第11話 幸せな時間が凍り付く瞬間
「バルト団長、お疲れ様です。魔法演舞、とても綺麗でした」
「ハハ、ありがとう。今年も無事に終われて良かったよ。そういえば一人で来たのかい? アシェルトは?」
バルト団長はキョロッと周りを見回し聞いた。
「あ、えっと、アシェルト様と一緒に来ました」
「そうなのか? あいつもようやく魔導師団の演舞を見られるくらいにはなったんだな」
嬉しそうなバルト団長だが、しかし、アシェルト様の姿が見えないことに首を傾げた。
「で、アシェルトはどこに? まさかルフィルを置いてひとりで帰ったんじゃ……」
眉間に皺を寄せて言うバルト団長に、ノアが身を乗り出した。
「アシェルト様がいないなら、俺が送るし大丈夫ですよ」
怪訝な顔のバルト団長に、意気揚々のノア。勝手に話があらぬ方向に! アシェルト様の名誉が! 慌てて口を挟む。
「い、いえ! アシェルト様は待ってくれています! ノアに挨拶がしたいから私だけこちらに来たんです!」
「そうなのか?」
「え? そうなの?」
バルト団長もノアも「本当に?」といった訝しむ顔をしながら、周りを見回すが、アシェルト様の姿がないので信じてもらえない。
「いるなら俺にも会いに来いよな」
ぶつぶつと文句を言うバルト団長に、ノアと顔を見合わせ苦笑する。
「すみません、一応誘ってはみたのですが……」
申し訳ないといった顔をすると、焦ったバルト団長は慌てて取り繕う。
「い、いや、ルフィルが悪い訳じゃないんだから謝らないでくれ。分かってる。あいつが演舞を見に来られただけでも大した進歩だよ」
そう言ってポンと私の頭に手を置いたバルト団長。
「ありがとう、ルフィル」
「い、いえ、そんな……」
魔法演舞を見に来ることは出来たけれど、やはりアシェルト様はいまだに魔導師団を見るのは辛そうに見えた。バルト団長にもいまだに会おうとはしない。バルト団長に申し訳ないと思いつつも、無理矢理アシェルト様を前に進ませようとすることが、果たして正解なのかが、時々分からなくなってしまう。
前に進んで欲しいとは思っていても、それはアシェルト様が望んでいることなのか。私のひとりよがりではないのか。私はアシェルト様に酷いことをしているのではないのか。それがたまに怖くもなる。
しかし、一度踏み込んでしまったものはもう引き返せない。引き返してはいけない。中途半端に踏み込んで無責任に放り投げるなんて、絶対駄目に決まっている。
だから私はもう突き進むしかないのよ。再びアシェルト様に拒絶されない限り……。
「バルト団長……」
「ん? どうした?」
「あの……今度魔導師団に行ったとき、ラシャ様が亡くなったときのことについて、他の団員に色々話を聞いてみたいのですが良いですか?」
恐る恐る尋ねると、バルト団長は腕を組んで溜め息を吐いた。
「ルフィルが魔導師団にいるときにも散々聞いて回ったんじゃないのか?」
「そ、そうなんですけれど……その、もう一度聞いてみたくて……」
私がまだ魔導師団にいた当時、ラシャ様の事故については聞いて回った。そのときには疑問に思わなかったことも、もしかしたら今聞けば、なにか印象が変わるかもしれない。
「うーん」
バルト団長は腕を組んだまま考え込んだ。
「俺が傍にいますから、俺からもお願いします」
ノアがバルト団長に訴えた。バルト団長は驚いた顔になり、ノアと私を見る。そして、大きく溜め息を吐くと、自身の頭をガシガシと掻いた。
「気は進まんが……まあ、いいだろう。なにか新事実が出るとも思えないが……」
ノアと二人で顔を見合わせ、「やった!」と笑顔になる。
「「ありがとうございます!」」
「その代わり、魔導師団に来たときは必ず俺に声を掛けること。ひとりでは行動しないこと。なにか分かったことがあれば、俺にも報告すること。分かったな?」
「分かりました! ありがとうございます! ノアもありがとう! よろしくね!」
「あぁ」
やれやれといった顔のバルト団長を尻目に、私とノアはハイタッチを交わした。
そしてノアとバルト団長は魔導師団と共に城へと戻って行き、私はアシェルト様と別れた場所へと戻った。
アシェルト様は広場から離れた場所にあるベンチに座っていた。ウトウトと船を漕ぎ、今にも倒れ込みそうになっているアシェルト様に慌てて駆け寄る。
「アシェルト様、戻りました」
そう声を掛けても反応がなかったため、アシェルト様の横に腰を下ろす。
疲れているんだろうな……それなのに私の我儘に付き合ってくれて、こうやってお祭りまで来てくれたのよね……。休んで欲しい反面、そうやって私に付き合ってくれるアシェルト様に嬉しくもなる。
ぐらりと倒れかかったアシェルト様に驚き、慌てて身体にしがみつき支える。男性にしては華奢だと思っていたが、しがみついたアシェルト様の身体は意外にもがっしりとしていた。思わず、あの上半身裸だったアシェルト様を思い出し、一気に顔が火照る。それに焦りながらも、しかし、崩れ落ちそうになっているアシェルト様を必死に抱える。
「ア、アシェルト様!」
肩をゆさゆさと揺り動かしても起きる気配がない。仕方がないので、なんとか必死に自分の肩へと寄り掛らせる。
肩にアシェルト様の肩が寄り掛り、頭がコテンと私の頭に寄り掛かる。アシェルト様の髪が頬をさわさわと撫でくすぐったい。
ドキドキとしながらチラリと視線を向けると、間近に見えるアシェルト様の顔が綺麗で顔が火照る。長い睫毛が影を落とし、アシェルト様の綺麗な銀髪も睫毛もキラキラと輝いている。
無防備なこんな姿を見ると、なんだか甘えてくれているような気がして嬉しい。
今だけは……この時間を楽しんでも良いかしら……少しくらいは触れてみても良いかしら……。
真横に見える、綺麗なアシェルト様の頬にそっと手を伸ばす。ドキドキと心臓の音が耳にうるさい。そっと手を伸ばし、アシェルト様の頬に指先が触れそうになったその瞬間……
「ラシャ……」
アシェルト様の苦しそうな声が漏れた。
「!!」
アシェルト様の頬に触れそうになっていた手はギシッと動きを止め、凍り付き動けなくなってしまった。
あぁ……アシェルト様のなかにはまだラシャ様しかいないのね……。
頬に触れられずに固まった手は、力を失ったかのようにするりと落ちた。
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