火炎と暴力の救い方 〜国に攫われてダンジョンに放り込まれています〜
そろまうれ
1.はじまり
血流が止まらない程度に、けど絶対に逃げられないように縛られていた。
安っぽい荒縄だ。
縄は他の人のにも連結してて、ぼくらはひと繋ぎに連行されている。
叫んでムチを振る音とともに前へと進む。
前も後ろもぼく自身も、誰も彼もが暗い顔をしていた。
全員が、子供だ。
大人なんて誰もいない。
別になにか悪いことをしたわけじゃなかった、ただ攫われただけだった。
これが身代金目的とかならまだ平和だ。
誰かが助けてくれる期待と希望があった。
けど、誘拐犯は国だった。
国家単位で身寄りのない子供を攫って、ここへと集めた。
なんのために?
もちろん、ダンジョン攻略のために。
生きて戻る人がほとんどいない、けど誰かがやらなきゃいけない事業へと駆り出された。
この「誘拐」は、ぼくらが初めてじゃないし、きっと最後でもない。
ダンジョン学校――
名前だけは立派なそこへの強制在籍。
目的はダンジョン探索で、怪物狩り。都市の内部に現れた災害を、どうにか攻略することだった。
+ + +
ダンジョンが出来た理由を、誰も知らない。
ただ、たまにこういうことがあるらしい。
街の外なら放置で終わるけど、街の内となったら攻略しなきゃいけない。
次から次に怪物が出てくるんだから、退治する必要がある。
だけど、騎士団や衛兵を行かせるわけにもいかなかった。
騎士団は彼らは外から攻められたときの戦力で、衛兵は街中で人同士の争いを止める役割だ。
下手にダンジョンに力を裂けば弱体化する、隣国から侵略される。
実際、そうやって滅びた国だっていくつかあった。
ダンジョンの中でモンスターをいくら倒したところで、何も出ないし、得にもならない。
命がけの戦闘の対価は、「ダンジョンに潜れるくらい強い」ってだけだ。
だから、偉い人は思いついた。
こんなの、いらない人間に任せればいいじゃないか。
ダンジョン制覇なんて贅沢は望まない。最低限、怪物が町中に溢れて来ない程度に削れたら、それでいい――
そうして、ぼくらが集められた。
スラムの孤児や、身寄り無く都市に来たぼくみたいな人間が、攫われた。
名目上は「学校に通わせるため」ってことにして、あちこちからの批判と非難をやりすごしながら。
うん、学校、とは言っているけど授業はない。
代わりにノルマみたいなものはある。
二日に一度、かならずダンジョンに入らなきゃいけない。
四日に一度、かならずモンスターを倒した証拠を提出しなきゃいけない。
楽だと思った?
ぼくは最初は正直、なんだ、案外いけるじゃないかと思った。
実際は、とんでもなかった。
与えられたのは粗末な短剣。
防具の類はいっさいなし。
「お前たちは偉大な事業に従事している、これに感謝し、日々の糧を与えた国父様に感謝するように」
監督官に言われて送り出された。
少しはワクワクもしていた。
簡単な作業、簡単なクエスト、簡単な課題、衣食住は最低限だけど保証されている。
なにもかもが嘘だった。
八人行って、戻って来れたのは三人だけだった。
生き残れたことが、いまだに信じられない。
ダンジョンは狭い洞穴で――それこそ子供くらいしか通ることが出来なかった。
狭い洞窟を進んですぐに襲撃にあった。
横合いからの一撃を、虫みたいな怪物の攻撃をぼくが防御できたのは、偶然だ。
縮こまって構えたところに相手の攻撃が重なった。
すぐ隣りにいたヤツに、その幸運はなかった。
目の上をざっくりと刺し貫かれて、「あ……」という呆然とした声を出した。
ぼくは叫んで、短剣を振った。
当たることはなかったけれど効果はあった。
反撃を――たとえダメダメな動きでも「攻撃をやり返した」ことで、獲物から「弱い敵」へとランクアップした。
そう、ぼくはこのときまで短剣を鞘から出すことすらしていなかった。
本当に、ノコノコと歩く餌でしかなかった。
命からがらに引き返したぼくらを監督官は見下ろし、ノルマの未達成を告げた。
「偉大な事業」をこなせなかったクズだと言われた。
そして、つまらなさそうに「人数が減っても課題量は減らないからな」と続けた。
四日に一度の討伐証拠提出。
それは八人チームに対してだ。
三人に減っても据え置きだった。
+ + +
「対策しよう」
安いパンに野菜クズだけが浮かんだスープという、「とても豪華で都会的な食事」とやらを食べ終わった後でぼくは言った。
誰もが地べたに横たわり、今にも眠ってしまいそうだったけど、話し合うタイミングはここしかない。
「なにを……するの……」
「生き残るため、やれることをやろう」
俯いて鬱々とした子に返した。
名前はたしかライラ。
ぼくよりも年上、14歳くらい?
