第6話 疑
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視界の先にある寝台はジャハムが手ずから作った寝台だが、そこに寝ているべき姿が見当たらない。
──イリスはどこへ?
厠かとも思ったが、待てども帰っては来ない。
──何か理由があって、三人へどこぞへ出かけているのかもしれんな
忍んでいる身である以上、余り長い間その場にとどまる事も出来ない。
忸怩たる思いで諦めて去ろうとした所、暗がりの向こうから音がした。
足音だ──……一つではなく、複数。
ジャハムが納屋の陰に隠れ、様子を窺うと声を潜めた悪魔の会話が聞こえてきた。
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「やっと片付いたか。あれだけ深く埋めれば獣が掘り返す事もないだろう。それにしてもあの爺さんもとっくに死んでいるだろうが、孫がすぐ来てくれたのだから俺達に感謝すべきだよな」
ギドの声。
「そうね、全く暴れちゃって。大人しくさせようとして殴ったら死んでしまって、最期まで迷惑だったわね」
アンナだ。
ジャハムは目を見開いた。
血が頭に昇り、怒鳴りつけてやろうと、孫の仇をとってやろうと、……できなかった。
なぜならジャハムにだって分かっていたからだ。
このまま出て行って復讐しようとしたところで、返り討ちにあって墓が1つ増えるだけだと。
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それでもジャハムは怒りを堪え切れなかった。
堪える為に手の甲に噛み付き、自分の中から迸る得体の知れない激しいモノを抑える。
ギドとアンナはそれからも聞くに堪えない事を話ながら家に入っていく。その中でジャハムの食事には毒が混ぜられていたことも分かったが、今となってはどうでも良い話であった。
ジャハムはそのまま物陰で身じろぎもせず、湧き上がってくる怒りを懸命に抑え続けた。ここで激発してしまえばやるべき事が出来なくなってしまうではないか。
ジャハムは山の方を見た。
──そうじゃ、儂はまだイリスの死体を見ていない
それが例えどれ程小さい可能性であろうと、もしかしたらイリスは生きているかもしれない。
状況証拠を信じ込むのではなく、自分の目で確かめようとする──……それは一見合理的な判断に思えるかもしれないが、この時ジャハムの思考を支配していたのは合理とはかけ離れたものだった。
そしてジャハムは立ち上がり、見つかる事を望まぬ捜索をするべく山へと立ち去っていった。
よろめく足取りの不確かさは、まるで彼の未来を暗示しているようにも見える。
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神がジャハムを導いたのか、或いは魔が手を引いたのか。
山道を歩くジャハムは何かを引きずったような跡に気付いた。
それと足跡も。
跡の先を確かめたくない。
しかし確かめなければいけない。
ジャハムは意を決した様に歩を進める。
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