第三章 こんにちは、波乱の日々よ②
帝都から馬車で半日。
自然に
一見すると
表向きはラウに対しても従順で友好的だが、自分よりも
ぜひ
別邸には季節の
客室のいくつかが改装中ということで、トリアは三階の南側、ラウは同じく三階の北側の部屋に案内された。
「
と主張するトリアだったが、
「だ、大丈夫だ! ぼ……いや、私は一人で問題ない!」
とすぐさま
帝城では一応同じ部屋で
普通それを言うのは自分の方じゃないのか、とちょっと思ったものの、まあ、いいか、とトリアは流すことにした。
屋敷に着いて早々、
「君は何かやりたいことはあるか?」
と問われたトリアは迷うことなく、
「
と答えた。予想していた答えの中には存在していなかったのか、ラウはやや面食らった顔をしたが、すぐにカーキベリル侯爵に頼んで釣り道具を用意してくれた。
「君は釣りが好きなのか?」
「ええ、好きよ。家族には
「そうか、意外だな」
「その意外って言葉は、のんびり釣り
「あ! いや、その、悪い意味じゃないんだ、本当に!」
トリアたちの周囲には
「
だから、
正直なところ、ラウの警備に関してはトリアも思うところがある。
トリアが帝城に来てから、知っているだけでラウは三回も命を
(三回とも犯人を
だが、いくら進言してもラウが
帝城の
「……あ!」
竿に当たりが来る。急いで力
「……はあ。また
釣り糸の先に引っかかっていたのは茶色の靴だ。トリアの横には、同じような片方の靴が何足も
「あ」
ラウの竿にも当たりが来たらしい。あまりやる気のなさそうな動作で引き上げると、その先には大きな魚が元気よく飛び
トリアが大量の靴を釣り上げる一方、釣りが初めてのラウは大量の魚を釣り上げていた。
「君は釣りが得意なんじゃないのか?」
「好きと得意は違うでしょ。わたしはいつも魚以外のものしか釣れないの」
「……それは、釣りをする意味があるのか?」
「わたしが釣りをするのは魚のためじゃなくて、自分自身と向き合うためよ」
無心になりたいときは体を動かすが、考え事をしたいときには釣りをするようにしていた。ロイクに
川縁りには
(話に聞いていた通り、帝国って本当に昼の時間が短いのね)
朝日が
最初は日の短さに驚き、どうにも体の調子が整わなかったりもした。最近になってようやく夜の長さに慣れつつある。
(この国への
夜目が効き、夜間の活動に慣れている。
(王国が攻め入るとすれば、西の
だが、キールストラ帝国は広大だ。もし帝都まで
日照時間が短いことには欠点もある。作物が育ちにくく、日差しを
ぼんやりと
「……君はすごいな」
「え? まさか靴が大量に釣れることに対しての
「そ、そうじゃなくて、君は帝国に来て間もないのに、城の人間から好かれている」
「親切な人が多いから、他国から来たわたしのことを気にかけてくれているんでしょう」
「いや、気にかけてもらえることを君がしているからだろう」
「時間を持て余した結果、色々手伝わせてもらったのがよかったのかもね」
「あー、その、ここでの生活はどう、かな?」
「すごく快適よ。周囲の目を気にせず訓練ができるし、食事もすごく
「何だろう? 僕にできることなら、すぐに対処するが」
「あなたと一緒にいられる時間が少ないこと」
長い
数十秒の
「え!?」
「ちょっと声が大きい。魚が
「す、すまない……その、ええと、さっきのはどういう……?」
「わたしはあなたの
「あ、ああ、なるほど、そういう……」
ぎょっと目をむいて赤くなった顔が、
「すまない。君を疑っているわけではないんだが、国政に関わるような場面に立ち会わせるわけにはいかないのが現状で」
「わたしの立場も、あなたが
顔だけ横に向けて笑いかける。ラウは
「君は本当に変わっているな」
「自分自身でもそう思うよ。だけど、わたしは今の自分が好き」
父の顔色を
「……自分が好き、か」
消え入りそうなほど弱々しい声には、どこか
再び当たりを感じて竿を振り上げれば、またしても靴が釣れる。赤いハイヒールだ。
(ここの川おかしくない? こんなにきれいなのに、何で靴ばっかり釣れるのかしら)
おかしいのははたして川なのか、靴ばかり釣り上げるトリアなのか。うーんと
「ところで、君はどうして騎士を目指そうと思ったんだ?」
「それ、大分今さらな質問じゃない? あの
「いや、ええと、あのときはとにかく君に帝国に来てもらうのに必死で、正直そこまで気が回らなかったというか、気にしていなかったというか……」
「今は興味があるってこと?」
「当然だ。君に関わることならば何でも教えて欲しい」
「何でも、は難しいかも。でも、騎士を目指した理由なら答えられる。わたしが本気で騎士を目指し始めたのは七歳の頃、
「隠れて遠征に付いて行く……
「まあ、
トリアは何年
東の
国民を守り戦うその姿が、ただただ
「そのとき、わたしも誰かを守れる騎士になりたいと強く思ったの」
与えられた力は誰かを守るために。そうやって戦う騎士たちに
「まあ、形ばかりは騎士になったものの、理想とする姿にはほど遠いかな。
「……ここに来た理由を聞かないのか?」
「
「本当の理由だ。
「まあねえ。じゃあ、聞いたら答えてくれるの?」
突然の旅行、セシリナのあの様子、そして、圧倒的に護衛が少ない、お忍びでの行動。何かがあるのだろうが、まだお
(わたしにも明かせないことがある。隠し事があるのはお互い様だしなあ)
靴ばかり釣れる状況にちょっと疲れてしまった。釣り竿を一度地面に置いたトリアは、「あ」と横に座るラウへと向き直る。
「そういえば一つ聞きたいことがあった。あなたは何か好きなことはないの?」
「どうして突然そんな質問を?」
「前に言ったでしょう、わたしはあなたのことを知りたいって。わたしは釣りが好き。あなたは何が好き?」
「僕の、好きなこと……」
深く考え込むような沈黙の後、ぽつりとラウの声が放たれる。
「母や妹たちがまだ生きていた頃は、星を見るのが好きだったな」
「その言い方だと、今は好きじゃないってこと?」
「ああ。今は夜が大嫌いなんだ。だから、星も見たくない。夜の
「わたしはコルセットが大嫌い。あれを着けていると、苦しくて気が変になりそう。令嬢失格でしょ? というか、もう令嬢ではないし、コルセットを着けるぐらいなら令嬢失格でも全然いい。あ、加えて
ただし訓練での生傷や
「前に訓練中受け身を取り
軽い調子で言えば、隣からふっと息がもれる音がする。そこには穏やかな
「化粧はしなくてもいいが、
理由はきっとラウが守るべき相手だから、だけではない。
「また君と一緒に釣りをしても?」
「いつでもどうぞ。あなたがいれば、魚料理をたくさん食べられそうだから
帰ったら屋敷の料理人に調理してもらおう、と意気込むトリアの横で、ラウは小さな笑い声を
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