令嬢トリアは跪かない 死に戻り皇帝と夜の国

青田かずみ

序章



 死ぬのはこれで十一度目だ。


 首を折って死ぬこと一回。毒を盛られて死ぬこと二回。高所から落とされて死ぬこと三回。切られたり刺されたりして死ぬこと四回。


 死亡にいたらずとも瀕死ひんしの状態におちいったことも、十指に余るほどある。面倒臭くなっていつしか数えるのをやめてしまったため、正確な回数は当の本人にもわからなかった。


「なるほど、今回は焼き殺すつもりか」


 吐き出した声はかすれており、発音も不明瞭ふめいりょうだ。舌先のしびれは大分やわらいできた。だが、全身にはまだ麻痺まひが残っている。椅子いすにきつくしばられた手足の痛みも、ほおや首といったむき出しのはだを焼く熱さも、幸か不幸か感じられない。


「これの次は氷けにでもされそうだな」


 毎回あれやこれやと殺害方法を変えてくるやる気の高さには、正直感心してしまう。


 死に至った毒殺や刺殺しさつに限らず、他にも様々な方法で命をねらわれた。未遂みすいに終わっているが、撲殺ぼくさつ絞殺こうさつ溺殺できさつ、圧殺などなど、多種多様な殺害方法が実行されている。


 無駄むだな労力をついやしていると思う反面、何年も変わらずに強い殺意を持ち続けられることには羨望せんぼうすらいだいてしまう。ここまで来ると意地と執念しゅうねんだろう。あるいは憎悪ぞうおか。


 ため息をこうとして、しかし、息を吸い込んだ瞬間しゅんかん熱風がのどを突き刺す。すすの混じった煙が気道を容赦ようしゃなく焼き、激しいせき幾度いくどとなくあふれ出てくる。ありとあらゆるものがくろげになっていく悪臭あくしゅう鼻腔びこう刺激しげきし、目尻めじりから涙が一粒こぼれ落ちていった。


(炎の勢いから察するに、燃えているのは屋敷やしき全体。俺一人を殺すために、豪勢ごうせいな屋敷を丸々燃やすとは)


 涙はすぐさま熱風によって蒸発じょうはつしていく。


(なかなかどうして、思い切りのいいことをするじゃないか)


 ようやく咳が落ち着いた口元をゆがめる。

 もちろん価値のある家具や美術品、宝飾品はあらかじめ持ち出されているだろう。が、別邸べっていとはいえ全焼させるほどの決断力と度胸どきょうが、ここの領主りょうしゅにあるとは思えなかった。


(強い人間に取り入り、金をかせぐことしか考えていない奴だ。となれば、背後にいるのは)


 ごうごうと炎があばれ回る音も、またたく間に絨毯じゅうたん天井てんじょうを焼いていく姿も、どこか遠くの出来事のようにしか感じられない。


 すでに室内の三分の一が火の手に包まれている。げ道があるとすれば背後の窓ぐらいだろうが、体が満足に動かせない、かつ拘束こうそくされた状態では逃げることもできない。いな、もし動くことができたとしても、あわてて逃げる必要はなかった。


 意思を持っているかのごとき炎は、少しずつ、着実に近付いてくる。


(焼死、か。さて、これはどの時点で『死んだこと』になるんだ)


 気道が熱風で焼かれたことによる呼吸困難、もしくは酸素不足による窒息ちっそく。それとも炎で全身が焼かれたことによる熱傷でショック死するか。もし熱傷で死ぬのならば、どの程度皮膚ひふが焼かれた時点で死ぬのだろうか。


『大丈夫、大丈夫。あなたは死なない』

『死なない、死なない。絶対に死なせない』


 炎の音に混じって明るい声がひびく。それは無邪気むじゃきに笑う幼子おさなごの声のようだった。

 奥歯を強くみ締め、のうに直接響いてくる声を無視する。


(彼女が外に出ていて良かった)


 ねらいは自分だけ。おそらく彼女のことは意図的に呼び出したのだろう。


 屋敷にいた者たちも、自分をのぞいてみな無事に脱出しているはずだ。屋敷を燃やすことは百歩ゆずって納得したとしても、おのれの領土内で数多あまたの死傷者を出すことなど小心者の領主が受け入れるとは思えない。


(一番の問題は、この後どうやって辻褄つじつまを合わせるか、だな)


 死ぬことに対する恐怖心きょうふしんなどすでにない。死はただの過程だ。


 たしてどの時点で死に、どの時点で生き返るのだろうか。

 来たる死を受け入れるため、ゆっくりと両目を閉じる。いつか、遠くない未来、本当の意味での安らかな死が訪れて欲しい。


(……いいや、違う。俺に安らかな死など、永遠に訪れるはずがない)


 このたましい未来永劫みらいえいごう、『彼ら』にとらわれるのだから。


 無意識の内に、くちびるだれかの名を形作る。音にならない呼び声が彼女に届くはずがない。そう思った次の瞬間しゅんかん


「――ラウ!」


 耳障みみざわりな轟音ごうおんを切りんだ音色ねいろ

 驚いて見開いた目に飛び込んできたのは、燃え盛る炎の中でもあざやかに、一際ひときわ明るいかがやきを放つ赤いかみだった。

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