KILL THEM ALL

T龍

水仲 奏(みなか かなで)という女

『KILL THEM ALL』。年に一度行われるバトルロワイヤル方式の大会である。勝者となった者には大金が約束されており、この社会に抑圧された者達が我こそはと命を失うリスクを背負って争う死の見世物である。


「さぁ!今年もやって参りました!超大人気イベント、『KILL THEM ALL』!!第15回目でございます!そしてそして、今回も実況を努めさせて頂きます、原田 敏和(はらだ としかず)でお送りしていきます!」


会場を大歓声が包み込む。会場の熱気はオリンピック以上と言えるだろう。


「勿論!動画で見ることも出来ますので今日来れなかった、見たいけど会場は遠いなどと言う方々にも安心して見られる催しとなっております!ですが、大会の名前にもなっております通り、18歳未満の方のご視聴は禁止しとなっております。親御さんは最善の注意を払った上でお楽しみください。そして皆様にご報告がございます!なんと、今日は特別ゲストが来ております!それはーーーこの方です!」


原田の声を合図にカメラが原田の横に座る人物を映し出す。白い髭を蓄えた着物に身を包む初老の男性。会場はより一層沸き立った。


「皆様、お久し振りです。ご存知だとは思いますが、改めて自己紹介をさせて頂きたく。私はこの大会の主催者にして、第1回『KILL THEM ALL』優勝者、凰烙 霡堂(おうかく ばくどう)と申します。仕事がようやく一段落つき、ここに顔を出せたというわけです。いやぁ、当時の私は何も考えず思い付きで開催してはみたもののまさかこんなに忙しいとは夢にも思いませんでした。」


そう楽しげに笑う凰烙にこの大会を開催するきっかけになったことなどを質問する原田。そのやり取りが数十分続いた後、凰烙が話を切り出した。


「さて、私の話はこの辺にしておきましょう。皆様が求めていらっしゃるのは私なんぞの話ではなく、今、この瞬間でしょう。原田さん、あとの司会は任せました。」


「はい!それでは皆様お待たせ致しました!参加者の準備も整っております。今年の参加者はなんと!100人を大きく超え、213名となっております!大会のルールにつきましては、御手元のパンフレットの裏側に一部記載しておりますので各自ご確認下さい。そして、今年の『KILL THEM ALL』は肉と肉のぶつかり合い!体一つで争って頂きます。現在の時刻は6:59!7:00きっかりに開始となります!それではカウントダウンと参りましょう!よろしければ皆様もご一緒に!10!9!8!7!6!5!4!3!2!1!『KILL THEM ALL』、開幕ゥゥゥゥ!!」


派手な演出と共に会場内に参加者達が勢いよく入場していく。会場は孤島、そのフィールド内での争いとなる。フィールド内に放たれた無数のステルスドローンの内の一機が一名をカメラに収めた。艶やかな黒髪のポニーテールを揺らしながらフィールドを駆ける。引き締まった肉体は男性と見間違う程がっしりとしている。


「おっとぉ!これは運がいい!第14回目を見事勝ち残り勝利を手にした現代に生きるアマゾネス、水仲 奏みなか かなで選手!前大会では敵対する者すべてを握り潰して魅せた圧倒的握力と強靭な肢体で悪路を兎のように縦横無尽に飛び回る姿が記憶に新しい!今回も魅せてくれるか破壊力!」


会場の声は参加者達にとって有利な情報以外なら聞こえるようになっている。その為、先程の紹介も当然聞こえている。


「・・・チッ、あいつは後で殺す。」


「ヒィッ、し、しばらく大人しくしておきまぁ〜す・・・」


勿論、フィールド内の声もピックアップされていれば聞こえる。フィールドの中心には残り人数と時間を写すパネルがあり、それを見て参加者達は状況判断が出来るようになっている。現在の時刻は7:27。残り人数は181人となっている。


