第一章 深窓の令嬢にさようなら②
「今この場で、ヴィットーリアの名前も、ララサバルの家名も捨て、今後は一
思い切り右手を振り抜いた
が、さらに続けようとした言葉は、ルシアンによって
何の心構えもない状態で、かつ、ひょろひょろとしたルシアンがトリアの
と考えていたのだが、どうやらルシアンはトリアの想像以上に
あまりにもすごい勢いで転がっていくので、
ようやく回転が止まったときには、きれいだった白い服はよれよれ、一分の
しばらくの間、
何とも言えない
「ルシアン様! 大丈夫ですか、お
クローディアの金切り声を合図に、静かだった場にざわめきが広がっていく。棒立ちになって固まっていた両親も顔を
「ヴィットーリア! ルシアン王子に何てことを!」
父が
「この十年間、わたしは彼から
はっきり口答えをしたトリアに、二人は目を丸くする。
だが、もう
少しやり過ぎたかと思ったものの、見たところルシアンに大きな怪我はない。もしかしたらご
トリアは
転がり続けたせいか、どこかうつろな様子のルシアンと、
トリアの身長はゆうに百七十を
「最後だからきちんと
王子に
「それと、わたしが常に
トリアが自分のことを話そうとすれば
結果、口をつぐみ、無理に
「わたしが自分の
ルシアンの顔が一気に赤くなっていく。しかし、まだ言い返すほどの余裕はないらしい。
トリアが
「あなたが本当に気にするべきは内面、器の小ささの方よ」
低身長であることを
「身長を気にする
中身がペラペラで、
「……お姉様。ご自分の言動がいかに不敬であるかはおわかりですわよね? ルシアン様に
「これが最後になるだろうから、姉として一つ
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。出鼻をくじかれる形になったクローディアは「え?」と
「あなたはわたしのものを横取りするのが大好きよね。ただ、その『お下がり』だけは絶対にお
「……お下がり?」
「ええ、姉の『お古』がよく見えていたんでしょうけど、その男はやめた方がいい」
「……お古」
クローディアは
ルシアンのこともそうだ。十を過ぎた頃から、あからさまにルシアンとの
「あなたにはぴったりの相手よね。見た目だけじゃなく、中身もすごく釣り合いが取れているもの。でも、そいつと
妹のことが好きか嫌いかと問われれば、好きではない。それでも、最後の最後、姉としてちゃんと忠告しておきたかった。最後だからこそ。
クローディアの顔が
(とりあえず姉としてちゃんと忠告はした。これでよしとしよう)
図星を
トリアは彼らが何か言うよりも早く、両手を
「とにかく、わたしは本日よりただの一般人のトリアになります。あなた方とは今後一生会わない場所で、一人で生きていきます。どうぞお気になさらず」
「ま、待ちなさい! 一人で生きていくって、これからどうするつもりなんだ!?」
「わたしは
生まれ持っての性質もあるのだろうが、それ以上に
しかし、父がそんなトリアの夢を認めることはなかった。
「騎士になるためにこんな国はとっとと出て、一人で好きに生きていきます」
王国には数は少ないが女性の騎士もいる。ララサバル男爵家でも、過去に女性騎士を何人か
(性別は関係なく、
家と
すぐに騎士として仕官できる場所は見つからないだろう。それならそれで、働きながら武術を
騎士として心から守りたい人を、場所を、国を、これから見つけていきたい。
だから――好みに合わない靴も、深窓の令嬢の仮面も、もういらない。
背負っていた重荷はすべて投げ捨てた。言うべきことは言って、やるべきことはやった。もうこんな場所に用はない。
一度家に戻って、出ていく準備をしよう。家も国も、トリアの方から捨ててやる。
脱ぎ捨てたままにしておくのは
(この声、ついさっき聞こえた笑い声と同じ……)
正直、笑い声と称していいのかもわからない。笑っているようでいて、笑っていない。
そして――低く美しい声の持ち主、一人の男性と視線がかちりと重なった。
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