第一章 深窓の令嬢にさようなら⑤
広間に血の
あまりにも静かなせいで、ぽたぽたと
クローディアが突き出したナイフの
「……っ! あ、わ、わたくし、そ、そんな、そんなつもりじゃ……!」
自らの手に付いた大量の血に、クローディアの顔が
「医者を呼んで、早く! あなたは急いで
近くにいた二人の
「傷口を
「この程度、どうせすぐに治る」
痛みがあるはずなのに、目の前にいる相手は
「すぐに治るか治らないか、傷が浅いか深いかも関係ない。傷付いた相手を放っておくことは、わたしの
「わかった。夫として未来の妻の意見を
「わたしはあなたの妻にはならない。でも、
手袋をはめていたおかげか、
「……助けてくれてありがとう」
やや声が固くなってしまったが、頭を下げ、
何故か不自然な
「私は
「だから、わたしはあなたの妻にはならない、絶対に」
いつの間にか敬語が抜け落ちてしまっていたが、ラウが気にしていない様子なのでそのまま
給仕と共に大急ぎで駆けつけてきた医師にラウの手当てを
「クローディア、
力なく
「もし本当にお
「……わたくしが、お姉様のように強くないから?」
いつもの
「いいえ、強さは関係ない。自分のことしか考えず、そのためならば他人を傷付けても構わないと考える人間は、ララサバル
すぐ近くにいる父に対しての言葉でもあった。
「話の途中で悪いが、一つ言わせてもらいたいことがある。私は身内には優しい。当然、未来の妻となる女性の家族ならば、私の身内になるだろう」
トリアの
(この人、何でこんなに
「私が
言葉は
「晩餐会の
ララサバル男爵家主催だということはわかっているだろうに、わかっていない振りをする。それは
圧倒的なまでの圧力に最初に
「ぼ、僕は一切関係ない! ヴィットーリアはもちろん、クローディアとの
保身に走ったルシアンに、両親の顔にも、クローディアの顔にも絶望がにじむ。両親や妹のことは好きではないが、ルシアンはそれ以上に
ぶつぶつと何事かを言い続けているルシアンを無視し、ラウは
「もう一度言おう。私は、身内には優しい」
「ヴィットーリア!
ララサバル男爵家の
トリアの口から大きなため息が
「ということらしいが、君はどうしたい?」
家がどうなろうが、王国がどうなろうが、もうトリアにとってはどうでもいい。むしろ両親に関しては、地位も権力もすべて
だから、考えるまでもなく答えは最初から決まっている。
「わかりました。結婚の申し出を謹んで、かつ、
まさかの返答に、両親は口が半開きのまぬけな顔をする。周囲の観客たちも
ただ一人、ラウだけが
「断る理由を聞いてもいいだろうか?」
「理由は三つ。一つめ、わたしはあなたのことを、あなたはわたしのことを何も知らない。こんな状態で結婚しろと言われても、はいと答えられるはずがありません」
「その通りだ。では、今すぐに結婚しろとは言わない。しばらくは私の婚約者という形で、お
嫌です、と答える代わりに、トリアは先を続ける。
「二つめ、わたしはただのトリアです。家も国も一切関係ない。今さら家のために結婚しろとか、国同士のいざこざを起こさないために結婚しろとか言われても、受け入れられるはずがありません」
「当然の答えだ。しかし、私が欲しいのは君だけだ。無関係な家にも、無関係な国にも、帝国に来たら二度と手出しをさせるつもりはない。帝国内では君の自由を
ラウは
「たとえ身内であろうとも、私の大切なものを傷つける相手には
「三つめ、先に
「騎士……騎士か。では、こうしよう。君には私の婚約者
「失礼ながら、帝国には騎士という
「確かに
騎士になって欲しい、という言葉に一切の
「……わたしなんていなくとも、帝国には
質問に対する答えは、底の見えない
「もし仮に我々が結婚しなかった場合でも、帝国で騎士として働いていた、という事実は君にとって確かな実績となる。帝国内での軍事についても知ることができ、決して不利益にはならないだろう」
何をどう言っても、相手に引く気がないことはよくわかった。トリアがここで
どうやらトリアが折れる以外に、円満に収束させられる
この婚約を受け入れても悪いことばかりではない。結婚しない限り、いつでも破棄することができる。事実、トリアは婚約破棄されたばかりだ。
――しかも、堂々とキールストラ帝国に足を
「……わかりました。少しの間、帝国でお世話になります」
「これから末長くよろしく、私のお嫁さん」
甘くねっとりとした、けれど、どこか
「……婚約の条件を三つ出します。一つめ、わたしは今後あなたに敬語は一切使わない」
「構わない。私も夫婦間で
「二つめ、あなたがわたしの意思を
「ああ、君の条件はすべて受け入れる」
ラウはあっさりと条件を
「最後に、わたしのことはトリアと呼んで。お嫁さんとか、未来の妻とか、それはわたしのことじゃない」
トリアは
「――わたしはトリアよ」
破れたドレスを着て、
「すべて君の言う通りに、トリア」
ラウは満足そうな笑みを一つこぼし、もう一度
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