第10話 抱きしめてLovin'you

 率直に言って、最高の一瞬だった。時間にしてたぶん3秒とかそこらだと思うが、皇は喜びに打ち震えていた。やってしまった。最愛の三船先輩を——彼女を抱きしめてしまった!(しかもその後抱きつかれた)。腕の中に収まった彼女は思っていたより小柄で、髪の毛がくすぐったくて、めちゃくちゃいい匂いがした。


 中学の頃より巴を小さく感じたのは、皇の背丈がずいぶん伸びたためだろう。困らせたくなかったからバイトに行くのを止めなかったのに、巴が申し訳なさそうにするから気にしないでほしくて抱きしめた。表向きにはそうだし、間違ってもいないけど、本当はただ愛しくて、離れたくなかっただけだった。突然抱きしめたことで結局困らせてしまったかと心配もしたが、どうやら杞憂で済んだ。逆に抱きつかれてしまい、鼓動の高まりが収まらなかったが。


 駅で巴と別れ、まっすぐ帰宅した皇は筋トレに汗を流しながら、明くる日のデートはどこに行こうかなと考える。別れ際、集合時刻を決めた時にさらっと聞いてみたのだが、有力な希望は引き出せなかった。俗に言う「どこでもいい」的な一番困るやつ。まさか試されている? なんて穿った考えが頭に浮かんでは消えていく。


 その時の皇には思いもよらなかった。

 よもや翌日、彼女の涙を見ることになろうとは。

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