第59話 女性と口を狙え
『政治資金パーティー』とは、特定の政治団体が資金を調達するために開催するイベントのことである。
そして、このパーティーは、企業側からしたら、大きなビジネスチャンスの場だった。
企業間の名刺交換はもちろんのこと、政治家との直接的な繋がりを持つことができる。
それこそ、事務所の入り口に置かれた著名な政治家とのツーショット写真。他にもホームページやパーフレット等で――会社のブランドイメージ、信用できる会社だと世間にアピールすることが出来る。
そりゃあもーう、ずぶずぶの蜜月関係だった。
また、なかには政治家や官僚たちのセカンドキャリアとして会社のポストを用意する企業も少なくない。いわゆる『天下り』というやつである。
それは、俺が以前在籍していた新興宗教<天草教>も例外ではなかった。
(あの時は本当に大変だった……)
会場の設営や豪華な食事の手配はもちろん、献金の集金。記載金額の改竄と――<天草教>の役員である
正直……『政治資金パーティー』という言葉を聞くたびに、その時のトラウマが蘇る。
しかし、不思議なものだ。
まさか……その俺が……自発的に、このパーティーを開くことになるとは。
雲一つない晴天の下。
ここ領主の城<イシスール城>の庭園には、多くの貴族が集まっていた。
それこそ、この<ボンペイ>都市内のみならず、周辺都市の有力者や他国の貿易商までもが参加し、盛大に開催されていた。
広い庭園内にいくつも並べられたテーブル。
多くの給仕姿の女性従業員が豪華な料理を続々と運ぶ。
その中にはメイド服姿のマルタの姿も。彼女は俺の姿を見つけるとウインクを送っていた。
そう、このパーティーの主宰は俺達、<カミヒト教団>であり、その責任者が俺と――。
自分でも思わず笑ってしまうような光景だった。
なお今回のパーティーには……一人、明確なターゲットがいる。
「参ったな……」
華やかな貴族の服装が並ぶ中、場違いな冒険者服の壮年男性。遠目からでも目立つ――筋骨隆々の長身に重厚な防具。黒人のような肌。顔には多くの傷のあり、それが彼の歴戦の勇士であることを物語っていた。
辺境都市<ボンペイ>の都市の機能を一端を担う三つの職能団体”三役 の一つ。
冒険者組合の代表 オリバー・サイモンである。
「ずいぶんと変わった料理だな……これはどうやって食べるんだ……」
彼は、
すると……。
彼の元へに一人の女性が声をかけるのだった。
「それは『ハンバーガー』という料理です。よろしければ、お一ついかがですか?」
彼女の姿に、会場中の男性たちは思わず息を呑む。
靡く濡羽色のウェーブロングヘア。その美しい黒髪に映える漆黒のドレスを身に纏い、隠し切れない身体のライン。ざっくりと開いた胸元が男性たちの視線を大いに困惑させていた。
それはまさに妖艶という言葉がふさわしい麗人、マリー・スクエットの姿であった。
俺は今回、彼女に彼の接待役をお願いしていた。
事前調査で彼が仕事一筋の独身で、女性遊びを全くしない男であることを領主の執事、ティルさんから聞いていたからである。
(悲しいかな……俺も……同じだから気持ちが分かる……分かってしまう)
要するに、これはハニートラップである。
そして、それを証明するかのように、彼の反応も実にわかりやすいものだった。
「さあ、お一つ、どうぞ♡」
その白く美しい指先で丁寧に包装紙が剥がされ、彼の口元へと差し出す。
彼は戸惑いながらも、勧められるままに『ハンバーガー』を一口齧った。
「なんだこれは!!!? 旨い!! 旨すぎるぞ!!!」
その瞬間、野太い声が会場内に響き渡り、注目を集める。
その様子に、貴族達が「なんだ! 何の騒ぎだ!」と集まり始め……興味津々で『ハンバーガー』を手に取り食べる。そして、彼とまったく同じ反応を示すのだった。
「こちらの料理は、魔獣の肉を細かく挽いて焼き上げた『パティ』と、『バンズ』と呼ばれるパンで挟んだものです。このように包装されているため、外出時でも手軽に楽しむことができます」
人々は彼女の料理の説明に耳を傾けながら夢中で『ハンバーガー』の味を確かめていた。
それもそのはずである。
なぜなら、この世界には『ハンバーガー』という料理が存在しないからだった。
さらに、この『ハンバーガー』は<レサエムル村>の料理担当であるエバさん親子と共に試行錯誤を重ねて開発されたもの。
材料の『バンズ』は、元々街の食堂<黒猫の寝息亭>で出していたパンを使用。
『バンズ』の肉は冒険者のアレクさん率いる<