「まだ1人も接敵していないのに32人も減ったのか」


そう呟く彼女の前に男が飛び出してきた。それを合図に9人の男達が姿を現した。


「よぉ、ゴリラ女。そんなに急いで何処に行こうってんだ?急ぐ程の時間も経ってねぇだろうがよぉ」


男達は口角を上げ、彼女を囲む。その数はたったの10人、そう、10人だ。彼女の前ではこれくらいの男達はその程度。


「頭数さえ揃えれば勝てると思ったのか?群れることでしか自分を主張できない玉無し共が」


彼女の軽い罵倒に男達は顔を真っ赤にして怒る。程度が知れる。馬鹿の一つ覚えのように拳を掲げ突撃してくる。それを彼女は強く握り締めた拳で答える。初めに殴り掛かってきた男の顔面に捩じ込むように拳を放つ。顔が漫画のようにひしゃげ、首から普段聞いたことの無いような鈍い音が鳴る。


(ーーーまずは一人)


次は近くまで迫ってきていた男の側頭部目掛けて全体重を乗せた蹴りを入れる。確実に殺やったという手応えがあった。蹴られた男は力なく吹き飛び、近くにいた別の男にぶつかり倒れる。


(あと7人)


一瞬にして3人がやられた事で他の7人は殴りかかるのを止め、逃げ出そうとしていた。すぐさま走り出し無防備な襟を掴み、別の方向に逃げる男に投げつけた。ゴツッ!という鈍い音が小さく聞こえた。その間に他の5人には逃げられてしまったが、それでも半数は仕留めた水仲に会場が湧き上がる。


「これは凄い!あの短時間で5人も仕留めてしまった!ご覧になられたでしょうか!?成人男性を片手で軽々と放り投げる彼女の怪力を!あれこそがーーー」


空中に映し出されたモニターに彼女の睨む顔が映し出される。


「・・・あー、ごほん・・・それではー、そのぉー、別の方を見てみましょうかねぇー」


「はっはっは、そんなことで縮み上がっていては人生楽しく生きれんぞ原田君」


水仲の眼力に怯える原田を見て楽しそうに笑う凰烙。水仲は呆れたようにため息をつくと気持ちを切り替え、再び走り出した。現在の時刻は7:41。残り人数85人。1時間も経っていないのにもう85人しか残っていない。しかもまだ減り続けている。運がいいのか今回の大会では10人としか遭遇していない。だが、出会わないということはそれだけ別の強者が狩り続けているということでもある。この大会では、死が当然のように付きまとってくる。死神が首に鎌をあてがい、ケタケタと笑う。それが怖ければ当然リタイアも可能、だが彼女にはそれが出来ない。当然彼女だけではない、今残り続ける者達も当然賞金が欲しいのだ。欲望の為、願望の為、どんな想いにしろ金に群がる亡者達。命をベットし、命をもってコールする死のギャンブル。出来レースなど存在しない真剣勝負。残り人数は刻一刻と減っていく。まだ時間は8時を過ぎた頃だ。強者が集い、弱者を狩り続けていれば当然の結果。あれ以降誰一人とも遭遇していない水仲。いくら島が広いとはいえここまで出会わないものか。気付けば残り人数5人。その数が4になった時、ようやく出会った。既に4人がその場に居た。が、1人は力なく倒れ、残りの3人の内2人はお互いに血に塗れ、顔は腫れ上がっていた。両者の最後の一撃はあまりにも弱く顔に触れた瞬間2人同時に崩れ落ちた。そして、彼女の前にただ一人の男が立っていた。その男がカメラに映し出された時、会場から「うわぁ・・・」という嘆きの声が漏れた。その声に同調するかのように原田もため息混じりに口を開いた。


「あ〜・・・これはどうやら決着がついたようですね」


「ん?まだ1人になっておらんだろう?何故決めつける?それともあの男はそれほど強いのかね?」


「あ〜、いえ、彼はですねーーー」


凰烙に説明しようとしたその時だった。


「すみませぇぇぇん!!許して下さぁぁぁい!リタイアするんでぇぇぇぇ!!!」


という情けない叫び声が会場中に響いた。モニターに映し出されているのは先程の男のとても綺麗な土下座だった。彼女と対峙した瞬間の凛とした顔つきは何処にもなく、しわくちゃの顔を涙で濡らした男がいた。


