第16話 八神香という男

「——あれ、三船さん。家こっちなんだ」

 十年来の友人のように、八神が気安く声をかけてくる。現在のクラスこそ同じだが、これまでとくに接点があったわけでもなく、少し言葉を交わしたことがある程度の間柄だったのに。


 どうしよう。あまり疑うものよくないし、とりあえず無難な会話をしておく。

「八神くんはこの辺じゃないよね?」

 同じ中学じゃなかったから。

「そう。高校の近くだよ」

 柔和な笑み。八神はコンビニで買ったと思われるエナジー系の炭酸飲料を口に含む。


 歩道で立ち止まっていると通行人の邪魔になりそうだったので、巴も駐車場の敷地内に数歩移動した。


 巴は迷っていた。降って湧いたチャンスではあるが、活かし方が分からない。巴が近寄ったところを見計らい、八神の方から口を開いた。

「三船さん、今度遊ばない?」

 透き通った声。いわゆるイケボというやつだろうが、言っている意味はちょっと分からない。唐突すぎだし。

「甘いものとか好き?」

「え? 好きだけど……あー、遊ぶってWデート的な?」

「そうじゃなくて、2人で」

 はい。チャラ男確定——!

「八神くんには碧ちゃんいるでしょ……。私をそういうのに巻き込まないでくれる?」

「言わなきゃ分からないよ。三船さんもわざわざ友達が傷付くようなこと言わないでしょ?」

 あー。そういう魂胆ですか。巴は軽蔑の視線を送る。

「いや、私が言わないにしたって……ていうか、八神くんチャラすぎだから気を付けてって言うよ?」

 バレないように遊ぼうなんて、世の中そんなに甘くないのよ。

「いいよ別に。付き合いたいって言われてそうしてるだけだから。

 ——あとさ、それこそまずくない? なんでチャラいと思うの?って聞かれたらどうするの?」

「それは——」

 困る。八神に誘われたなんて言ったら、要らぬ軋轢が生まれそうだし。

「——服装とか?」

「ハハハ! 意外と面白いね三船さん。可愛いだけかと思ってた」

「うっ」

 痛いところを突いてくる。しかし今の笑い声、例の声と似ているような、違うような。

「あー、もう分かんない! 帰る! 帰って寝る!」

「えー。ただ遊ぶだけでそんな深く考えないでほしいなあ」

 どうやら八神は2人で遊ぶことについて巴が思い悩んでいると受け取ったらしい。それはお断りなんだけど、もっとはっきり言わないとダメか。

「あのね八神くん。私は友達の彼氏と2人で遊びに行くのはイヤなの。そういうの気にしない人もいるかもだけど、私はイヤなの。

 ——それじゃ」

 言うだけ言って、巴は踵を返す。後ろから八神の声がした。

「それは残念。——じゃあ碧ちゃんと別れたらOKってことかな?」

「————!!」

 思わず振り返る。

「例えばだよ。ほんとかわいいなあ」

 くっくと八神が笑う。

「まだ別れるつもりはないよ。碧ちゃん何でも言うこと聞いてくれるから重宝するし」

「それ彼女に対して言う言葉!?」

 マジで蹴り入れたい。巴ちゃんともあろうものが物騒なことを考えてしまった。

「すぐフられちゃえ!」

 巴は捨てゼリフを残して立ち去った。完全に八神のペースで、調子に乗せてしまった。悔しいが、私に太刀打ちできる相手ではない——。そう巴は痛感する。

(だいたいタイプじゃないとか言っておきながら遊びに誘うなっつーの! あー、イライラする)

 別に根に持ってるとかじゃなく。気が立っている原因は他にもある。八神の碧に対する扱いがとても彼氏のそれじゃない。利用しているだけみたいな。巴は碧が心配になる。

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