第28話 婚約相手…

 あぁ、私はなんて子供なんだろう……親の気持ちなんて理解していなかった……。ラシャ様はきっと後悔していない。アシェルト様を守れたことを後悔なんてしていないと思う。でも、ラシャ様が亡くなったことをアシェルト様が自分を責めているように、侯爵閣下もずっとご自身を責めていたのね……アシェルト様と恋人になることを許可しなければ良かった、と……。


 私は言葉を詰まらせてしまった。なにも言うことが出来なくなってしまった。沈黙の時間が胸を苦しくさせる。


「もしラシャ様がアシェルト様と恋人でなかったのなら……違う運命だったのかも……そんなことを考えてしまうのはラシャ様に婚約の話があったからですよね?」


 ノアがそんな沈黙を破るように静かに言葉にした。その目は真っ直ぐに侯爵閣下を見詰め、落ち着いた声。最初の緊張した様子などもうどこにもない。強い瞳で見詰めている。ノア?


「そう、だね」


 侯爵閣下はそんなノアの視線から目を逸らし俯いた。


「教えてください。私たちはバルト団長の許可をもらってやってきました。侯爵家の婚約を他家に話すことなどありえないことは分かっています。絶対公言はしません。私たちのなかだけに留めます。だから教えていただきたい。相手が誰なのか……」


 バルト団長の許可? そんなもの取ったの? バルト団長にはラシャ様の婚約話については報告しなかったはずなのに……チラリとノアの顔を見るが、なにを考えているのか、真剣な目で侯爵閣下を見詰めているだけだった。


「そうか……バルト……彼は君たちがここに来ることを許可したんだね……」


 侯爵閣下は俯き、そして目を瞑り心を落ち着けているのか、ゆっくりと深く息を吐き顔を上げた。その瞳は真っ直ぐにノアを見据える。

 ノアは真剣な顔のまま侯爵閣下と目を合わせている。逸らすことのないその目は覚悟を決めたような目に見えた。ノア……一体どうしたの?


 ノアのそんな姿が理解出来ず、ただひたすらふたりを見比べるだけだった。


 お互いを真っ直ぐに見据えたまま、張り詰めた空気が漂うなか、その空気を破ったのは侯爵閣下のひと言だった。


「ラシャの……あの子の婚約相手として名が上がっていたのは――――」






 侯爵閣下へお礼を伝え、私たちは侯爵邸を後にした。帰りの馬車のなか、私とノアは重い口を開く。


「ノアは気付いていたの……?」


 ラシャ様の婚約相手の名を聞いたとき、あまりのショックで私は声が出なかった。その後も侯爵閣下は淡々と語ってくれたが、それ以降の話はライラ先生から聞いた話とほぼ同じだった。

 婚約の話が上がったが、そのときすでにラシャ様はアシェルト様のことが好きで、婚約の話は断ったこと。ラシャ様本人に相手の名は伝えなかったが、おそらく本人は誰が相手だったのか気付いていただろう、ということ。

 それらの話を聞いている間、ノアは驚いた顔でもなく、ひたすら黙ってその話を聞いていた。


 冷静に聞いたつもりだが、声が震えていたかもしれない。婚約の話がラシャ様の死に関係しているとは限らない。でも……それでもその相手の名は無視出来るものでもなかった。

 ノアは腕組みをし、考え込んでいたようだったが、私が声を掛けたことで視線をこちらに向けた。


「いや……まあ、なんとなく……もしかしたら、とは思っていたが……まさか……な……」


 ノアはそう言いながら自身の膝に突っ伏すと、頭をガシガシと掻き、深く大きな溜め息を吐いた。


「はぁぁ…………で、どうする?」

「え……」


 膝に両肘を突き、項垂れていたノアは顔だけをこちらに向け、そして聞いた。


「明日……確認してみるか?」


 明日……そう、この話を聞いてしまった以上、もうその話を確認しない訳にはいかない。

 ラシャ様の婚約相手だったとしてもラシャ様を殺す理由なんてない。でもアシェルト様が相手なら? アシェルト様という存在がいたからこそ婚約が成立しなかった。


 たかがそんな理由で……とも思う。元々婚約をしていて破棄した訳ではない。婚約するところにすら話が進んでいないのだ。恨む理由などないだろう。そう思う……そう思うのだが、どうしても気になる……。そこになにか理由があるような気がして仕方がない。事故でなかったのだとしたら故意に魔導具に手を加えられた可能性がある。そうなるとアシェルト様が狙われたかもしれないという可能性が高まる。


 なんの関係もないのならそれでいい。また一から魔導具について調べるだけのことだ。だからこそこの事実をいつまでも放置しておく意味もない。それに……あの魔導具に手を加えるとしたら……


 そこまで考えて頭を振った。憶測で考えても仕方ない。確認すればいい話だ……。


「そう、だね……明日……」


 ノアを真っ直ぐに見詰め、そしてお互い頷き合った。




 ノアにアシェルト様の家の前まで馬車で送ってもらい、また明日会いに行くことを約束し別れた。


「おかえり。ノア君とあんな馬車に乗ってどこまで行ってたの?」


 扉を開けた瞬間、「ただいま」という間もなく、玄関に立っていたアシェルト様にすぐさま問い詰められギシッと固まってしまった。

 出掛けるときにアシェルト様には今のドレス姿を見られてしまっていたため、おそらく帰ったら問い詰められるだろう、と予想はしていた。だからもう家の近くまで馬車で送ってもらったのだ。今さら馬車で出かけていたことを隠したところで無意味だと分かっていたから。


 しかし、それにしてもまさか玄関で待ち構えられているとは思っていなかった。だからあまりの驚きで固まってしまったのだ。


「ア、アシェルト様……どうしたんですか? 玄関までお出迎えなんて珍しい……」


 たじろぎながら話すと、アシェルト様は小さく溜め息を吐き、じとっとした目で見詰めた。お、怒ってる?


「そんな格好をして、ノア君と馬車に乗ってまで、一体どこに行ってたの?」



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