「ーーーえーっと、彼の名前はですね、吉坂与壱(よしざか よいち)と言いまして、通称、命乞いの吉坂。一応現在まで大会に出場し続けている選手なのですが」


「現在まで?・・・んー、あんなのおったかなぁ?」


「一応こちらの方で確認致したところ出場しているようです。まぁ、お察しの通り漁夫の利を狙って出場をしているのか、最後まで残るものの、上手くいかず泣きの命乞いと合うわけです。」


「なるほどのぉ・・・ふふ、でも良いな!あれはあれで清々しい!ワシは好きじゃな、あぁいうの。一応あれが戦った形跡はあるんじゃろ?」


「はい、一応条件は満たしてはいるようです」


「なら良し!ルールに違反しておらんからな!では、現時刻をもって、優勝者は水仲ーーーなんだったかな?」


「奏です会長」


「おーそうだそうだ。水仲奏を勝者とする!」


会場は何とも言えない雰囲気で、やる気のない拍手とブーイングの嵐だった。そんな中、水仲と吉坂は話していた。2人の会話はブーイングの声にかき消され会場の人々には聞こえていないだろう。


「・・・あんた、またそうやって負けるのか?」


「いやぁ、だって死ぬの怖いし」


「ならここにいる意味は?」


「それはさっき実況者の人が言ってたように漁夫の利をーーー」


「漁夫の利を狙う奴が汚れ一つ無いのはどういうことだ?一心不乱に逃げ回って隠れていたのなら汚れの一つや二つ付いてるはずだろう?それがないのはどういうことだ?」


「別に何か企んでいるわけでもないんだ。素直に喜んだらどうだい?君はお金が欲しかった。僕はお金も欲しかったけど、命が惜しかった。ただそれだけだよ。」


「・・・弱い奴は嫌いだが、お前みたいに強さを隠す奴も嫌いだ」


「能ある鷹は爪を隠す、だよ。お嬢さん」


吉坂は膝から下についた土を払い、出口へと向かっていった。そして横切る際に耳元で呟いた。


「ーーー治るといいね」


振り返ると吉坂は背を向けたまま手を振っていた。何処まで知っているのか、どうやって知ったのか。知っていたから勝ちを譲ったのか。


「・・・気に入らない男だ」


不機嫌そうに呟く彼女もまた彼の向かった出口とは別の方へと歩き始めた。今回の賞金は1000万。口座にきちんと振り込まれていることを確認し、帰宅する。自宅へ急ぐ彼女の姿は現代に生きるアマゾネスとは程遠く、家族を心配する姉のよう。自宅の玄関前で足を止め、乱れた呼吸を整える。ハンカチで汗を拭き、静かに玄関の鍵を開けた。


「ただいま」


その声に返事は帰ってこない。しかし、無人ではない。扉のプレートには汚い字で『ひろ』と平仮名で書かれていた。その扉を開くと、ベッドの上で辛そうに寝ている少年の姿があった。扉の開く音に気付いたのか、ひろはゆっくりと目を開け軽く笑みを作る。


「おかえり、ねーちゃん」


「あぁ、ただいま。」


とても優しい声だった。表情もあの戦場では見れない程穏やかなものだった。


「ひろ、勝ったよ。これでようやく治せる」


「ほんと?やっぱ、ねーちゃんは凄いや」


ひろは咳き込みながらも奏と話そうとしている。「無理はするな」と心配するも、ひろは奏が賞金を得たことではなく、勝利して帰ってきた事に対して自分の事のように喜んでいた。彼女と《ひろ》との出会いは2年前に遡る。彼女が自分に対する厭らしい視線に耐えかね、自分を鍛え今の肉体になった頃だった。少年は突然彼女の前に立ち、


「俺をにーちゃんの弟子にしてくれ!!」


と言ったのが始まりだった。「性別からまず違う」と否定し、初対面で変な子どもだなと思っていた時、遠くの方で「ひろ〜!ひろく〜ん!!」と呼ぶ声がした。その声を聞いて少年は彼女の後ろに隠れ様子を伺っていた。面倒なことになりそうだと感じた奏は、「おーい!ここにいるぞー!」とあえて呼びつけた。その声に気付いた女性が走り寄ってきて、奏の後ろに隠れるひろを見て胸を撫で下ろしていた。


