第35話 詩集『扇情的な身体』/ヒニヨル先生
今回のラストを飾ってくれるのは、ヒニヨルさんのおかわり作品である『扇情的な身体』です。前作と違い、深い「オンナの情念」を籠めた大人の作品になっていますね。
詩集『扇情的な身体』
https://kakuyomu.jp/works/16818023213767773084
一肌目『わかっていても』
好きな男が本気でこちらに向いていないと知りながらも女は心と身体を寄せて一縷の望みにすがるさまを切ない詩にしております。
そして、わずかに開いた唇に
わたしを押しつける
押しつけたのは唇だけではない。そんな切なさを表現しているように思いました。さすがヒニヨルさん。普段は可愛らしい愛されキャラなのに、詩の世界ではアダルトなハードパンチャーに変貌しますね。どちらかというとか弱さよりも力強さを感じました。
二肌目『順応する臓器』
まずタイトルが秀逸ですよね。「順応する」というのは臓器にかかっているのですが、本当は別なものに順応しているようにも思えます。男への消せぬ愛なのか、男の肌に愛を感じない女の諦めなのか。それとも――。そんな迷いと惑いを感じさせてくれます。いいですね。どこか優しくそしてエロティシズムのある表現。上品と情熱的との感情のバランスをとった表現が素晴らしいと思います。
何を感じているの
男は別の宇宙に思いを馳せているのでしょうか。女という帰る場所があることをいいことに、果てしない向こうを見ているのかもしれません。
三肌目『薄れゆく余韻』
夜の帳の中でしか抱かれない思いも陽の光に照らされると、恥ずかしさを覚える。そんな夜の世界と朝の世界に心のバランスをとろうとするさまをイメージさせます。情念や恋愛感情で燃え上がっているのは夜の暗さがあったからなのか。太陽の中では愛せない人を好きになってしまった罰なのか。満足と不安に揺れる女心に寄り添った詩ではないでしょうか。女性ならではの感覚をうまく表現しているとわたしは思います。
私は、肌にあった温もりのなごりが
澄んだ外気が触れる度
徐々に失われていくのを
静かに感じている。
ここが特に秀逸だと思いました。失いながららも得るものを求めようと諦めていない女の強さと弱さをよく表現しているなと思いました。犀川の小説は「失う」ということが一番大きなテーマなのですが、ヒニヨルさんはそんな「失う」にことに対して諦めと抵抗の感情を両方含ませることができる稀有な作家さんだと思います。犀川はただ無様に失うことに美を感じてしまう破滅主義者なので、こういうテイストを書くことができません。
四肌目『変態的嗜好』
ダイナミックなエロティシズムを表現しております。ヒニヨルワールドがついに炸裂したような詩です。
匂いに興奮していく「ぼく」が少しづつ性癖を晒していくさまがとても色気を感じます。
君が一番嫌がるそぶりを見せる場所に
舌を出しながら近づく時だ
ぼくのいやらしさが際立つ表現ですね。心の中では「よいではないか」とお殿様のようなことを言っているのかもしれません。
五肌目『星影』
こんどは女側からの詩になってます。
居心地の良い記憶に
心と身体を浸らせて
自分を甘やかすのは
私の密やかな愉しみ
ここに何か大人の色気と情念を感じます。発情へと向かういやらしさの吐息が聞こえてきそうです。
はじめはぎこちなく
恥じらい帯びた手も
今ではもう至極当然
と言うように良い処
言葉の運びと声に出した時のリズムが軽快なのに、言っていることはオンナの秘密をあっらかんと解放しているという、恐ろしいまでのギャップを感じます。さらに字面にはない、「誰かに見せつけたい気持ち」を少しだけ感じました。これはもう公開自慰行為のようなもので、広いベッドにいるひとりのオンナの隠せぬ欲望を想像させます。カクヨムのご婦人たちだけでフムフムとおしゃべりしてみたいテーマかもしれませんね。
六肌目『うつしみ』
かつてどこかにあった、自分への温かい愛を思い出してはため息をついているようなシーンを想像します。いつも包んでくれた肌身の温かさを思い出しながらきっと「こんなこともあったよね」と心の中で昔のあるいは今も思い続けている男を思い出しているのでしょうか。
ヒニヨルさんの詩にはいつも「追いかけたい」「追いかけられたい」「愛したい」「愛されたい」という相互的な想いが潜んでいます。わたしが書くようようなどこまでも強引な気持ちかあるいは頼りない弱さという二者一択ではなく、波のようにやっては引いていくような相反した気持ちを同時に表現できるのがすごいと思っております。
本企画のラストにふさわしい、ヒニヨルさんの全力の詩、ありがとうございました。
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