第10話 魔法演舞

 数日後に行われた建国記念日。魔導師団の魔法演舞は建国記念日のメインイベントだ。夜、記念日の締め括りとして行われる。そして、それが終わると同時に、建国記念日のお祭りが終了するのだ。


 アシェルト様はお祭りにも付き合ってくれ、一緒に露店を巡ったり、大道芸を見物したりと、私自身はまるでデートのような気分となり、アシェルト様にも今だけはラシャ様のことを忘れて楽しんでもらいたかった。


 次第に陽が沈み出し、辺りが暗闇に包まれていくと、魔導師団の魔法演舞が始まる。



 魔導師団が大勢舞台へと出て来ると、観客からは歓声が上がる。そして、円形の舞台の端を囲うように並んだ魔導師たちは一定間隔の距離を取り、中心に向いて立った。

 ノアの姿が見え、こちらに気付いたのか、ニッと笑う姿にクスッと笑い、手を振った。


 中心に向いた魔導師たちは一斉に両手を広げると魔力を込め、水魔法を発動させた。大きく揺らぎ出た水は魔導師たちが自在に操り、空を舞い、床を跳ね、水飛沫を上げ、そして中心に集まり弾ける。まるで水が踊っているようだ。

 色とりどりの灯りが差し込み、水がキラキラと輝く。花弁が舞い、水に覆われた花弁は水の動きと共に、川に流れた花のように宙を舞う。


「あぁ、綺麗……」


 観客は美しい魔法演舞に見惚れ感嘆の声を漏らす。それは私も同じ。大勢で行われる魔法、さらにはこの規模で魔法が舞台いっぱいに舞っている。綺麗でないはずがない。


 でも……やっぱり私は……。


 横に立つアシェルト様をチラリと見た。周りはもう真っ暗だが、魔法演舞のキラキラとした灯りが、アシェルト様の顔を照らしている。綺麗な銀髪に色とりどりの色が反射し、アシェルト様の色のように見える。


 あの幼い日、初めてアシェルト様を見たあの日。私は初めて王都のお祭りに連れて来てもらった。そのとき初めての王都で初めての魔法演舞。そのとき見たのがアシェルト様。そしてそのアシェルト様の魔法に感動した。運命だと思った。


 キラキラと光るアシェルト様の瞳はなにを映しているのだろう。やはり魔導師団を思い出して辛い気持ちになっているのだろうか……。アシェルト様の顔には色とりどりの色が降り注ぎ、光の加減で影を落とす。そのせいでいつもよりも表情が分かりづらい。

 懐かしそうにも見える。寂しそうにも見える。悲しそうにも……。


「ルフィルはこれだけたくさん魔導師がいるなかで、僕の魔法が一番綺麗だと思ってくれたんだよね?」


 ボーっとアシェルト様の横顔を眺めていた私は、突然言われた言葉にビクリとした。


「はい」


 ざわざわと喧騒のなか、人々の声や魔法の音が響く。しかし、それらが全く耳に入らないほど、アシェルト様の声は耳に響いた。そしてそれに負けないくらい、私ははっきりと言葉にした。アシェルト様の魔法が一番綺麗だと思ったことは紛れもなく本当のことだから。


「ありがとう」


 そう言って微笑んだアシェルト様の顔。こちらを真っ直ぐに見詰めた目。色とりどりの灯りでキラキラと煌めく瞳と髪。息を飲むほど美しいと思った。


「ズルい……」


 小さく口から漏れた。


「え?」

「い、いえ、なにも……」


 少し俯き、そして再び魔法演舞を眺めた。顔が熱い。明るい場所ならば、火照る顔がバレそうだ。でも今は夜。辺りは真っ暗。しかも魔法演舞の色とりどりの色が顔に反射している。それならばきっと私の顔が火照っていることもきっとバレていないだろう。


 アシェルト様も再び、魔法演舞に目をやった。


 あぁ、やっぱりアシェルト様が好きだ。諦めたくない、傍にいたい、そう思ってしまう……。




 魔法演舞が終わり、人々は満足そうな顔で家路につく。皆、思い思いに今年のお祭りについて語り合っているようで、そこかしこから祭りの話題が聞こえてくる。魔法演舞についても多くの声が聞こえてきて、皆が感動したということが伝わった。


 元魔導師団の人間として、それは誇らしくもあり、しかし、アシェルト様の反応も気になる、というそわそわとした気分だった。


「ルフィルはノア君に挨拶しに行くんだろう? ここで待っているから行っておいで」


 アシェルト様がおもむろに言い、私は躊躇いながらも聞いてみた。


「アシェルト様は……バルト団長には会いに行かないんですか?」

「うん……僕は良いよ……」


 そう言って遠い目をしたアシェルト様は私を促した。


 チラリとアシェルト様に目をやりつつ、にこりと見送られ、仕方なく、私は一人で後片付けをしている魔導師団の元へと向かった。


 多くの魔導師団の人たちがいるなか、ノアの姿を探す。久しぶりに会う皆は私に気付くと、にこやかに声を掛けてくれた。人だかりが出来、「今何してるんだ?」やら「まだアシェルト様のところにいるのか?」やら矢継ぎ早に聞かれ、あわあわとしていると、背後から人垣を掻き分けるようにして腕を引かれた。


「ルフィル!」


 引かれた方向へと視線を向けるとノアが苦笑しながら現れた。


「なに捕まってんだよ、俺に会いに来てくれたんだろ?」


 そう言ったノアは私の手を引き、人垣を抜けて行く。そのときなぜか魔導師団の皆はニヤニヤとしながら「頑張れよー」とか叫んでノアが怒っていた。なんだかよく分からないまま、ノアに引き摺られるように魔導師団の輪から離れる。そして遠目に舞台が見える場所に落ち着くと、ようやく止まりノアが振り返る。


「あー……えっと……そ、そうそう、俺の演舞どうだった?」


 目が泳ぎながら頭を掻いているノアは、手を繋ぎっぱなしだったことに気付き慌てて手を離し聞いた。


「プッ。なんでそんなあたふたしてるのよ」


 クスクスと笑いが止まらなくなると、ノアはさらに一層あたふたし出してしまった。


「い、いや、別にあたふたなんか! いや、だから……その、俺の演舞だよ!」

「フフ、うん、綺麗だったよ」

「そ、そうか」


 嬉しそうなノアを見ると私も嬉しくなる。


「あの後大丈夫だったか?」


 少し心配そうに聞くノア。『あの後』とはおそらく、以前アシェルト様に拒絶され家を飛び出したときのことだろう。ノアが傍にいてくれたおかげでアシェルト様とちゃんと話し合えた。向き合うことが出来た。


「うん、ノアのおかげだよ。あのときは本当にありがとう」


 なにやら複雑そうな顔をしたノアは小さく息を吐きながら、私の頭をワシワシと撫でた。


「大丈夫だったなら良かったよ。あの後会えなかったから気になっていたんだ」


 なんだか見詰める目が優しくて、本当に心配してくれていたのが分かり、申し訳ないやら嬉しいやらで、私は本当に良い友達を持ったと幸せな気分になった。



「おや、ルフィルじゃないか。来てたんだな」


 ノアと話していると声を掛けられ振り向く。そこにはバルト団長がいた。


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