#016
今日は、塾で席替えがある日。
学校だったら、くじで次の席を決めたりするけれど、塾はそんなことない。
先生が勝手に決めて、新しい座席表を掲示して、みんなそれを確認して、そこに座る。
席替えの後の教室は、いろんな感情が混ざり合ってる。だから私は、ちょっと苦手。
さも「昨日もここでしたけど?」って感じで座る、いつも通りの人もいるけれど、そうじゃない人もたくさんいるから、ちょっと苦手。
離れちゃったって慰め合いながら廊下で話す人とか、板書が見やすくなったと喜ぶ人とか。あの人と離れられて嬉しいって、その人に聞こえる声で言っちゃう人とか。
塾には勉強をしに来ている。
仲良しの人ができたりして、それで楽しく勉強できるなら、お互いを高め合えるなら、それでいい。
でも、なんだかなぁ。
席替えの時、いつも以上にギスギスした感じがするんだよなぁ。普段は隠してる、勉強よりも大事なものが顔を出すっていうか。
私は過去、この『席替えの後がちょっと苦手』って話を、友だちのマリにしたことがある。
そうしたら、「ユリって人の感情の影響受けまくるタイプだもんね。だから席だけじゃなくて、感情も大きく動く日が苦手なんじゃない?」って言われた。
新しい座席表を見つめる。
一番右の列、前から三番目。
昨日までは、真ん中の一番前だった。
勉強するにはいい位置だろうけど、先生との距離が近すぎて、それがちょっとストレスだった。だから、少し下がれて嬉しい。
黒板を見る時に、視線に入るだろう人の名前も確認していく。背が高い人はいない。頭で文字が見えない、なんてことはなさそうだなって、ホッとした。
「ユリ〜、今日席替えっしょ? 席どこになった〜?」
マリの声だ。
マリとはクラスが違うからだろうか。席替えのことをドライに話せる。そんな友人がいることは、私の心の支えみたいなものだ。
「ちょっと後ろになった」
「おお、じゃあ、ちょっと気楽になったね」
ニッと笑ったマリの顔から、ちょこんと八重歯が顔を出す。
「あたしのクラスはさ、成績順らしいんだよね。バカが前。先生の目が届く所」
「マジか」
「そ。あ、それで、これは噂なんだけどさ」
こういう、マリが小さな声でする話、大好き。マリがヒソヒソと話すのはいつも、人を悪くいうわけじゃない、ただ誰かに聞かれずに共有したいだけの話だから。
「ユリのクラス、先生がダーツで決めてるらしい」
「……え?」
「なんか、くじ引いて、出た人の席を決めることにするでしょ? それから、空の座席表にダーツを投げて、当たったところがその人の席、みたいな」
本当か嘘かはわからない。
でも、私は思う。
成績順より、くじとダーツの方が面白いかな、なんて。
「んじゃ、またね〜」
「うん!」
マリに手を振り、教室に入る。
席替えしたての教室は、思った通り、ギスギスしてる。
ギスギスが心に刺さって痛い。
だけど、先生がひとり、くじを引いたりダーツを投げている様を想像したら、なんだか笑えてきた。
席替えのたびにその様を想像したら、席替えが楽しくなるような気がした。
席替えがあっても、誰かの感情に流されないで、いつも通りでいられる気がした。
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