対面

 ――そして、その一連の翌朝。


 明け方の日差しを受け、小鳥たちが何かを啄む様な声を挙げ始めた頃、コータは宛がわれた一室の寝床に座り、その小鳥たちの歌声に耳を傾けていた。


「……ホント、こーいう朝の様子って、どんな異世界せかいに行っても、きっと同じなんだろうなぁ」



 コータは健常者時代のガテン系生活の影響で、とても朝に強い。


 今は、現世の時刻に準えれば――午前5時を回るか回らないかなのだが、彼の眼はバッチリ開いている。



「……ん?」


 コータは、眺めていた窓の隅に人影が横切る様子を見かけ、彼はおもむろに身を起こして、その人影の主を目で追った。



 コータが宛がわれたこの部屋は、言わば迎賓館と言った体の建造物。


 一応は、ベルスタン城の域内にはあるが、城からは独立した造りとなっている事は、通された時からコータも知っていた。


 窓に映るとしたら、この館――及び、自分に用がある者でしかないはず……と、コータは思っていた。


「今の人……鎧着てたし武器も持ってた。


 まあ、騒ぎになってないってぇコトは、刺客とかじゃあなさそうだけど……こんな朝早くから、一体なんだ?」


 コータは、そう独り言を呟くと、何やら自分を尋ねて来たらしい鎧騎士を出迎えるために、いそいそと着替えを始めた。




(――初の御目通りだ、まずは粗相無き様に努めねばな)


 その鎧騎士――アイリスは、ふぅっと小さく息を吐き、賓客室の扉の前で軽く身なりを整える仕草は見せていた。


「――王子殿下からの勅命である。


 アデナ・サラギナーニア様の護衛を任じられた、アイリス・ロトバナラだ。


 お目覚めの後に、その旨とご挨拶をと思いまかり越した」


「――はっ、ご苦労様にございます。


 では、寝所に連なる詰め所にてお待ちくだされ」


 アイリスが、賓客室の前に立つ二名の衛兵に、昨晩渡された辞令の書状を示すと、衛兵たちは畏まって彼女に扉の通行を促す。



 この扉の先には、賓客の警護を円滑にこなすため、寝所へ直接というワケではなく、一種の緩衝材的な役目を持つ詰め所がある。


 万が一、刺客にこの扉を突破されたとしても、その賓客を逃がすために、一完歩の猶予が出来る様にするためだ。



「ふむ……では、失礼する」



 時分は早朝――もちろん、先程までの会話も、この扉を開ける音も、中に居る者の眠りを妨げない様にとの、気配りが施されて……


「――おはようございます」


「――っ!?」


 ――いるのだが、その当人……コータは詰め所の椅子に悠然と座し、この早朝の来訪者の登場を待ち構えていた。


「…っ、もっ…もう、お目覚めになられておられましたかぁ…」


 アイリスは、動揺しているのが丸解りな様子で、膝を突いて急ぎ畏まり……


「おっ、王子殿下より、王都滞在中の護衛……及び、後の直参への派遣の任を仰せつかりました、アイリス・ヒュマド・ロトバナラと申します――サラギナーニア様」


 ――と、焦り気味に名乗りを済ませた。


 その様子を見終えたコータの方は……


(――もう、テンプレだな。


 目の前に現れたのは、またも美女であった……とか言うナレーションが、渋い声で聴こえて来そうだぜ……)


 ――と、心中で皮肉を溢しながら、彼は彼女の整った顔立ちを見詰めて苦笑を催す。


(――って、そう言いながらも、ちゃんと顔をチェックしちゃってる辺りは、男の性ってぇヤツかね?、もう、役立たずなくせに。


 それにしても、王子には釘を刺しといたんだけどなぁ……人を寄越すなら、もう美少女は勘弁だって。


 『美少女』じゃなく『美女』だってかぁ?、そりゃあトンだ揚げ足拾いだよ)


 コータは、心中で更にそんな愚痴を溢すと、それは億尾にも出さずゆっくりと手を差し出し……


「ども、コータ・ヤマノ――いや、もうコータ・『アデナ・サラギナーニア』と名乗った方が良いのかね?」


 ――と、彼もアイリスへとそう名乗って見せた。


「いっ、いえ、それはどちらでも……時に、サラギ――いや、"コータ様"とお呼びしても?」


「ああ、もちろん.


むしろ『様』も取ってくれて良いけど、ソッチの方が楽ならそれで」


 お堅い軍部の者らしい、呼び名についてのやり取りが決した所で、アイリスはこの数度の会話でコータの人柄を察したのか、彼女は少し態度を緩めた。


「早いお目覚めの様でしたが……何か、直衛の者や諸々の態度に粗相でもございましたか?」


 アイリスがまだ開いたままな部屋の扉へと振り向き、そうコータに尋ねていると、外の衛兵たちの間に、軽い動揺が奔る。



 具体的で厳格な階級制度の下ではないが、ヒュマド軍においては、外の衛兵たちよりも、近衛の肩書が付くアイリスの方が必然的に身分は上という事になっている。


 故に今、来賓足るコータに対して何か粗相があったとすれば、処分といった仰々しいモノではなくとも、上役からの叱責程度は免れないであろう。



「いやいや、そんなのはぜんぜん……単に、俺の習慣なだけだから気にしないで」


 コータは開け放たれている扉の向こうにも目をやり、大げさに手を振ってそんな気遣いも感じる答えをした。


(――なるほど、現世いかいでは市井に揉まれていたとは思い難い、精錬な好漢という王子殿下の評は確かな様だ。


 特に、きちんと臣下への心配りを滲ませるトコロは『御自分と違って』という、自虐な点も含めてな)


 コータの目線の意味を察したアイリスは、アルムから聞いた『コータ評』を思い出し、実際に彼と接した上での率直な感想と、鬼畜っぷりも知るアルムへの皮肉も交え、そう心中で揶揄をした。



「『ロトバ』と名乗ってるてぇコトは、近衛兵――側近として、護衛とかで俺に張り付いてくれるって事かな?」


「えっ、ええ……もちろん、お仕えするコータ様の『御所望』なら『どんな任務コト』でも応えるのが、臣下の務めにございます。


 仰って頂ければ、どの様な役割にでも……」


 どんなつもりで任を請けたつもりなのかを尋ねるコータに、アイリスは思わず出た含みのある口調も付けて、彼への忠誠を言葉に表そうとした。


「――いや、俺は早起きだから、護衛とか張り付く立場だったら、気にしないでって言おうと思っただけなんだけど……」


 コータは困った様子で、こめかみを掻きながらそう呟き……


「はぁ……やっぱ、俺って言うか、現世の者はよっぽど好色だと思われてんだなぁ……ったく!、シンジの奴が余計な知恵を付けっから」


 ――と、彼女が言った言葉から滲む、イロイロと早朝からでは口にし難い任務のニオイを感じ、それを醸す言葉を続けた。


「⁉、いっ!、いや――おっ!、お身体の事などもちゃんと聞いておりますので、別に、コータ様が『そーいう任務』を所望されるという意味では……」


 見透かされた様に続く、コータのからの鋭利な応答に、アイリスはタジタジになって平服し直す。


(――この娘、リアクションが可愛いな。


 側に付いてくれる分には、こーいう娘が一番かもね♪)


 慌てる彼女の様子を見やり、コータは心中で楽し気にそう呟いた。

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