第一章 深窓の令嬢にさようなら③
最初に目を奪われたのは、
一目で上質とわかる衣服に
身長も高く、トリアが相手を
重なった
(……
ルシアンがきれいに
鍛えている者同士だからこそわかるぴんと張り詰めた
(もし次が、いいえ、今度こそ誰かを本当の意味で好きになれるのならば、自分よりも心も体も強い人がいい)
顔が良ければさらにいいが、人間は顔じゃないとルシアンで
相手をよくよく観察すると、
(外国の人? どこかの貴族の
男の切れ長の
「失礼。とても
相手が誰なのか理解し、
何故か、顔色が
静まり返った広間には、重苦しい
(……そんなに重要な人物ってこと? 他国の王族か
男は
「外遊の終わりに、ちょうど
「……お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません」
トリアは男に向かって
「
相手が誰であろうと関係ない。トリアはもうこの国を出ていくのだから。
靴に手を伸ばそうとするトリアの動きを制し、黒い手袋で
「どうぞ。君の新しい門出に幸あらんことを」
ふわりと、香水とはまた違う香りが男から漂ってくる。
「ありがとうございます」
相手の真意はわからない。ただの親切だろう、と軽く流しておく。
靴を受け取ろうとしたとき、男の指先にトリアの手が
しかし、
が、何故かトリアの右手首を、男が
「あの、手を離していただけますか?」
じゃないと、実力行使で振り払いますよ、という言葉は喉の奥に留めておく。
「……君は、平気なのか?」
「は? 何を言っているかわかりませんが、今すぐに手を離さないと――」
白いシャツに黒のベスト、黒のスラックス。
背を向けている貴族たちは元より、トリアを見つめている男も気付いていない。
トリアは一瞬たりとも悩むことなく、行動を開始する。
「――そこから動かないで」
男が何か言う前に、掴まれている右の手のひらを大きく開く。そして、手首を回して手のひらを下に向け、一歩相手に向かって踏み込みながら、自分の
トリアはすぐ
男の後頭部を
サルヴァは男の首に
貴族の女性から
(残りは三人。四人も不審者に
両親に心の中で毒づきながら、トリアは一歩右足を
ぎょっとした様子で周囲の人々が
「ちょっと肩を貸して」
長身の男の肩に左手を置く。再び言いようのない
トリアは男の肩を支点に、向かってくる不審者、最も体格のいい相手へと右足で回し蹴りを放つ。ドレスが
ただ
息を吐く間もなく、男の肩から手を離したトリアは、先ほどサルヴァを取ったテーブルから今度はナイフとフォークを
(間違いない。狙われているのはこの
シャンデリアの
トリアが素早く両手を引き戻せば、押し合うつもりだった相手の体勢が崩れる。その一瞬の隙を
相手がそれなりの使い手であることは
(――この程度では、わたしの敵にはなれない)
突き出された短刀を左に避け、細い腕を掴む。手首を
立ち上がってドレスの
トリアの姿は、もはや
「ヴィットーリア、おま、お前という
(父にとって『これ』は恥さらしな行為なわけね)
決定的なまでに、トリアは父と、いや、今のララサバル男爵家とは相容れない。
トリアにとって、先の行動も今の姿も恥じるものではない。誰かを守るために行動する。それは本来のララサバル男爵家の人間としても、また
右手を振り上げた父がトリアまであと一歩というところで、
少し高い位置にある紫の瞳が、
男はマントを
「心から礼を言わせてもらう。君は私の命の恩人だ」
低く落ち着いた
男の手がトリアに触れると、わずかな違和感の後、ひんやりとした冷たさが手から全身へと広がっていく。手袋をしていてもなお、男の手が冷たすぎるせいだろう。
掴まれた手から男に視線を戻すと、相手の口元に深い
普通の、正しい
だが、トリアはもう深窓の令嬢ではない。急に親密に接してくる相手に
「いえ、礼には及びません。あの、そろそろわたしはここを去りたいので――」
「……ああ、やはり、君は耐性があるようだ。君しかいない」
男がトリアの手を握ったまま
「美しく気高く、そして力強い炎の女神のごとき姫君、トリア嬢。どうかこの私、ラウ・ランメルト・キールストラと
顔を上げた男、
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