第8話 突然の来客と驚き

 五月に入り、季節がグッと夏へと近づきつつある。


 この頃にもなると街ゆく人々の服装も初夏の装いへと変化していくことで、みんなが薄手の服を着ようという意識が近づいてくるはずだ。

 気温も上がり始めているのでそろそろ冬服で過ごすにも厳しくなってきた頃だ。


 服の衣替えの期間が間もなく近づいてきているので、研究職に就いている若手の職員たちは夏服について話題に上がっているのだ。

 夏服のデザインはワンピース型になっていて、上からベストを着るような形になっているという。


 リリベットは気温が上がってきてからは上着を着ずに仕事をしていくことが多い。

 今日は気温がかなり暑くなってきているせいか、カフスを外して腕まくりをしているくらいだ。


 髪も少しだけ切ったのか、腰まで伸ばしていた髪を肩あたりまでバッサリと切っている。


 しかし、数十年前よりは短髪の女性も増えてきたので好奇の目にさらされることも減ってきている。


 さらに設計図に関しても清書をしたものを一度同期であるベルナールにお願いしてもらい、具体的にどのようなものだったのかを考えてもらう。


「これは……おそらく乗り物だとは思うんだよな」

「わかるよ。でも、上昇するには飛翔ひしょう魔法を使うのに、痕跡としては動力として浮上させることが必要になるんじゃないかな」


 この乗り物は現在の魔法工学の基準では全く異なるもので、おそらくだいぶ高度な魔法技術が存在していたと思われている。


「ベルナールはどう思う?」

「え、俺の理想形はこれだから。完全に一致しているし」

「それなら良かったよ」

「アンダーソン、ありがとう。これを一度持ち帰ってみる」

「うん」


 ベルナールはそう言って考古学研究室へ行こうとしているのが見えているのが多くなっている。


 それを見てからリリベットは仕事を行おうとしたときだった。


 研究棟の玄関がかなり賑やかになっていて、それが三階の魔法研究所へと聞こえてくるのが見える。

 まだ学院の授業は行われている時間帯なのだが、ときどき学生たちがこちらに来るのは不思議ではないと思う。


 そのときに書類を抱えているアウローラが血相変えたまま、リリベットの方へと向かって走ってきたのだ。


「アウローラ、どうしたの?」

「だから、あのね。上着着て、ヤバいから」


 そのときだった。


「こんにちは……、こちらが魔法研究室ですか?」


 幼い少女の声を聞くとそこにはひと際小柄な学生が一人立っているのが見えたのだ。


 淡い金茶色の髪をしている女子学生は十四、五歳の女子学生だった。

 やや不安げに見つめているが雰囲気から醸し出される気品の良さなどが上流階級に属する少女だと気づく。


 目を見せないように前髪を長くしているようで、瞳の色はわからないが暗い色であることはわかる。


(この子がローザマリア皇女殿下?)


 思わずフリーズしてしまっているリリベットは思わず隣にいたアウローラの方を向いて、急いで書類のファイルを受け取ってからそれをデスクに置いた。


「突然の訪問になってしまい、ごめんなさい。アウローラ義姉ねえ様」

「大丈夫よ。ローザマリア様」

「皆様、お初にお目にかかります。ローザマリア・キアラ・ビアンキ=ローゼオールと申します。私のことはお気にせずお仕事を続けてください」


 それを言うと動きを止めてこちらを見ていた研究員たちも仕事を開始しているのが見えて、リリベットのことを見つけるとこちらへ歩いてくるのが見えた。


「あのお名前を聞いても」

「は、はい。リリベット・アリス・アンダーソンと申します。エリン出身の研究員です」


 そう言いながら女性の礼をすると、ローザマリア皇女は驚いたが少しだけ嬉しそうに笑っているのが見えた。

 自分の方をじっと見つめているのに気が付いて不思議そうにこちらを見つめている。


「あなたはエリンの出身なんですね」

「はい、といってもわたしには色んな国の血を引いているのですが、国籍はエリン=ジュネット王国です」


 リリベット自身顔立ちが極東寄りではあるが、自分は父親に似ていると思っているが母によく似ているとよく言われる。


 父方はロジェ公国、母方はアズマ国、双方ともにエリンの血を引いているということは知っている。

 しかし、父方の祖父母に関しては生まれる前に亡くなっているからあまり知らない。


 知られたくないと思われていると感じている。


「それではこちらを案内していきたいと思います」

「あ、お願いします」


 ローザマリア皇女は作業台の上に置かれてある作りかけの義手について興味を示していた。


「これは、手? 仕掛けがあるのね」

「はい。機械仕掛けの義手になります。これは傷痍軍人の方はもちろん、生まれつきや病気やケガによって腕が失われた状態の人々が使う物です。これは左腕がない方の者で、女性なのでもっと重さを軽減させてほしいという改善していきたいと思っています」

