第三章 こんにちは、波乱の日々よ③
カーキベリル領の
トリアとラウは
幸運なことに、三日の間でラウが
四日目の夜。トリアは単身、カーキベリル
「私の
招待を受けること自体は特に問題なかった。だが、
「行ってくるといい。私は公務に関わる書類をいくつか確認しておきたい」
とラウが背中を押してくれたため、夕食に呼ばれることにしたのだった。
ドレスに着替えることなくいつも通りの服装で、剣だけ軍人に預けてカーキベリル侯爵の
今年
(うん、わたしの
トリアの中で侯爵家の息子への第一
「お会いできて光栄です。皇帝陛下の婚約者の方が、まさかこのように
にこにこと笑う青年の背後では、にやにやと笑うカーキベリル侯爵の姿がある。
「お
「ああ、申し訳ございません。娘は体調を
明らかに裏のある笑顔で酒やつまみを
(わたしを
「トリア様はノエリッシュ王国のご出身でしたね。僕は王国に非常に興味がありまして、近い内に訪問する予定なんです」
「そうですか。王国への入国許可を取るのは大変だったんじゃありませんか?」
王国の人間が帝国に入るのが大変なように、逆もまたしかり。特に貴族や軍人ともなれば、早々に許可は下りない。無論王国の安全を守るための
青年の
「ええ、ええ、トリア様の
「実は私には王国内で
「……カーキベリル侯爵は
「
「もしかして、わたしも知っている方でしょうか?」
「ええ、まあ、トリア様もよくご存じでしょうが、名前はご
相手の方に
「実はぜひともララサバル男爵家の方とお知り合いになれればと思っておりまして、この度トリア様を夕食に招待させてもらいました」
「ララサバル家といえば、帝国内でも非常に有名ですからね」
父親から言葉を引き取った息子は、再び爽やかすぎる笑顔で話し始める。
(……わたしはもう、ララサバル男爵家とは
王国のことから始まり、次は自分のこと、運動が得意だとか今後軍に入って
(ラウは関係なく、わたしに取り入ろうとしているってことか)
今はまだ婚約者とはいえ、今後
(皇妃の愛人にさせよう、とか? でも、そんな感じには思えないな)
こういう貴族同士のやりとりも
お約束と違いますので帰ります、と席を立ってもいいのだが、一応身分上は皇帝の婚約者だ。自分勝手な行動をするのは気が
(騎士としても、主人であるよわよわ皇帝の胃に穴が開くような事態は
いかに早くこの場を切り上げるか、と
「そもそも陛下にはノエリッシュ王国第一王女との
「……あの、すみません。第一王女との婚姻とは、どういうことか聞いても?」
「ああ、ご存じなかったのですね。二月ほど前に第一王女との婚姻の話が王国側から提案されまして、顔合わせのため陛下は王国を訪問していたんですよ。帝国にお戻りになり、てっきり王女と婚姻を結ぶことにしたと発表するのかと思っておりましたら、
ラウがあの日王国を訪問していたのは外遊ではなく、第一王女との婚姻の話が出ていたからなのか。第一王女との結婚ならばラウにも利益は大きい。いまだ
トリアなんかよりも、ずっとラウに
ぺらぺらと
(何だろう、このもやっとした気持ち……ああ、わかった。目の前の相手に
自分の中に生まれた言いようのない感情は、苛立ちが原因なのだろうと結論付ける。
「下世話な話かと思いますが、トリア様は陛下とはどこまでのご関係でしょうか?」
「……本当に
突然振られた最悪な質問に、口の端がぴくりと
「申し訳ございません、
「先のことはまだ考えておりません。ですが、そのときは他国をあちこち見て周りたいと考えています」
引きつりそうな
トリアだけならば悪口を言われようが、後ろ指を指されようが全然構わない。だが、ラウに
「それは
どこがどう相性がいいのか不明だが、トリアはとりあえず浮かべている
これはもう、具合が悪くなったから帰ります、とでも言うべきだろうか。どんな食事が用意されているのか気にはなる。しかし、
トリアがソファーから立ち上がろうとした
飛び込んできたのはカーキベリル侯爵の私兵の一人だった。
「た、大変です、カーキベリル侯爵! 皇帝陛下のいらっしゃる
「な、何だと!? ど、どういうことだ!?」
侯爵は
(別邸が火事……え、待って、ラウは!?)
反応が遅れてしまったトリアも、急いでソファーから腰を上げる。すぐに部屋から出ようとしたものの、隣にいた青年が腕を
「あ、危ないので、トリア様は安全なこちらにいてください!」
「……手を離してもらえますか?」
「大丈夫です、落ち着いてください! すぐに自分たちが確認して参りますので」
「わたしはちゃんと頼みました。だから、これは手を離さなかったあなた自身のせい」
トリアは「え?」と青年が間の抜けた声をもらすのを聞きながら、掴まれた腕を逆に
どんっと、床にぶつかる大きな音が
投げられた本人だけでなく、侯爵や私兵、その場に
外に
トリアが別邸の前に着いた頃には、屋敷全体が
馬から飛び降り、おろおろとした様子で屋敷を
「ラウは!? 外に
「い、いえ、あの、陛下はまだ中にいらっしゃると……!」
助けに行こうにも火の回りが早すぎて、と
途中で見付けた
(大きな布を水で濡らして被ってきたいところだけど、探している時間がもったいない!)
トリアは別邸の正面
屋敷内のあちこちが炎に
トリアの横に軍人が駆け寄ってくる。
「な、何をするつもりですか!?」
「ラウを助けに行くのよ」
「助けにって、そんな、無茶です! トリア様にも危険が……!」
「わたしはラウの騎士で、加えて婚約者よ。主人を助けに行くのは当たり前でしょ」
騎士としての主人を、そして――もしかしたら、万が一の可能性だが、未来の主人になるかもしれない人を。
はっとして目を見開く軍人を横目に、全身ずぶ濡れの
背後にいくつもの
屋敷の内部は想像以上にひどい、まさに炎の海といった表現がぴったりの状態だった。まるで生き物のごとく
濡れていた全身が一気に乾いていくほど、周囲は高熱で包まれている。肌を焼く炎の熱を感じる。だが、トリアは
燃え盛る炎の
(まずい、屋敷全体が焼け落ちるまであまり時間がない!)
三階の
(……
高温と共に
(しっかりしろ! ここでラウを守れなかったら、わたしは
弱気になりそうな自身を
三階は特に炎の勢いが強い。
ラウは無事だろうか。もしかしたらもう、とちらりと浮かんだ考えはすぐに打ち消す。
(あなたはこんなところで死ぬ男じゃないでしょ、ラウ・ランメルト・キールストラ!)
――この国にとって
熱を含んだ煙が目と鼻、
ラウの部屋の扉はすでに焼け落ちている。トリアは足元でくすぶっている火を気にすることなく、室内へと勢いよく飛び込んだ。
「――ラウ!」
部屋の中央付近、
(大丈夫、まだ守れる。守ってみせる、必ず)
騎士としての役目だからではなく、トリア自身がラウを守りたいから。その想いの先に
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