ソースやスパイス、葉野菜はマリーが運営する大農園で収穫されたもので……。
<レサエムル村>の総力が結集した自慢の一品だった。
次第に聴衆はひそひそと内談し始める。
この中には、上流階級の貴族以外にも他国の貿易商や都市内の商人も多くいる。
そう、彼らは肌感覚で分かっているのだ。
このパーティ自体の意味を、それが彼らにとってもビジネスチャンスとなる機会だと。
「そこのご婦人! 是非とも聞きたい! この紫色の飲み物は!? これはなんだ!!!?」
参加者の一人がグラスを掲げ、興奮気味の様子でマリーに尋ねた。
すると……彼女は微笑を唇に浮かべ、こう答えるのだった。
「こちらは『ワイン』というお酒です。お口に合いましたでしょうか?」
「酒!? これが酒なのか!!? 合うどころの騒ぎではない!! こんなに美味しい酒は初めてだ!!」
「まあ、それは良かったです。こちらは口当たりが良く、料理とも相性が良いので、私たち女性にも人気のある商品です。もちろん、仕事終わりのリフレッシュにも最適です」
婉麗な態度を示すマリーは、すかさず視線を冒険者組合の代表であるオリバー・サイモンへと送る。
その瞬間、彼の黒い肌の顔が赤く染まるのを俺は確認した。
(これは完全に心を掴まれたな……)
そう、この『ハンバーガー』と『ワイン』は”冒険者”にこそ刺さる商品なのだ。
そして、何より素晴らしいのは、彼女の周囲への配慮や気遣い、そして根回しだった。
このパーティーでは、多くの上流階級の貴族や商人が夫婦お揃って参加されている。
本来、そのマリーに男性たちが群がる構図は好ましくない。
だが、しかし。
「奥様! もしよろしければ、こちらで新作の化粧品の試供サービスを行っておりますが、いかがでしょうか?」
また一人、ポツリと残されたマダムの元へ――会場のスタッフが声をかける。
パーティー会場の隅に設けられた特設ブースは、まるでデパートの化粧品売り場のような雰囲気を醸し出していた。
「これが……わたくし……?」
手鏡で自分の顔を見つめるマダムは、その変化に驚きを隠せない様子だった。
俺たちの村、<レサエムル村>の女性達に美人が多いのは理由がある。
マリー・スクエットが考案したスキンケアは、クレンジングや洗顔料、化粧水から乳液、保湿クリームに至るまで朝昼夜のそれぞれの時間帯に応じた細かい手順が組まれ、多様で豊富な化粧品が取り揃えられていた。
この美容技術は、もともとマリー・スクエットが村に広めたものであり、それを事業化したもの。
男の俺にはよくわからないが……この世界の女性からしたら画期的な事なのだろう。
何よりも利用者の反応がそれを物語っていたのだった。
(やはり、彼女に任せて正解だったな)
今回、俺たちが行う事業はすべて、とある宗教ビジネスに基づいていた。
世界の富を支配するユダヤ教の商法。その教えの中に答えがあった。
その一つ、『女と口を狙え』である。
『女』とは文字通り、女性をターゲットすることである。
多くの家庭では、女性が財布の紐を握っており、日用品の消費においても女性の方が男性よりも多い。
したがって、女性向けの商品は圧倒的に売れやすいのだ。
『口』とは飲食物を指し、必ず消費される商品である。これにより、商品の回転率が上がり、「また、あれが食べたい」という中毒性を生み出すことが可能となる。
その効果はまさに絶大と言っていいだろう。
すでにマリーのもとには『ハンバーガー』や『ワイン』を求める人々が殺到していた。
彼女は良きタイミングで、その交渉を彼女の腹心ラセイム・テュボーンにバトンタッチし、営業活動だけに専念する。その間、各従業員が水面下で円滑に商談を進めていた。
それは化粧品の方も同様の状況で、各場所で俺の予想を上回る対応が行われていた。
そう、すでにこの会場にはその仕掛けが成功していたのである。
「カミヒト殿、随分と賑わっているよう何よりじゃないか」
会場の様子を見て、<ボンペイ>の領主サンジュ=ルクモレン伯が声をかけてきた。
「はい、おかげさまで……順調です」
俺は少し、緊張した面持ちで返事をする。
これはとんでもない大金が動く。
新事業への融資。
それは、そのまま都市の公共事業の資金源となる。
そして、俺達が用意した事業は、これだけではないのである。
むしろ、ここからが本番だ……。
「会場にお集まりの皆様! 壇上にご注目ください!」
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