10・B@CK

第38話


 衝撃。

 喧騒という名のBGMがうるさい。大勢が奏でるそれをつんざくように、

「ぼーっと突っ立ってんじゃねぇよ」

 つばでも吐きかけられそうな、怒りを纏う声がした。

 ぺこりぺこりと頭を下げながら、手にしているものを見る。パティスリーの箱だ。その重みは、あの時買ったタルトに似ている。

『わー、マジ最悪』

『ってかさ、いらん情報聞いちゃったね』

『ほんとそれ! ついさっきならあったとかさ、そんな情報聞かされて喜ぶ人なんていないっての!』

 パティスリーから出てきた二人組が、愚痴を吐きながら歩いていく。手元の箱をまた、じーっと見た。

 自分がタルトを持っていることを、ミントは責めてくれない。

 戻された、気がした。

 日が決まったら、というのは嘘だったのだろうか。それとも、これは単に出口を間違えただけ?

 ユズは今この時を理解するために、歩き出した。向かう先は、自宅だ。


 鍵を持つ手が震えた。

 入るなと願いながら差し入れたそれは、奥までしっかりと刺さり、何の抵抗もなく回った。

 ため息が震えた。瞳が痛む。

 何も出来ずただ立ち尽くしていると、勝手に扉が開いた。ひょこりと顔を出したのは、バットを構えた姉だった。

「わ、なんだ、コウタじゃん。鍵開く音がしたのに誰も入ってこないから、ピッキングされて変なやつが入ってくるのかと思って。ぶん殴ってやろうって気合い入れてきたのに」

「そう」

「うーわ。テンションひっく! って、待って……あんた何持ってんの? ヤバ、それタルトのお店の箱じゃん!」

「タルト、買ってきた」

「はぁ?」

「たまたまキャンセルが出て、買いますか? って聞かれたから」

「……でかしたぞ、コウタ!」

 姉は汚らしく笑うと、コウタの背中を平手でドン、と叩いた。箱をかっぱらい、部屋の中へと消えていく。

『お母さーん! コウタがタルト買ってきたー! あした雪が降るよー!』

 コウタはその場に崩れ落ちた。

 これは、きっと、現実だ。原本の世界だ。意図的なのか手違いなのかはわからない。けれど、確かに、送られてしまった。

 望まない刻まで、巻き戻して。

 ゲートは確か、ミントの仕事。時を操るのは、タイムの仕事。チャービルは……。みんなにハメられた可能性が、思考を掠める。

 これが手違いではないとしたら、どうして騙すのか。

 さよなら、くらい、言わせてくれたっていいのに。

 堕ちていく思考の中、浮かぶ小舟を探す。

 記憶が残っていたことは、不幸中の幸いだ。

 記憶が残っているからこそ、悔しさの海で溺れなければならないのだけれど。それでも――なかったことにならなくて、よかった。


 キッチンからはキャッキャと賑やかで、耳障りな声がする。「こっちからも撮る」やら、「あっちの電気つけて」と、街なかに負けず劣らず騒がしい。

「コウタも食べるー?」

 母の声。

「来ないなら全部食べちゃうぞー」

 姉の欲まみれの声。

 コウタは重い体をどうにか動かして、ダイニングへ行った。ピカピカだったタルトには、もうすでにナイフが入れられていた。

 ミントと一緒に、フォークをさして、食べたタルト――。

「一切れだけちょうだい。外散歩しながら食べる」

「は? 意味不明。なんで散歩しながら食べんの? 見せびらかしたいの? ま、別にどうでもいいけど。勝手にしな」

「うん。そうする。……あ、そうだ。姉ちゃんさ、飛行機が失踪した事件って、知ってる?」

「……はぁ? 何? 急に。そんなこと、あったっけ?」

「ふたりとも小さかったし、大きくなってからはそんなに報道されてないからねぇ」



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