無題.3
【君視点】
「あっついな」
「めちゃくちゃ暑いわね」
私は磯に来ている。
磯臭い香りが漂う、高校生の時に通いなれた磯。
どうして、そんなところで、再びこういうことをしようと考えたのだろうか。
あなたのことを思い出したかったからだろうか。
今ではもう、ほとんど連絡もしなくなった、あなたのことを思い出だしながら……
別の男としたかったからだろうか。
多分、正直に言うと、そうなるのだろう。
それしか、ないのだろう。
これはケジメだ。
あなたのことを忘れるための……
ケジメだ。
だって仕方がないじゃない。
あなた、向こうへ行ってから、私のこと構ってくれないんだから。どうして向こうへ行ってしまったの。
私はとても寂しかった。辛かった。あのとき、高校生の夏。高校三年生の夏に一緒にずっとずっと、日が暮れてもずっとずっと一緒にいた、そんな時代に戻りたかった。
どうして、あのときのままじゃダメだったの。
どうしてあなたは、私を置いて向こうへいってしまったの。
……
わがままをいってることくらい理解している。
でも、どうしてあなたはその未来を選んだのよ。その未来を選んでしまっては、だって……
もう、毎日のように一緒にいられないじゃない。
あなたを每日感じられないじゃない。
……
……
どうしてずっとずっと、私と気持ちいいことをしていたいとは、思わなかったの?
「おいおい、何黄昏れてんだよ」
「昔のことを思い出していたの。彼とのこと」
「ああ、向こうの大学に行ってしまった彼氏さんのことか」
「そう……。私ね、あなたなんかよりも、ずっと彼のほうが好きなの」
「それは悲しいことを言ってくれるね。自分はそんなに魅力的じゃないのか……」
「ええ、彼よりもずっと劣るわね。でも、こっちで生きていくにはあなたじゃないと駄目みたいなの。彼、もう何も私のこと見てくれないから」
「俺の家は資産家だからなぁ。堕落しても食っていけるぜ……」
「堕落なんて言わないで。こっちで生きていくことが、堕落だなんて、そんなこと決して言わないで」
「おいおい、別にそういう意味で言ったわけじゃ……」
「所詮、田舎で……、いや、こんな閉塞的な漁師町で生きていくなんて、飯を食って、仕事して、セッ◯スして、子供を産んで、年とって死ぬくらいなんでしょうね」
「おいおい、そんなこと都会で生きているやつらにも十分当てはまるぜ。というか、人類全員にそんなこと当てはまることかもしんないぜ。とてつもない偏見というか、なんだ、そのままの言葉すぎるな」
「…………そうね。そんなのわかってるわよ。でもね、私の言いたいことはこういうことなの」
「あ?」
「彼は違うの。明らかに違うのよ。少なくとも私とあなたとは違う。忙しい日々に、社会に、世の中に、いろんなものを搾取されるだけの毎日じゃないのよ。彼には向上心があるの。ずっとずっと高みへ上っていくという自信があるの。前を向いて進んでいく力があるの。夢があるの。その夢のなかに……、私はいなかった」
「はっ。なんか辛気臭い話だな。全部全部、それはお前の妄想じゃないか」
「……そうね。私は自分に自信が持てないのでしょう」
夕日が私を真っ赤に染め上げる。今日の夕日は赤い。どこまでも青かった海を真っ赤に染め上げている。
……
……
……
私はただ、『気持ちいい』があれば、あなたが引きとどまってくれると思っていた。私がいれば、あなたはずっと私のことを第一で考えてくれると思っていた。
でも、無理だった。あなたは私をおいて向こうへ行った。自分の果てしのない、果てしなさ過ぎて明瞭ではない夢へ向かっていった。
高校3年生の夏。私は心から理解したわ。あなたと私は全くの異なる人間なんだって。
………
………
しかし、これは私の問題でしかないのかもしれない。
あなたがどうとか、そういう話じゃない。
私が無理だったの。あなたをそのままに、ありのままに見ることが耐えられなかったの。でもそれなのに、ここから離れてほしくなかったの……
……
自分でも矛盾していると思うわ。だから、もうあなたとどう接すればいいのか、分からないの。連絡も無視し続けてごめん。
何回も何回も電話をとらなくてごめん。
でも、もう向こうで暮らすあなたが、あなたではないような気がするの。お互いのことだけを考えていればよかった、あの頃とは。もう全くの別人のように思えてしまって怖いの。
……
……
どんどんとあなたは賢く、たくましくなっていくのに。私はずっとずっと、学校でも馬鹿で間抜けで、でも顔だけはよくて。スタイルだけは良くて……
どんどんとコンプレックスが、知らないうちに溜まっていったの。
あなたとずっとずっと、体を交わらせて、幸せだったときもそう。ずっと私のコンプレックスは見えないところで蓄積されていったの。
あなた、知ってる?
