第一章 深窓の令嬢にさようなら①
「ヴィットーリア・ララサバル、君との
左手を
ヴィットーリアは口元を手で
「で、ですが、あの、わたしたちの婚約は、十年も前に結ばれたものです」
どうして今になって、と続いた声はかすれている。
「我々の婚約は大きな間違いだった。そう、破棄するのが遅すぎたぐらいだ」
ルシアンは右手でご
シミ一つない顔は
金の
見た目だけで言えば、ルシアンは
片やこの即興劇における登場人物の一人、主役級の役割を与えられているはずのヴィットーリアは、濃いブラウンで
「大きな
劇が始まってからずっとルシアンの背後にいた人物、レースをふんだんに使った桃色のドレスに、美しい生花で髪を飾ったクローディアがルシアンの
二歳下の妹、十六歳になるクローディアは細身で
クローディアは姉に対する申し訳なさと、愛する相手との幸せを
「ごめんなさい、ヴィットーリアお姉様」
「クローディア、あなた、どうして……?」
「だって、わたくしたちはもうずっと前から深く愛し合っているんですもの」
クローディアがそっとルシアンの
「君との関係は解消されるが、我が王家と
ぎゅっと手で押さえた口元から、飲み込めなかった
「突然の発表でみなを驚かせてしまったことは、心からお
俯いたままのヴィットーリアへと、いつものごとく
「僕という第二王子の婚約者でありながら、
ふうっと、これみよがしにため息が吐き出される。
「妹のクローディアは君とは違い、とても
熱のこもったルシアンの声に、クローディアの
誰かが始めた
素晴らしい劇が
(……わたしは、ここでどうするのが正しいのかしら)
突然の婚約破棄に悲しみ、さめざめと涙を流すべきか。それとも、婚約破棄など認めないと、
(
最善の行動を考えるヴィットーリアの耳に、悪意に満ちた言葉が突き
「そもそも、僕と君とでは何もかも
「ルシアン王子、この度は誠におめでとうございます!」
「ありがとう、ララサバル夫人。僕はもっと早くに、あなたの助言を聞き入れて婚約者をクローディアに変えるべきだったよ」
顔を見なくてもその
彼女があらかじめこの婚約破棄、そして新たな婚約について知っていたのならば、当然今夜の
顔を上げてララサバル男爵である父の姿を探す。
ふと、その視線がヴィットーリアに向けられる。
第二王子の心を
(――いいえ、違う。これは『わたし』をずっと
気付けば、手が離れた口から大きな笑い声が発せられていた。
明るく
本当はずっと笑い出したかった。ルシアンが婚約破棄を言い渡したときから、表面上はどうにか
しんと静まり返った場に、ヴィットーリアの笑い声だけが響き渡る。
「ヴィ、ヴィットーリア? 君は急に何をしているんだ?」
あと一歩踏み出せばぶつかるという距離で足を止め、ルシアンを笑顔で見下ろす。
「婚約破棄の申し出、
にこやかに、落ち着いた
「最初に申し上げておきますが、わたしは基本的には
「僕も暴力には反対だが、何故そんな話をする必要が――」
「ですが、世の中には
ルシアンの疑問の声を
ヴィットーリアの顔は愛らしいと称される妹とは正反対。
だから、できる限り微笑むようにしていた。
けれど、それももう終わりだ。
「これは暴力じゃない。わたし自身を守るための正当防衛よ」
ずっと頑張ってきた。合わない靴を無理矢理履かされて、靴ずれが起きても、まめが
(ルシアンとの婚約は破棄したかったから正直願ってもないことだけど、どうせまた別の新しい婚約者を父が選ぶ。ただ結婚相手が変わるだけ)
そんなのはもう
迷うことなく右の靴を
裸足の足ならばどんな靴でも履ける。好きな靴を履いて、好きなところに歩いていける。
どこへでも、どこまでも、自由に。
ついでに結い上げていた髪を
「わたしはずっと、こんな靴じゃなくてヒールの高い靴を履きたかったのよ!」
ばっちーんと、
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