破戒教師は青空に笑う
不二川巴人
第0話 プロローグ~鉄槌!
「こンの野郎ぉ……! ようもやってくれたなあ?」
俺が羽交い締めにした組織のボスを睨み付け、凜々しい面立ちでポニーテールの少女、
「ひ、ひいいっ!!」
色を無くすボスだが、誰が許すものか。忍は、怒りの炎を燃やしていた。
これは比喩じゃない。彼女を包む、オレンジ色。《
制服が揺らめき、自慢のポニーテールも、ゆらゆらと逆立っている。
はっきり言って、俺も怯む、いや、明確かつ、すさまじい恐怖を感じる程の怒気だ。
一言でたとえるなら、怒髪天の闘神とでも言うべきか? 地獄の鬼でも慌てて逃げ出すレベルに思える。とにかく、忍が徹底的にガチギレたのが、嫌ってほど分かった。
それにしても、お師匠さんが言っていた、忍のとんでもない素質。それを目の当たりにして、おかしな表現なのは重々承知だが、まるで、伝説の場面に居合わせているような気になった。
拳足の一ヶ所に《氣》を宿すだけでも常人には難しいのに、全身から、文字通り燃え盛るほどだ。
さらにおかしな表現になるが、恐怖が何周か回って、全く奇妙な、感動のような思いさえ覚える。これが、限界をぶっちぎった、忍のフルパワー中のフルパワーか……。
「ウチの怒り、思い知れぇッ!! 《
「おぼおっ!?」
「《
「げぶっ!? がはああああッ!!」
まず、全開全力、いや、恐らくそれ以上の《氣》をまとった左拳で、ゼロ距離からの、えぐり込むようなボディブロー。俺も食らったことがあり、忍も言ったことがあるが、この一撃だけで、「ハラワタがミンチ」になっていても、何らおかしくない。
そして、流れるように、噴火のような右……当然、《氣》をまとっているそれでのアッパーカットが、ボスのアゴをまともに砕く。
仕上げに、飛び上がりざまの、膝が入った。芸術的なまでのスリーヒットコンボだった。天高く、ボスが舞い上がる。
「ふー……」
「かぼ……あ……」
凄まじいまでの跳躍力を見せた忍が着地し、長く息を吐く。
ワンテンポ遅れて、ボロ雑巾と化したボスが降ってきた。
完膚なきまでにノックアウトされて地面に這いつくばり、逃げ場を求めて力なくもがく様は、さながら塩をかけられたナメクジだった。
もはや勝負ありだが、俺の番がまだだ。怒りの一撃を見舞った忍が、《氣》の炎を収め、ニコニコと俺に言ってくる。
「ほな、次はセンセの番やね? 存分にどうぞ?」
「おうよ、そうさせてもらうぜ」
ついに来たぜ、イッツ・グレイト・ショウタイム。
五年間の熟成期間を経て、極限まで煮詰まった怒りをぶつける時だ。にいっと笑みを浮かべ、ボスに歩み寄る。
「ひ、ひええ……!! いぎゃあっ!?」
這いずって逃げようとするその右手を、ストンピングで砕く。ちなみに俺の靴は、カカトとつま先に厚手の鉄板が仕込んである特注品だ。
「今のは、
「や、やめ、ゆる……ぎひいっ!?」
すっかり戦意を無くしているボスだが、オードブルにもなりゃしない。
次に左手を、同じく渾身のストンピングで砕く。血しぶきの花が散った。
「これも、真虎の分だ」
「ゆ、許して……ぐぎゃはあっ!?」
「これもっ!!」
「ぶぎゃあっ!!」
「これもっ!!」
「ぎひいっ!!」
「これも、これも、これも、これも、これもッ!! 真虎の分だあぁあぁあぁーーーーッ!!」
「どぎゃおがはあああっ!!」
文字通りの積年の恨みを込めて、ボスの上下腕、すね、大腿骨を、それぞれ両方へし折る。
「さあッ!! 薄汚え脳味噌ぶちまけてからッ!! 地獄で許しを請いやがれッ!!」
トドメに頭蓋骨を粉砕すべく、高く足を掲げる。
長かった。この時を待っていたんだ。悲願が、ついに、叶う。
その数瞬。今までの出来事が、怒濤のようによみがえってきた。
これは、恋人を殺された俺の、復讐の話だ。
――二〇一X年、四月。春の柔らかな風が吹いていた。