保育士さんのお給料ってね、とっても低いの。これじゃ、とても満足のいく生活なんてできないの。
田舎でずっと一人でいる女ってね、とても不憫に映るの。外野がとても騒ぐの。それを親切心だとか無自覚に思い込みながらね。
田舎で、この漁師町で独りで生きていくっていうのが、どれだけ孤独か知ってる?
……
……
……
私はあなたがいなくなってから、あなたと一緒に気持ち良くなる術を失ってから、すっかり気が狂ってしまった。
自分でも馬鹿だと思っている。情けない話だと思っている。
おそらく、私は……
依存症になっているのだと思う。
高校3年生のときに、私はあなたと交わりすぎた。
見境なく交わりすぎた。だから……
そのせいで……
私の幸せは、それなしでは叶わなくなってしまったの。そしてそれは私をあなたに依存させた。女である私をどこまでも男に依存させてしまったの。あなたに。ただならぬ、あなたという男によ。
好きが大好きになって、大好きが愛してるになって……
その過程で、心の奥底。ずっとずっと深くで、どんどんと不安が大きくなっていって……
それを今まではあなたと交わることで、隠してきたの。
『気持ちいい』で、私のコンプレックスを発散させていたの……
「私には確かな愛という感情が欠落しているのかもしれない。どこまでも自分勝手で、いつのまにか彼とのセッ◯スで自分のコンプレックスを紛らわしていた。彼が私のことを求めていてくれる。それだけが、私の全てになっていた。どこまでも隷属的な女だ、私は。この年齢になって、この有様では私はどうしようもない。一生私は私のコンプレックスに隷属するしかなくなってしまう……」
『カナカナカナカナカナ……』
ヒグラシが鳴いている。
もうそろそろ夏休みも終わる。
切ない感情が込み上げてくる。
彼との関係がこんなにいい加減になったまま、私だけがひとり突っ走ってしまっていいのだろうか。
もうすでに、私の頭はどうかしてまっているようだ。
こんなにも遠距離恋愛が私の気を狂わせるとは思わなかった。たったの三か月だというのに。ここまで私はダメになってしまった。
何がいけないのだろう。何が二人をこうして分けてしまったのだろう。あなたのせい。それとも私のせい。私が精神異常者だから?
……
……
専門学校の先生は、どういうわけか私に厳しいし……
セクハラばかりしてくるし……
もう何も何も。
私を満たしてくれるものは無くなってしまうのかもしれない。
そしてセッ◯スだけが……
私をただ、そっけなく支えてくれるのかもしれない。
『気持ちいい』という感覚。それだけが私が馬鹿であることを許してくれるんだ。
「ねぇ……しよっか」
『カナカナカナカナカナ……』
「ええの?」
『カナカナカナカナカナ……』
「うん。やって」
『カナカナカナカナカナ……』
「そんなら遠慮なく」
『カナカナカナカナカナ……』
……
……
……
専門学校のある街で知り合った彼に私は身を委ねた。
好きにさせた。私の快楽の好きにさせた。
……
……
気持ちよくなって。ただただ気持ちよくなって。
あなたのことを忘れることができれば、
……
……
もうそれでいいんだ。
……
……
私は寄生虫だ。男に寄生する寄生獣だ。
私には何の向上心も夢もない。ただ生きていくこと、楽しいや気持ちがいいを消費していくことでしか生きていくことができない。
そしてそんな私にどこまでも世の中は厳しい。向上心がなければ社会にどこまでも従順に隷属するだけだ。そしてそれが悔しいことに女であれば、私みたいな浅はかな女であれば……
もうどうしようもなく……
人生を投げ出したくなってしまうんだ。
投げやりに生きてしまうんだ。
「あああああああああああっああああっああああ」
………
………
………
勝手に泣いて。勝手に傷ついて……
勝手にあなたのことを責めて……
私は……
私は……
本当に、どうしようもない人間だ。
『カナカナカナカナカナ……』
『ザパーン……ザパーン』
自然はただ、そこにある。
そのなかで、私は気が狂ったように快楽に溺れた。
もう永遠に出てこれないのではないかと思うほどに深く……
深く……
壮大な自然のなかで、無意味に溺れていった。
【続く】
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