「ひろが迷惑をかけて申し訳ありません、ほらひろ。帰るよ?」


と差し出した女性の手を取ることなく隠れたまま「やだ!」と拒否した。続けて、


「俺、このねーちゃんと一緒に住む!ししょーになってもらうんだ!」


と言い出した。女性は「すみません」と奏に謝りながら、ひろに「帰ろう」と語り続けていた。頑なに拒否をするひろに苛立ちを覚え、「早くお母さんと一緒に帰れ」と言うと「この人本当のおかーさんじゃないもん!施設の人だもん!」と叫んだ。流石にこのままだと埒があかないので、一旦奏の自宅へ2人を連れてきた。「部屋の中の物は勝手に触るな」と注意して女性から話を聞くことにした。女性曰く、あの子の両親は事故で無くなっており、親族の間でたらい回しにされた結果、施設に辿り着いたのだという。その為、他者に対して警戒心が強く今回のように脱走することが多々あったそうだ。ひろが言っていた『強くなりたい』と言うのは、生まれつき体が弱く病気にかかりやすいからそれを治すためではないかということだった。そして、初めて自分から積極的に話しかけに行ったのだという。その事を聞いて、奏は彼を引き取ることにした。だが、まだ一人暮らしを始めたばかりで安定していない為、施設の人達の援助を受けつつひろを育てるということになった。それから、ひろとの生活が始まった。わがままではあったが、聞き分けの良い子ではあった。根は優しい子なのだろうということが共に生活をしていく中で分かった。強くなりたい、強くなりたいと体が弱いというのが嘘なんじゃないかと思うほどうるさいので少しづつではあるが筋トレ少しづつやらせていた。自分に弟が居たらこんな感じなんだろうかと思いを馳せ、自分の思っていたのとはまた違う楽しい生活を送っていた。だが、それが奇跡だったと言わんばかりにひろが病に倒れた。現在数件ではあるが確認されている未知の病らしく、治すにはそれ相応の時間と金がいるということが分かった。大人であれば死には至らないが、子どもなうえに病弱な為、死に至る危険性があるということだった。薬も数がかなり少なく希少な為、多額の金を要するとの事だった。少しでも病を楽にする為に病院から貰った薬で騙し騙し様子を見ていたが、薬の効き目が落ち始めていた。施設の人達もある程度なら出せるが額が額なだけに援助出来ないとのことだった。このまま見殺しにするだけなのかと自分の無力さに打ちひしがれていた時だった。『KILL THEM ALL』の広告が目に入った。それが2年前、開催14回目のこと。その時の賞金は100万だった。あの男が別の誰かに土下座してリタイアし、残った奴と殴りあって勝ち取った。だが、100万では足りなかった。最新の医療を受けるには500万が必要だった。その病に対する機材と場所が外国にしかないとのことだった。そして、今に至る。


「向こうの準備が明日整うらしいんだ、だから今から向こうに行く準備をしようと思ってるんだが、大丈夫か?行けそうか?無理そうなら明日でもいい。絶対に無理はするな」


辛そうではあるが、ひろは微笑み、


「大丈夫だよ、だって俺には最強のねーちゃんがついてんだもん。無理なんてことないよ」


と言った。何を根拠にそんなことを言うのか、でもひろが大丈夫と言うのだから大丈夫だ。ひろを抱きかかえ、迎えに来てくれていた施設の人の車に乗せ空港へと急いだ。


「ーーーーん、もう朝か・・・」


朝の日差しが眩しい。背伸びをして大きな欠伸をする。いつもの日常だ。・・・でも一つ、足りないものがある。それは・・・


「奏ねーちゃん!!何してんだよ!朝はランニングってねーちゃんが言ってたんだぞ!!!」


ドタドタと走り回り、2度寝しようとする私を起こそうと体を揺するひろ。


「んーー、折角ゆっくり出来るんだしもうちょい、いいじゃん」


「だーめーだーよー!ねーちゃん嘘つくの!?ねーちゃんの嘘つき!!嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!!!」


「あぁ〜もぅ、うっさい!わーったって分かった分かった。私の負け。せめて飯食わせて。元気でない」


「なら飯食おうよ!ねぇ〜ねぇ〜ご飯食べようよぉ〜」


「あ〜もぅ揺らすなってぇ〜」


ーーーこれでやっと、いつもの日常になった。

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