第四章 二度目ましての婚約破棄①
カーキベリル領から帝城に戻って早四日。
トリアはここ数日の日課、ギルバートの回復魔術による
「本日はいい天気でとても
とギルバートが誘ってくれたからだ。ずっと部屋の中に閉じ込められて体が
中庭の南側に
時折甘い花の香りをまとった
「……この中で訓練したら、さぞ気持ちがいいだろうなあ」
思わずもれてしまった
「
「う、わかっていますよ。だけど、訓練だけじゃなく部屋から出るのも禁止って、ちょっと
「それだけ
「気持ちはとても
「火傷を甘く見てはいけません。肌に
「うーん、でも、わたしの場合は
むき出しだった
「回復魔術ってすごいですね。この調子なら一月もせずにきれいに完治しそうです」
「いえ、傷の治りが早いとすれば、それはトリア様自身の
「わたしには一割でも十分すぎる効果が出ていますよ。ギルバートさんが毎日
かなり
数秒の
「非常に
「そうしてください。むしろ
「ふふ、それは困りますね。私は回復魔術以外の魔術は使えません。大して運動神経も良くないので、トリア様には絶対に
吹き抜けていく暖かい風も合わさって、柔らかな空気が周囲を包み込んでいく。
ここ最近ずっと訓練ができず、加えて部屋に閉じ込められていたこともあり、知らず
「現時点でもかなり快方に向かっているようでしたので、回復魔術の回数は減らしてもいいかもしれませんね。トリア様ご自身の治癒能力が高かったこと、何より火傷を負ってすぐに陛下が回復魔術を使ったのが良かったのでしょう。今後は火傷に効く薬を用意いたしますので、そちらで治療していきましょうか」
「……薬、ですか」
「苦い飲み薬などではありません。
薬が苦手なわけではない。苦手と感じる以前に、薬を飲む機会がトリアにはほとんどなかった。
ララサバル
「どのぐらいで訓練をしても大丈夫になりそうですか?」
「訓練……ええと、トリア様は本当に体を動かしたくて仕方がないのですね」
「はい、ものすごく!」
トリア自身としては、今すぐに激しい訓練をしても全然問題ないと思っている。むしろこの
勢いよく首を縦に動かせば、ギルバートは微苦笑をこぼす。
「私からも陛下に訓練や外出について進言してみます。ただし最終的な判断は陛下がいたしますので、正確にいつとは申し上げにくいのですが」
ラウとはカーキベリル領で顔を合わせたのを最後に、一度も対面できていない。
火事の一件の後、トリアは一足先に数人の軍人と共に帝城まで戻された。一方でラウは火事の後処理やらカーキベリル
(訓練と外出禁止についてとか、不死と夜の
話したいこと、聞きたいことが山ほどある。が、
しかも話したい、会いたいと思う一方で、話しにくい、会いにくいとも思ってしまう。
理由は無論『あれ』のせいだ。
(……どうしてラウは急にあんなことをしたのかしら)
訓練ができず、かつ、室内に閉じ込められているせいで余計なこと――あの口付けのことばかり
ラウがトリアに対して回復魔術を使ったのは、間違いなくあのときだ。事実、あの後からぴりぴりとした火傷の痛みがかなり緩和されていた。
(口付けすることによって回復魔術の効果が高くなる、とかだったらまだ理解でき……いやいや、理解できるはずがない!)
トリアは
相手に
『いえ、触れていても触れていなくても、特に効果に違いはありませんね』
何故そんな質問をするのか、と
(無茶をしたわたしに対する
頬に集まった熱を吹き飛ばすように、再びぶんぶんと首を横に動かす。
どう考えても愛情ゆえの行動ではない。それなら一体
(いっそのこと、された直後に平手打ちでも一発放っていればよかったのかも)
(……あのときはとにかくびっくりして、頭が真っ白になっていたからな)
まさかいきなり口付けされるなんて、予想だにしていなかった。結果、
(今さら殴るのはどうかと思うし、かといってなかったことにするのも……)
自らの思考に
考えれば考えるほど
(あー、もう、体を動かせればこんなもやもやすぐに吹き飛ばせるのに!)
何もかも、すべてじっとしているせいだ。
気まずいとかそんなことを考えている場合ではない。ラウに早めに会って
「
「ぜ、ぜひとも平和的に話し合ってくださいね」
「わかりました。これ以上ギルバートさんの回復魔術のお世話にならないよう、くれぐれも注意しますね」
「ほ、本当に
「大丈夫ですよ、わたしは
(とはいえ、いずれラウとは手合わせしてみたいな。よわよわ皇帝はあくまでも演じていた姿。本来のラウは、魔術は言うまでもなく武術にも
初対面でラウに対してかなり
(どうやらラウは親しい相手、ギルバートさんにすらあの姿は見せていないのね)
自分のことを「俺」と呼び、生死に
不死であること、そして
「そういえば火事の一件以降、トリア様と訓練をしたいと申し出ている軍人が増えております。訓練ができるようになった際は、可能な
ラウを助けるため、
最初はただ王国から出て自由になるための手段だった。しかし、ここ最近は
「手合わせする相手ができるのは非常に助かります。ただし見学してもらうほどの腕前ではありませんよ」
トリア程度の腕でひけらかしていたら、
「ご
「う、そんな尾ひれの付いた話が広まっているんですか……」
「ええ、私は知り合いから聞きました。陛下を、いえ、ラウを守ってくださったこと、
「ラウを助けたのはわたしの意志ですから、お礼を言われることではありません」
「……トリア様は最初にお目にかかったときから、
ギルバートの目が、言葉通り眩しいものを直視したときのごとく細められる。
「実はトリア様に一つお願いしたいことがありまして」
「あの……トリア様が母、セシリナと
「母はカーキベリル
今回カーキベリル侯爵がどんな
――セシリナがラウのことを
「私自身は母が今回の件に関わっているとは考えておりません。母は裏でこそこそと何事かを
「この髪、セシリナ様に
トリアはギルバートの言葉を
突然話題を変えると、視線をやや足元に落としていたギルバートが顔を上げる。
「城に戻ってきてすぐ、セシリナ様がわざわざお
特に思い入れがあって伸ばしていたわけではない。
だからこそ、焼けてしまった部分をハサミで簡単に切ればいいか、程度に考えていた。その話をセシリナにすると、彼女は
帝国一の腕前と人気を有し、半年は都合がつかない理容師だが、知り合いの貴族に頭を下げて予約を
「他人のために真剣に怒ってくれる人が、暗殺を
「母は危険ではない、と?」
「はい。あくまでもわたし個人の考えですよ。何よりギルバートさんの言う通り、セシリナ様はやるときは真正面から自分でやると思います。もちろん本気でラウを狙った場合は、騎士としてわたしが止めますよ。ふふ、ないとは思いますけどね」
笑顔で答えれば、ふっとギルバートの唇から
(それに、セシリナ様は二人だけになったとき、わたしに謝罪してくれた)
カーキベリル侯爵が皇帝に反意を
セシリナに裏があるとは思えない。――疑うべきは、別にいる。
「その髪型、トリア様にとてもよく似合っております」
短く切り
「――ギル」
名を呼ばれたギルバートの手が空中でぴたりと止まる。
静かすぎる
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