目元を覆うほど髪の毛長い。
彼女は、顔を上げることすらしてなかった。
だけど、発言なしよりはずっといい。
「なんでもいいから、気づいたことを言って欲しい。正直、ぼくはわからないまま戻った」
「オレもおんなじだ。あのモンスターども、いつからいたか気づかなかった」
短髪の、やけに目つきが鋭い人。
名前はエマって女の人だった。
ぼくよりは年上で、たぶんライラよりも下だ。
可愛い名前と違って野性的な人で、唯一と言っていいくらい元気だった。
「オレが手も足も出ないとか、思ってなかった」
「それだよ、変だよね」
「なにがだよ」
「どうして誰も気が付かなかった?」
「それは……」
「あの怪物は、音すら出していなかったと思う」
「……それで?」
「待ち伏せされた」
空気が、ぴりっとひりつくのがわかった。
「この敵は、待ち構えていたんだ。黙って、じっと身を潜めていた」
ぼくらは八人で一チームだった。
それが今や三人だ。
狙われ襲われて、ここまで減った。
「だとすると……」
言葉を探すようにエマは視線をさまよわせ、やがては地面に向けて言葉を落とした。
「やべえな……」
「大丈夫」
ぼくはことさら明るく言った。
「ぼくらはこうして生きている」
「なんだよ、それ」
「ぼくらは追撃されなかった。どうして?」
ライラが、すがるように言う。
「あの怪物は……ダンジョンから、出れない……?」
「そういう縛りがあるかは、わからない。可能性としてはある」
「ひょっとして……あの敵、目が見えてねえ?」
「ぼくは、そっちだと思う。あの怪物はあんまり目が見えてなかった。同士討ちが怖いから、追撃しなかった。一回の奇襲だけで終わりにした」
音頼りでぼくらの接近を感知して、いいタイミングで攻撃を仕掛けた。
「こういう暗い場所では、目の代わりに耳とかを発達させることがあるって、そんな話も聞いた」
「だからって、どうすりゃいいんだよ」
ぼくは頷き、ようやく言いたいことを言う。
「装備を、整えよう」
+ + +
ダンジョン学校にはほとんど物がないけど、それでも最低限のものは配給される。
粗末な短剣がそうだし、粗末な衣服もそうだった。
その粗末な衣服を切り裂いて、ただの布に戻した。
いま必要なのは防寒の衣服よりも、ただの布や糸だった。
それらの素材を使って、短剣を棒に巻き付けた。
簡易的な槍だ。
もう一本、太い枝に布をぐるぐるに巻きつける。
こちらは簡易的な松明だった。
ぼくの衣服だけを使って、そうした。
他二人はそのままだ。
作った松明に火をつけ、ダンジョンに潜る。
3つくらいある穴の内、昨日入ったのとと同じところに潜った。
ギリギリのそこを、松明でぼく自身を燃やさないようにしながら行く。
前と違って、ちゃんと見えた。
狭い洞窟の様子がわかった。
子供のぼくでも、ちょっと背を屈めないと行けない高さ。
横幅も同じくらいで、本当に狭い。
こんなところをぎゅうぎゅう詰めで行けば、襲ってくれって言ってるようなものだ。
「これ、向こうからも見えるよな?」
「どの程度見えてるかわからないけど、まあ、そうかもね、だけど向こうが一方的な有利にならない」
大切なのはそれだ。
待ち構えられている。
敵が戦いの主導権を握っている。
その状態でいるのが最悪だ。
それを奪い返さなきゃいけない。
木の棒の先に短剣をつけた簡易的な槍、それは棒を半端に裂いて短剣の柄をめり込ませて、それなりの強度にした。
こんな狭い場所で槍とか役に立つのか、って少し思う。
けど、短剣で体ごと突っ込んで行くよりは気が楽だ。
怪物相手には、ちょっとでも距離を取りたい。
「リベンジだ」
ぼくは先頭で、静かに言う。
「取り返そう」
昨日の無様を、今日取り返す。
昨日の負けを、今日の勝利にする。
昨日奪われた命を、今日は奪う。
握った簡易槍に力を込める。
子供が作成したものだ、きっとすぐに壊れる。
松明だって、あっという間に燃え尽きて消えてしまう。
それでも勝算はあった。
敵は奇襲を仕掛けた。
逆を言えば、奇襲を仕掛けなきゃいけない程度だ。
絶望的な差はきっとない。
その上、相手はぼくらが簡単にやっつけられると認識している。
敵は油断し、ぼくらは準備し、油断していない。
それがきっと勝敗を覆す……
