第22話 好きだから

 井の頭公園を散策し、お昼ご飯を食べる頃には2人はだいぶ普通のカップルのようになっていた。皇は巴と目が合うたびにドキドキしていたが、見惚れて何も喋れなくなるという段階は越え、むしろずっと見ていたいというフェーズに突入。ファーストフード店でハンバーガーを頬張る巴をガン見して、今度は少し自重するよう仰せつかった次第である。


 昼食後、皇はボウリングかカラオケ辺りを想定していたのだが、巴の意向によってショッピングへと向かった。せっかくこっちまで来たから……というわけで、何か明確な目的があるわけではなく、いわゆるウィンドウショッピング。PARCOやアトレで雑貨やらアクセサリーやら靴やらを見て回る。コスメを見ている時に巴が「ごめーん、飽きちゃうよね?」と申し訳なさそうにしてきたので「全然大丈夫です!」と皇は年下の余裕を見せておいた。とりあえず巴を見ていれば退屈はしないし。「ちょっとだけ〜!」と言いながら結局10分以上も口紅やマスカラを物色していた巴だが、時々「この色どうかな?」と見つめてくる。もうあなたは全部可愛いです、というのが偽らざる皇の本音だったが、さすがにそれでは感想にならない。でも実際違いがよく分からず、適当に答えるよりないのだった。


 ぶらぶらしながら、気になった物があれば足を止める。皇にとって何の不満もない週末デート。巴はいつも通りの笑顔を見せている。——しかしなぜだろう。時折、その表情に影が差す。その正体が知りたくて。皇は逡巡に逡巡を重ねた後、意を決した。

 たとえこの楽しい時間が終わりを迎えても——そう、このまま幸せな現実へと逃避し続けるのは簡単だ。だけど——。

(だけど今、三船先輩の彼氏は僕なんだ)

 自分にできることだったら、なんだってしてあげたい。彼女の抱えているものを、負担を少しでも分かち合うことができたなら、それは彼氏冥利に尽きるというものだ。


 次はどこ行こっかー、なんて言いながら歩道を進む巴。隣を歩いていた皇が立ち止まると、それに気付いて歩みを止めた。

「どしたの? 信号青だよ?」

 目の前には横断歩道がある。こちらを不思議そうに見る巴の表情は自然だ。

(僕の考えすぎかな——)

 そう思いもしたが、不意に見せた彼女の顔が頭から離れない。


 ——気になるんだ。好きだから。皇は口を開いた。

「三船先輩——。何か、ありました?」


 その時見せた巴の表情を、皇は当分——もしかしたら生涯——忘れないだろう。突然の漠然とした問いに目を見開き、しかし核心を突かれたとでもいうように硬直している。

 数瞬ではあったが、時が止まったようで。それはまるで一枚の絵画のように美しかった。

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