第27話 恋人でなかったなら…
「ノア・ジェストルドです。本日はお時間をいただきありがとうございます。私は魔導師団の者です」
ノアの挨拶に侯爵閣下はピクリと反応したように見えたが、ノアとにこやかに握手を交わしていた。ノアはその手を離すと、私に手を伸ばし促す。緊張しながら一歩前へと足を踏み出すとノアは私を紹介してくれた。
「こちらは元同僚のルフィル・シーラルです」
「ルフィル・シーラルと申します。お目にかかれて光栄です」
緊張で声が震えそうだわ……。明らかにガチガチになっているだろうに、そんな私に侯爵閣下はふわりと優しい笑顔を向けてくれた。
「ようこそ、レディ。ルフィル嬢とお呼びしても?」
差し出された手に手を重ね、そっと手の甲にキスをした侯爵閣下は優しい笑顔のまま聞いた。私が緊張していることを理解してくれているのか、気さくな雰囲気で話しかけてくれる。そんな侯爵閣下の気遣いに感謝し、ぎこちないままではあるが笑顔で返した。
「もちろんです」
にこりと笑った侯爵閣下は私たちをテーブルへと促した。促されるまま私たちは着席すると、執事やメイドたちがお茶や茶菓子を用意してくれる。一通り用意され、執事たちがその場を後にすると、侯爵閣下はお茶を促し、自身もひとくちお茶を口にした。
上品で洗練されたデザインのカップはいかにも高価そうで、伸ばした手がこれまた震えそうで怖かった。割ってしまいそうだわ……。ノアも同様に思ったのか、顔が若干引き攣りながらもお茶を口にしていた。
「それで、今日はどんな用件で来られたのかな?」
カップをテーブルに戻した侯爵閣下はこちらを真っ直ぐに見据えた。その顔は優し気でありながら、なにやら圧を感じるそんな視線。逃れられないような錯覚さえ感じる。
ギシリと身体が強張り、慌てて持っていたカップをテーブルへと戻す。そしてノアと顔を見合わせ頷き合った。
「あ、あの……私たちはラシャ様の婚約についてお聞きしたくてお邪魔させていただきました……」
「ラシャの?」
「は、はい……」
ラシャ様の名を出した途端、侯爵閣下の声が低くなった気がした。怖い……話を聞かせてもらえないかもしれない……それどころか怒らせてしまうかもしれない……。身体が強張る。膝に置いた手をぎゅうっと握り締め俯く。怖くて侯爵閣下の顔を見ることが出来ない。そんな私の様子にノアが続けて話してくれる。
「私たちはラシャ様の事故について調べています。事故に全く関係ないのかもしれないのですが、以前ラシャ様に婚約の話があったとお聞きしたので、その件について少しばかりお話を伺いたく……」
あぁ、情けない……私が言わなくてどうするのよ。怖くとも、それを望んだのは私なんだから……、ノアに押し付けて良いことじゃない。
私は恐る恐る顔を上げた。そこにはこちらを真っ直ぐに見据えたまま、表情を硬くした侯爵閣下の姿があった。先程までのにこやかな表情とは違い、明らかに顔を強張らせている。眉間に皺を寄せ、怪訝な顔。明らかに私たちに不審な目を向けている。
「どうして今さら事故のことを……」
苦しそうに声を絞り出す侯爵閣下の姿に、胸を締め付けられる。あぁ、やはり傷付けてしまう……。でも……もう後には引けない……。
「あの事故の真相を知りたいんです……。あの魔導具は暴発するような仕組みではなかったんです……それなのに暴発した……その原因が知りたい。少しの情報でもなんでもいい……なにか手掛かりがないかを調べているんです……」
「なぜ君がそんなことを? 君にはなんの関係もないだろう?」
苦しそうな顔のまま、私を睨むかのような……そんな鋭い視線を向けた侯爵閣下。でも……その瞳は泣きそうに見えた……。
「私は……アシェルト様の弟子です」
「アシェルト……あの当時の団長だね? 魔導具を開発した……」
「はい……」
「そしてあの子の恋人だった……」
「…………」
視線を外し、自嘲気味に笑った侯爵閣下。背凭れに深く凭れ掛かり、大きく溜め息を吐いた。そして遠い目をして泣きそうな顔で笑った。
「彼と恋人にならなければあの子は死ななかったのだろうか……」
ぼそりと呟かれたその言葉にガバッと顔を上げる。
「ラシャ様はアシェルト様のことが大好きだったんです!! 恋人にならなければ良かったなんてラシャ様が思うはずがありません!!」
声を張り上げそう言葉にした。ラシャ様がアシェルト様を愛していたのはよく分かる。先輩方からの話を聞いているだけで、どれほどラシャ様がアシェルト様を愛していたかが分かる。ふたりがどれほど愛し合っていたかが分かる。
胸がギシリと軋んだが、それはもう変わることのない事実。きっと私はラシャ様の代わりになんてなれない。それは嫌というほど分かっているのよ。だから今さらもう傷付かない。ラシャ様とアシェルト様が恋人でなかったら良かった、なんて絶対に思わない。綺麗事でもなんでもいい。私は……ラシャ様を想うアシェルト様を好きになったのだから……。
「そうだね……きっとあの子ならそう言うだろう……でもね、親の私からすると「もし彼と恋人でなかったのなら」、「私が彼と付き合うことを止めていたら」、そう思ってしまうのだよ……彼と恋人でなかったのならあんな事故が起こることもなかったかもしれない。もし暴発したとしても、それを持つのはあの子ではなかったかもしれない。そんなことばかり考えてしまう。それはあの子の気持ちを無視した親の身勝手な想いなのだろうけどね……」
侯爵閣下は悲しそうに笑った。
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