キャンパス内の木々も思い思いの花を咲かせ、穏やかな希望の香りを乗せて、さわりと風景をなびかせる。
「四年って、早いね。来年の春は、もう卒業だよ」
俺の側に、芝生へ足を伸ばして座っている、傍らの女性が話しかけてくる。
長いストレートの髪に、整った目鼻。全体的には愛らしい面立ち、むしろあどけなささえ残っている。
しかし、その瞳には凛とした意志の強さが宿り、そこらの軟弱な女達とはひと味もふた味も違う雰囲気を醸し出している。
「そうだな。だが、いよいよだ」
抜けるような澄んだ春の青空に視線を投げつつ、俺も強い意志で答える。
ここは、城西大学教育学部内。
俺と彼女は、教師を目指してここで学んでいる。まもなく教育実習を経て、卒業したら教員免許を取得して採用試験を受け、本格的な教師としての道のりが始まる。
「ねえ」
「うん?」
「変えようね、二人で」
「ああ、もちろんだ」
決意に満ち満ちた彼女の言葉に、同じぐらいの決意でうなずく。
何を変えるか? それはズバリ、今の教育の現場を、だ。
教育現場の崩壊が嘆かれて久しい。
大人達は萎縮しきって、まっとうに叱ることさえタブーになっている。
結果、子ども達は増長し、言ってみれば、しつけのなってないまま世に出てしまう。
そんな未成熟な連中が、社会に出て何の役に立つ? むしろ、お荷物になるだけだ。ちょっと俯瞰してみれば分かることだろう。
大人は、「子ども様」の奴隷じゃない。
要は「締めるべきを締め、伸ばすべきを伸ばす」ことこそが重要なんだ。
隣の彼女は、そんな価値観を俺と共有する同志であり、誰よりも大切な恋人だ。
当然、二人の実習先、あるいは赴任先が同じになるなんて事はないだろう。
それでも、互いに信じていた。
一人の力は小さくても、一矢ぐらいは報いられるはずだと。
外からの評価なんてどうでもいい。
どれだけ悪く言われようが、一方的なレッテルを貼られようが気にするものか。
俺も彼女も、その程度で折れるような心は持っていない。
「できるかな」じゃなくて、「まずやる」。これも、二人の共通の信条だった。
待ち望んだ第一歩が、もうすぐ始まる。
揃って気がはやっていた。気負いすぎると自爆するもんだが、彼女には余計な心配だ。
「愛してるぜ、真虎」
「な、なによ? 急に?」
さらりと言ってのける俺に、真虎が目を丸くする。可愛かった。
「俺達はいつでも一緒だ。離れていても、心は一つ。忘れんなよ?」
「うん、もちろん」
きゅっと顔を引き締める真虎。
全幅の信頼と、愛情と、志。
これだけあれば、多少の困難はどうってことはないだろう。そう信じていた。
「龍ちゃん」
「うん?」
「×××××××××××××ね?」
「お前がそう言うなら、分かった」
おかしい。真虎の言葉が、どうしても思い出せない。なのになぜ、同意したんだ?
……風景が変わる。自宅で、新聞記事を読んでいた。
それは、社会面での、小さな扱いだった。
ある女性の教育実習生が、首を吊って自殺した、というニュースだった。
死んだのは、
新聞を、破いていた。
嘘だ。嘘だ。嘘だ!
俺の知る真虎は、ちょっと壁にぶつかったぐらいでたやすく死を選ぶような、ヤワな女じゃない!
……次の風景は、真虎の葬式だった。
もはや物言わぬ恋人へ、棺桶の小窓越しに、別れを告げた。
悔しかった。理不尽であり、不可解であり、納得も容認もできない。
葬式が終わり、会場を出た。
天を仰いだ。
青空だった。
こんなにもやるせないのに、憎たらしいぐらいに、晴れていた。
ふつふつと、怒りが込み上がってきた。吠えずには、いられなかった。
「……う、うお……うおおおおおーーーーーッッッ!!」
慟哭が、青空にこだました。
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