的な愛情を注いでいた。

 また他の兄妹たちと同様に教育を施すように、夫である皇太子ルチアーノに頼んでいたことがあった。


 しかし、ルチアーノ皇太子自身は全く容姿の異なるローザマリアに教育は不要と言い、初等教育を終わらせたら神殿へ預けることを決めていたらしい。


 さらに行事ごとに皇女として宮殿へ向かうと、皇族の末席は用意されているが皇太子の娘であることを長兄と次兄は父と共に忌み嫌い排除しようと執拗に虐げられてきたのだ。


 そのなかでもルイザに関してはここ数年は身に着けていたドレスや、母方の祖母から受け継がれる宝飾品アクセサリーを原型がとどめることができないまでにすることもあった。


 ほとんど人がいない宮殿で側仕えをしていたのは護衛騎士のビアンカとその父であるジョルジュ、そして侍女のアンジェラ、ルクレツィア、ヴィオレッタ、教育係のオリヴィアとユリアのみだ。


 誰もいない広間では様々な状態にしていることが多いので楽しそうなことをしているのが大きいと話しているようだ。

 そして、母は月に数度会うことができるのだが、それも合間を縫って一緒に半日間だけのものだ。


「かあさま! 来てくれたの?」

「ええ。ローザ、久しぶりね」

「きょうはね。ジョルジュからまほうをまなんだよ」

「そうなんだ。とても良かったわ。あなたはおじい様とおばあ様の血をとても濃く引いているから魔法は上手になるわ」

「ほんとう? うれしい」

「今日はね、アルベルトが来てくれたのよ」

「アルにいさま」

「ローザ。ごめんな、俺が守ることができなくて」


 そう言いながらアルベルトが抱きしめてくれ、それを感じて愛情を感じることがあったが油断してはいけないと警戒するようになってしまった。


 しかし、アルベルトがヴェルテオーザ公爵次期当主となる令嬢と婚姻を結んでからは、別邸のあるジャルティーノオヴェストへやってきてくれるようになっている。


 彼はもともと父や兄、弟と妹がなぜローザマリアを虐げることが子どもの頃から嫌だったのだ。

 さらに宮殿の部屋は祖母であるアンナ・ベアトリーチェ帝のもとで側近たちと対等に政治や経済などについて語り合うことが好きだったのだ。


 母が他の男性と会っていたことはなく、あれは父が勝手に考えたことだということも知ったときには成人して学院を卒業すぐに臣籍降下をすることを願い出た。

 それもあって皇族のなかでも妃を出したことのない家柄、さらにアルベルト本人が希望していた魔法導師を輩出しているヴェルテオーザ公爵家と縁組をしたのだ。


 それ以降はヴェルテオーザ公爵家の人々との交流が始まったものの、母と他の側仕えの者以外に心を開き始めたのは去年の冬だ。


 国立アクシオ学院に入学するときに髪型を前髪で瞳を隠すようにしていたが、姿変魔法で変えていたがそれを気にしているような感じをしている。


 そして、卒業するための単位数が取得してから、エリン=ジュネット王国への留学を申請が通ってここまで来た。


 その際に魔法の授業で瞳の色をあらわにしていしまう機会があり、紺碧色の瞳を知られてしまったショックで部屋にこもってしまったのだ。


(神様はどうしてこのような仕打ちをするのですか?)


 そう願っても創造の神々は応えることはなく、彼女の心が暗い影を落としてしまう。


「お前は俺の子ではない。アリソンから生まれたから仕方なく皇女として認めているのだからな」

「あなたなんてお姉様じゃない。お兄様三人がいるだけで良いの。早く消えて」


 その言葉を妹と父から直接浴びせられたローザマリアは泣きながらベッドの上でうずくまる。

 他にも色んな言葉を浴び、妹からの容赦ない暴力にも耐えてきた。


 それから逃れるためにこちらへやってきているのだが、それを記憶の奥にしまっていたことを思い出していたのだ。


 何度も経験していたことがこちらでも起きるのではないかと考えてしまう。


 そんなことを考えてしまって、ローザマリアは涙を流し始めることが増えていた。

 今日も一人で泣いていることをばれないように結界を張って泣き、たくさんの時間を過ごしてきていたのだった。

 そんななかで誰の手を借りずに独立していきたいと考えてしまうほど、家族が憎くなっているのを覚えてしまったようだ。


 そのときに部屋のドアをノックされている音が聞こえ、涙を拭いて立ち上がって部屋のドアの方へと歩きだしたときだった。


「ローザ様、大丈夫? わたしよ、アウローラよ」

「え、アウローラ義姉ねえ様……」


 そこにいたのは青藍せいらん色の髪を見つめている義姉のアウローラであり、彼女が唯一心を開いていた相手を見て安心して涙を流しながら彼女にしがみついていたのだ。


「アウローラ義姉様……わたしは生きてていいのですか?」

「ローザ、どうしてそのようなことを」

「みんな、父様もジャン兄様、サンドロ兄様、ルイザもいらないって。愛される資格もないって言われて、エリンのおばあ様からもらったピアスも壊されて……もう逃げたい」


 ローザマリアは思わず心のなかで話していたことを気にしていたようで、ポロポロと涙を流しながら話していたのだ。


 そのときに誰かがアウローラの隣にやってきた。

 黒髪を一つにまとめ、その瞳は若草色であることに気が付いてリリベット・アンダーソンだと気が付いたのだ。


「リリベットさん」

「ローザマリア様。わたしの母はあなたのお母様と学友でルームメイトでした」

「そうなんですか……それじゃあ、アンというのは」

「母の名前です。友人として話すことはまだ難しいですが、いつか対等に話せるような関係を築いて行きたいのです」


 それを聞いて再びローザマリアは涙を流していた。

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