第2話 病
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ある日、長らく便りが無かった義娘の姉がその夫を連れてやってきた。
彼らの名前はアンナ、そしてギド。
彼らは亡くなった妹……つまりジャハムの義娘に代わって姪の面倒を見る、と言った。
──葬儀の便りも無視をしたくせに、今更何を
ジャハムはそう思ったが、「あるいは親族が死んだ事で改心をしたのかもしれない、それに孫には母親が必要」だと考えたジャハムはその話を受け入れた。
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二人がやってきてから暫く経つと、ジャハムは彼らを疑ってしまった事を恥ずかしく思った。
アンナは甲斐甲斐しく家の事をこなし、ギドも木こりの仕事に手を付けて家に安定した金を入れてくれる。
ジャハムの職人としての稼ぎはかなり良いものではあったが、性質上安定しているとは言えず、また年齢の事もあってアンナとギドの存在はとてもありがたかった。
「私たちの事を息子、娘だと思ってくださいね。もう家族なんですから」
アンナとギドの心遣いに、ジャハムは嬉しくなり、新しい家族と頑張っていこうという思いを強く抱く。
ジャハムとしても肉体的にかなり楽になった筈だった。
だというのに──……
「大丈夫かい?義父さん」
ギドが心配そうにジャハムに言う。木工仕事の最中、急に胸が苦しくなってその場に倒れたのだ。
気付いた時は寝台に寝かされており、ジャハムは荒い息をつきながら顔を顰めた。
胸がまだ痛むのだ。
「イリス、義父さんが起きたよ」
ギドが扉の向こうに向けて言うと、イリスが恐る恐る扉を開き、ジャハムを不安げに見た。
ジャハムは胸の痛みをこらえ、無理に笑顔を浮かべてイリスを安心させようとする。
するとイリスもおずおずと笑顔を浮かべ──……ジャハムはまだ死にたくないと強く思うのだった。
◆
ジャハムの願いとは裏腹に、体の調子はどんどん悪くなっていく。
咳込んだ拍子に抑えた手に赤いものがつく事も珍しくない。
「義父さん、しっかり食べて早く元気になってくださいね。大丈夫ですよ、しっかり精をつければすぐによくなりますから」
アンナはそう言いながら、寝台から上半身だけ起こすジャハムに木椀に入った粥を手渡す。
それを震えた手で受け取るジャハム。
もはや木の椀ですら重く感じるほどにジャハムは衰えていた。
それともう一つ。
ジャハムが体調を崩してから、奇妙な夢を見る様になった。
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ジャハムは真っ白な空間にぽつねんと立っている。
空は白く、地も白い。
壁というものがあるのかどうかは分からないが、とにかくすべてが真っ白なのだ。
しかし、この真っ白で奇妙な空間に他に何も見当たらないというわけでもない。
ジャハムがこれまで作ってきた作品の数々が無造作に地面に転がっていた。獣の人形、木棚、食器……色々ある。その中で、男の人形と女の人形、そして女児の人形がジャハムの意識をとらえて離さない。
頭の中に霧がかかっているようで、妙に茫とする。
しかしジャハムにはそれらの人形がとても大切なものであると分かっていた。
「やあジャハム」
背後から声がする。
ジャハムが振り返ると、そこには黒い僧衣を纏った男が切り株に腰を掛けていた。土もないのに、切り株の根本は地面に根を伸ばしている様に見える。
禿頭で痩せぎすの中年だ。
不穏と不吉、厄が人の形を取っている様にジャハムには見えた。
「今はまだ声も出せないでしょう。だから一方的に話します。いつだったかあなたは──……そう、息子さんと義理の娘さんが亡くなった時、"神はいない" と思ったはずだ。だがそれは間違っています。神はいるのです。何人もいる。まああなたの考える様な都合の良い神じゃあないですけれどね」
「そして神がいるなら勿論悪魔だっている。どいつもこいつも人間を玩具だとしか思っていない様な奴らばかりです。しかし!安心してください……私は大切に扱う方ですから。遊びというのは両者の協調がなければ楽しくないですからね。だから私は遊びたそうにしている人間を見つけたら、ちゃんと意思を確認するのです。そうして遊び仲間を増やす……」
「遊びたい者だけが私と話せる。あなたはまだ遊びたいわけじゃなさそうですが、なぁに、いずれはあなたも遊びたくなるでしょう。分かるんです。私には分かる……私はアモン。マルケェス・アモン。いずれまた会いましょう。人と魔の、その境で」
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