第三章 こんにちは、波乱の日々よ⑤
宙に浮かんだ感覚はほんの数秒だった。
すぐさまラウを背負ったトリアの体は地面、
まだ薬の
(……く、苦しい、体力が……っ! でも、ここで
全力を出し切って水面に浮上し、
どうにかこうにかラウと共に地面に転がったときには、さすがのトリアの息もかなり激しく乱れていた。
「……君は無茶苦茶だな」
「はあ、はあ……ほ、
「褒めていない、むしろ
「し、失礼な……はあ、噴水に飛び込むことは、ちゃんと、あらかじめ考えていた、もの」
呼吸が
(まあ、あの炎の中に入ってこの程度で済んだんだから、幸運よね)
全力
「さてと、このままカーキベリル
「……君は彼が関わっていると思っているのか?」
「あなただってわかっているでしょ。あ、むしろ、こうなることを見越してここに旅行に来たってこと?」
無言を
「あなたが本来の姿だとして弱々しい姿、みんなが影でよわよわ
「君は
「こういうことだけね。貴族同士の腹の
(わたしにすぐよわよわ皇帝の姿を見せたのも、
帝国内であれこれ手を出していたトリアの
「正直、生き返るとかはわたしの理解の
「
「ということは、死ぬときに
首を縦に動かすラウに、トリアの中にあった疑問の答えがようやく出る。
「クローディアが付けた傷がなくなっていたのは、あの後死んだってことかしら?」
「そうだ、
「さっき言った通り、そういうことだけは
ラウが
「不意打ちを
燃え
(三人、いえ、四人ね。一人は大分
しかも、今のトリアには愛用の剣もない。武器を持つ相手に
一人ならば逃げることも考える状況だろう。が、その
「……
どうにか上半身を起こしたものの、ラウが動ける様子はない。
徐々に間合いを詰めてくる
庭師の仕舞い忘れか、あるいは火事による爆風で飛ばされてきたのかもしれない。トリアは少し前方に落ちているもの、
「何度も言っているように、わたしがあなたを置いて逃げるはずがないでしょ」
「どうしてそこまでして助けようとするんだ? 俺は別に死んでもいいんだ」
「わたしが助けたいから助ける、守りたいから守るのよ」
はっと息を
トリアは
「ちなみにわたし、実は剣よりも
持ち運びに適しているので普段は剣を使用しているが、トリアの得意武器は槍だ。リーチが長いため
(まあ、襲撃者たちに圧力をかけるため自信満々に
長く訓練をしていない状態で、なおかつ体の調子も良くない。だが。
(わたしは負けない、絶対に)
最後の最後に勝敗を決するのは、意志の強さだとロイクは教えてくれた。意志が折れたら、いくら強くても勝つことはできない。逆に、意志が折れない限りは戦える。
襲撃者たちが
剣を振りかざした男が
「後ろに一人!」
ラウの言葉に従い、箒を後ろに突き出す。振り返らずとも気配と音で男の位置はわかっていた。腹を箒で思い切り突かれた相手は、ぐえっと声を出して倒れていく。
残りの一人は、トリアの攻撃範囲から
「右に避けろ!」
ラウの指示通り、考えるよりも先に危険を察知した体が動いていた。右横に飛び
気付けば結んでいた髪の毛の先が、すぱっと切り
「……魔術ね」
攻撃範囲内まで近付ければ、男が魔術を発動する前に倒せる自信がある。しかし、近付いている間に魔術を使われてしまえば、トリアの方が危険になる。
一定の距離を
睨み合いの途中で、突然男が苦しみ出した。
(え? 何? 一体どうなって……あ、これも魔術ね!)
すぐ背後から、先ほど男が魔術を使ったときとは
「――今だ」
「助力をありがとう」
「君には必要なかっただろうが、な。しかもまだ魔術が完全には使えない状況で、あんな
「もしかして強い魔術師ではない、って言っていたのも
「ああ、嘘を言ってすまない。それなりに魔術は使える。恐らく攻撃系の魔術に限定すれば、俺がこの国で一番だろう」
「落ち着いたらきちんと説明してもらうからね。それで、これもカーキベリル侯爵の手の者だと思う?」
「どうだろうな。
気付けば遠くにあったもう一人の気配は消えている。襲撃は失敗と判断し、この場から
立ち上がれる程度まで回復したらしいラウが、トリアの隣に並んで男たちを
「殴り込み、行く?」
「
「それを聞いて安心した」
秘密裏に
「次の旅行はもう少し
「俺の傍にいれば、またこんなことに巻き込まれる。大体俺は
「
「……すぐに帝城に戻る手配をする。ギルの回復魔術ならば、君の傷や
まだ完全には薬の効果が抜けていないのだろう。ふらふらとした足取りで進もうとするラウの手を
「わたしは心配しなくても平気よ。むしろ
トリアも多少火傷や
使用人たちがいる場所へと向かおうとしたトリアの腕を、今度はラウが掴んだ。そして、
「君に傷が残る方が俺は
「わ、わたしは全然大丈夫、まったく問題ないから、あの、手を離してもらえる?」
「俺の
耳に入ってきた言葉に、自然とトリアの両手はラウの両頬を
「その言い方、やめて。死ねば元に戻るとか、生き返るからいいとか、そういう言い方わたしは好きじゃない」
「死ぬのは当たり前じゃない。死んで生き返るなんて、普通じゃないでしょ。それに生き返るって簡単に言うけど、あなた自身に何か
「……いや、特にない」
「本当に?
トリアの質問に対する答えはない。頬を挟む手に力を込め、
「とにかく、死ぬなんて簡単に言わないで。今ここいるあなたは生きていて、わたしはたとえどんな理由があってもあなたに死んで欲しくない。生きていて欲しい」
にっこりと笑えば、紫の目が大きく開かれ、信じられないといった様相で
これまで何度も視線が合っているはずなのに、このとき初めてトリアはラウと目が合ったような気がした。初めて、本当の意味で向き合えたように思える。
騎士として自分が守るから、と続けようとした言葉は音にはならなかった。不意に伸ばされた手がトリアの肩を強く掴み、ぐいと引っ張ってくる。
気付いたときには――トリアの
(…………え?)
見開いた目に映るのは、至近距離で見つめてくる紫の
口付けをしたまま、探るように眺めてくる瞳が妙に色っぽく、
トリアの言動で顔色を赤や青に変え、
突然触れた唇は、あっという間に離れていく。一瞬夢かと思った。けれど、離れる
無意識だったのか、逃がさないとばかりに強く掴まれていた肩が痛い。その痛みが、より一層先ほどの行為、口付けの名残を強く感じさせる。
「使用人たちを呼んでくるから、その男たちを見ていてくれ」
直前の出来事などすでに忘れたとばかりに、ラウはいつも通りの様子で歩き出す。背筋を伸ばして歩く後ろ姿からは、もう薬の影響は感じられない。
何で、どうしてと、
遠ざかっていく後ろ姿をただ見送ることしかできない。そんなトリアの耳元で、くすくすと笑う
はっとして周囲を見渡すが、子どもの姿などどこにもない。いるはずがなかった。
「……気のせい、だった?」
明るく
燃え続けていた
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