「そうなんですね。持ってみても?」

「少し殿下には重いかもしれませんが」


 作業台のところでローザマリア皇女にその義手を持ってもらうと、重さに関して少し想像よりも軽いようで驚いていた。


「軽いですね。もっと重いのかと」

「これでも軽くなった方です。数十年前だともっと重いんです」


 それを聞いたときに控えていた女子学生が手を挙げてこちらを向いている。


 ローザマリア皇女よりも薄い金茶色の髪を結っている成人している学生で、騎士みたいな凛とした雰囲気を漂わせている。


 それを見て懐かしそうに義手を見つめているのがわかる。


「これは父方の祖父が身に着けている者と似ていますね、とても懐かしいです」

「え、そうなんですか? これ、『白銀の騎士』と言われた人物が身に着けているモデルの最新版なんです……え」


 そのときに目の前にいる彼女が言っていた言葉を聞いて驚いてしまったのだ。


 白銀の騎士と呼ばれるのはアンナ・ベアトリーチェ帝が信頼を置いていた護衛騎士で、護衛騎士団長まで上り詰めた騎士だ

 その二つ名を持つきっかけとなったのは彼の銀髪、そして、左腕に装着していた銀色の義手が由来となっているようだった。


 その凛とした雰囲気に似ているのかもしれないと感じている。


「祖父ってもしかして」

「はい。リカルド・カルロ・フェラーリ=モンテベルディの四人の養子の一人が父だったんです。いまもフェラーリ=モンテベルディ家は騎士として護衛をすることが多いんです」

「そうなんですね。すごいですね」

「いえ、騎士として皇族を護ることを務めとしていますから」

「さすがです」


 リリベットは義手を手に持ってから、ローザマリア皇女が興味を持っていることがいくつかあるみたいだと感じた。


「殿下は魔法がお好きですか?」

「ええ、でも……学院で学ぶものは帝国でも習っていたので」

「そうでしたか。魔法導師の資格はお取りになっているのですか?」

「上位魔法導師はこれからです。いまは中位魔法導師は持っています。こっちで取得予定です」

「そうでしたか。わたしも上位魔法導師の資格を学院四年生で取得したので同じですね」


 そう言いながらローザマリア皇女に微笑むと、向こうも同じような笑みを浮かべているのが見えた。

 間もなく午後の二度目の授業が始まる前の予鈴が鳴りだしたようだ。


「今度の休みの日に遊びに来てください! お話ししたいです」

「わかりました」

「待ってます! あとでまた正式にお伝えします」


 そう言ってローザマリア皇女は女性騎士と共に学院の校舎の方へと向かっていった。


 まるで嵐のような時間帯が過ぎ去っていったように思えたが、帝国の皇女がここに来たこと感じたりしているのかもしれない。


 隣にやってきたアウローラの人たちがこちらにきて、そっと肩に手を置いて突然の来訪者への対応に労ってくれた。


「ありがとう。リリベット、助かったわ」


「ローザマリア皇女殿下って魔法が好きって気持ちが強いみたいだね。魔力もかなり大きいみたいだし」

「ローザマリア様は父方と母方の祖父母に似て魔力が規格外に大きくなってしまっているの。だから魔法の扱いについても兄妹きょうだいのなかでも一番上手いの。でも、そんなにご家族は母君以外はあまり接することが少ないの」


 アウローラは何かを知っているようでその言葉を濁しながら彼女のことを伝えてくれたのだ。


 ローザマリア皇女には三人の兄と一人の妹がいるのだが、それぞれが彼女との交流をすることがかなり少ないということを聞いた。


 そのときに何かがあるのかもしれないと考えていたが、それが明らかになるのは少し経ってからのことだった。

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