予想した通り、期待した通り――十字路になった通路に蠢く影が見えた。
よくよく聞けばシュルルと音までしていた。
昨日は呑気にあの十字路まで進んで、左右から刺し貫かれた。
そんな――本当にそんな程度の単純な作戦に、ぼくらは引っかかって負けた。
五体分の無惨な死体が転がっているはずだけど、どこにもない。
どこへと消えてしまったのか、今は考えない、想像しない。
ぼくは奥歯を噛み締めて、事前に決めていた通り松明を放り投げた。
それは十字路の中心に落ちる。
音がして、光と熱を放っている――興味を引かれたのか、左右から怪物が近づいた。
炎に照らされて、姿がよく見える。
真っ白な体躯。
人間大だけど、人型じゃない。
巨大なヒルか、太ったミミズみたいだった。
触手ミミズ――ここだとそう呼ばれている怪物だった。
のたうちながら、ときおり鋭く赤い舌を伸ばした。
目鼻はなく、ただ体を蠢かせて進んでる。
それでも、松明の光と熱くらいは感知できるのか、興味深そうに接近してた。
鎌首を持ち上げるようにしながら、火を覗き込んでいる。
チャンスだった。
「おおおおおおっ!!!!!」
「しゃコラっけんなボケがぁああ!!!!」
叫び突進し、簡易槍を突き出す。
千載一遇の、もう二度とはない絶好の機会。
外れた。
力みすぎて見当違いを突いた。
隣では甲高く不気味な悲鳴がする、エマの方は当たったみたいだ。
触手ミミズがこちらを向く、舌を伸ばそうとする。
その先端が黒く濁っているのが、印象に残る。
きっと血が乾いたものだった。
もう槍が使えない距離。
突進しながらの突きのせいで接近しすぎている。
短剣が欲しい。
――やれ。
ぼくがぼくに対して、そう命令する。
力みすぎた手から力を抜いて、槍から手を離した。
とんでもない寒気。馬鹿な行いをしていると心が叫ぶ。
無視して、力を込めて拳を作る。そのままミミズをぶん殴った。
予想外の行動だったのか、敵は甲高い音を出しながら後退した。
ぼくは武器はもう手放している、ここで距離を取られちゃいけない。
追撃、相手の牙らしきものが拳に刺さった。殴りどころが悪かった。拳から血が吹き出る。
気にならない。
気にしてるような場合じゃない。
馬乗りになって、もう一度殴った。
準備もなにもない、馬鹿みたいなただの力任せ。
それをぼくは、相手が動かなくなるまで続けた。
何度も、何度も。
+ + +
敵を倒した。
たった二匹だった。
それでも、倒した。
周囲にはもう、人間の気配しかない。
ぼくは荒い呼吸を繰り返しながら、暗くなりつつある視界の中で槍をつかんで、触手ミミズの舌を切り取った。
討伐の証だ。
「そっちも」
「あ、ああ」
エマはガクガクと震えていた。
よくよく見れば唇は真っ青だ。
今日の戦いは、もう無理なのかもしれない。
もう松明は燃え尽きようとしている
初戦で気分は最悪だ。
生き物を、殺した。
「次に行こう」
それでも、そう言った。
え、とライラが言った。
ぼくは吐き気を噛み殺して続ける。
「まだ二匹しか倒していない、ノルマ達成するためには、ここで無理をした方がいい。戦い方を学べる数少ない機会だ」
「な、なんで……?」
「ここは十字路で、道は左右に続いている」
ぼくは指し示す。
「たぶんだけど、他の侵入穴と連結しているんだと思う」
「それが、どうしたんだよ」
「同じように、触手ミミズがいる」
濃い血臭がする中、続ける。
「奇襲しようと待ち構えている。今なら、逆に奇襲ができる」
昨日、初実戦でどこもかしこもひどい有り様だった。
このミミズ共がどういう会話方法を取っているか知らないけど、話ができるのであれば他へと伝えたはずだ。「弱い人間たちが来る時期になった」と。
触手ミミズは、ぼくでも素手で倒せるくらい弱いモンスターだ。
今なら待ち受けている彼らの背後から、襲うことができる。
たとえ接近に気づいたとしても、混乱は必至だ。
「こんなチャンス、滅多にない。稼げるだけ稼ごう」
荒い呼吸で、握った血まみれの拳を苦労して開き、無理に笑いながらぼくは言う。
消えようとする松明の光。
その薄暗がりの中、目を見開いた二人が唖然としたまま、それでも頷く姿を確かに見た。
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