鍛冶王の弟子

「――っと、そうだそうだ、サラギナー……ええいっ!、この際だからコータって呼び捨てさせて貰うが、ちいとおめぇさんに、会わせてぇヤツが居る――おいっ!、ちいと来いっ!、ニーナ!」


「へっ、へいっ!、師匠!」


 話題を切り替えたガルハルトが、宴に集まって居るドワネの衆の中へと手招きを見せ、それを見聞きした一人のドワネ族が立ち上がり、コータたちの席へとにじり寄って来る。



 …そのドワネ族とは、ホビルの里での事やシンジの話からすれば容易に詮索出来るとおり、やはりと言っても良いうら若き女性のドワネ族。


 容姿としては、ドワネ女性ながら、コータよりも背は高く――髪はドワネ族の特徴である赤毛で、そのヘアスタイルはショートカット……顔立ちも、比較的整った美貌の持ち主である。


 更に、ドワネ族らしい、ハードな労働の賜物か、四肢は何れも程よく鍛えられており、その長身と相まって、さながらバレーやバスケの美人アスリートと言った体だ。



(――なんか、この後の展開が見えた気がする……)


 コータの脳裏にも、例のシンジが立案した『あの計画』が頭を過っていた。



「――おめぇさんの臣下に送ろうと思ってる、俺の弟子のニーナだ。


 おいっ!、コータに挨拶しとけっ!」


「へっ!、へぃぃぃっ!、サラギナーニア様――おっ、お初にお目にかかりやすぅっ!


 アッ!、アタシは"ニーナ・ドワネ・マイトナラ"って言いますっ!」



 そのボーイッシュな風体と粗雑な口調とはイマイチ不釣り合いな、フリフリの可愛らしいドレスを纏っているニーナは、ガルハルトに促されて平服しながら挨拶を始める。


「師匠の俺が言うのも何だが……将来有望な鍛冶職人だし、ちいと女らしさには欠けた娘に思うかもしれんが――まあ『付いてるモン』はちゃんと付いてっからよ。


『ソッチの仕事』だって、ちゃんと出来るはず……」


 ――と、ガルハルトはそう言いながら、平服しているニーナの胸をポンポンと叩く。


(おいおい……それ、現世だったらセクハラとパワハラの"合わせ技一本"だよぉ……)


 コータはまず、心中でそんなツッコミを入れ……


「――いや、身内に同じ障害持ちが居るんなら、お解りでしょう?


 俺に『ソッチの仕事』は、要らねぇというかぁ……」


 ――と、引き攣った苦笑を見せながら『ソッチの仕事』の断りを入れた。


「――へっ⁉」


 それを聞いたニーナの表情が、幾分か和らいで見えたが……


「いやいやぁ……もちろん、その辺のこたぁ解ってるよぉ。


だが、おめぇだってまだまだ若ぇんだ――"ちいと触りてぇ"、ぐれぇの気持ちはあんだろうよ?、それにはほら、充分だと思うぜ?」


 ――と、それを台無しにする様な言葉がガルハルトから放たれ、彼はニーナが比較的豊満である事を誇張し様と、彼女の胸をギュッと握って見せた……



(だから、その合わせ技はやめてぇ~~!


 俺の異世界生活は、年齢制限無しな展開にしたいんだからさぁ……)


 精神世界のコータは頭を抱え、大きく溜息を吐いた……


(――うほぉ!、ドワネの!、良い後押しじゃぞ~!


 もう観念せい!、これからは18禁路線で……)


(――黙ってろよ!、スケベジジイの魔神様!)



 ――精神世界ではそんな攻防が繰り広げられていたが、主導権を持つコータはそっとニーナの肩に手を置き……


「――俺に、そんな気は微塵も無いから力抜きなよ」


 ――と、優しい物腰と笑みを彼女に見せた。


「そっ、そいじゃあ……今晩の『お相手』は、アタシじゃあないんですかい?」


「今晩も何も……そんな事は誰にも頼んでないって!」


 真剣な様子で、そして話の展開に驚いた体のニーナは、唖然としてコータに確認を問うが、コータはコータで呆れて投げやりな答えを返す。


「――師匠ぉ~っ!、アンタが……


『…流石にミレーヌの姫さんってぇ事はねぇだろうから、道中はチュンファ辺りが『お相手』をしてたと思うべきだ――だから、流石に飽きてるだろうし、チュンファは"小さい"から、きっと"良いモノ持ってる"おめぇの事を気に入るはずだから、御目見えの日の晩は、おめぇの出番だと思っとけよ!』


 ――って言ってたから、アタシはこんな動き難い服着て、どっ!、どんなコトをされんのかと、ずっとハラハラしてたってのにぃ……」


「ちょっとぉ!!!、アタシがコータさんの『お相手』してたとか、"小さい"って、のはどーいう発想と了見なのよぉ⁉、」


 ニーナは緊張の糸が幾分緩んだ様子で、チュンファは憤慨した様子で、早合点をしていたらしいガルハルトに詰め寄る。


「――いやぁ、まあ……な。


 新たなサラギナーニア様は、随分と身持ちが堅かったてぇコトよ――はっはっはっ!」


 詰め寄る二人に気圧され、ガルハルトは実に曖昧な答えで濁し、乾いた笑い声を響かせた。


「……もう止めよう、この手のハナシは。


 それじゃあ改めて……"あくまでも"、鍛冶職人の一人として、これからよろしくなね、ニーナ」


「へい……よろしく、お願い致します」


 ニーナは、その言葉にスウっと憑き物が落ちた様な感覚を覚え、二人は互いの顔をジッと見詰めながら、改めての挨拶をした。


「――あっ、初御目見えの献上品として、サラギナーニア様への剣を一振り、アタシが拵えさせて頂きました……どうぞ、お納めくだせぇ」


 緊張が緩んだニーナは、ハッと思い出した様にそう言うと、側に置いていた鞘に収まった剣を掲げ、恭しくコータに差し出した。



 その剣は如何にもな形をした、西洋の騎士が持っている様な片手剣――抜けばきっと、細身諸刃の刀身がギラリと光を放って現れる姿が容易に想像出来る。



 それを受け取ったコータは、ふと何かを思いついた様な表情をし……


「――ありがとう。


 せっかくこーいう世界に来たんだから、持ってみたり、習ってみたりしても良いかなとは、丁度思ってたんだ……でも、コレは一先ず返させて貰うよ」


 ――と、肯定と御礼の言葉の次に、彼は否定と返納の言葉を続けた。


「――ちょっと、コレに手を加えて貰いたい。


 それを君への――いや、ニーナへの最初の依頼とさせて欲しいんだ」


 コータはそう言って笑いかけ、ニーナに剣を返した。


「……そいじゃあ、どんな手を加えて欲しいんです?」


「まあ……一言で言えば、俺にとっての"現世風"――アンタたちにとっては、異界のテイストを加えたデザインにして欲しいんだ」


 ニーナの問いに応えたコータは、返した鞘入りの剣を観ながらニヤリと笑う。


「異界の剣……そりゃあ随分と、鍛冶職人心をくすぐる仕事を貰ったなぁ、ニーナ」


 ガルハルトも、何やら我が事が如く嬉しそうに呟き、励ます体でニーナの背を叩いた。


「――じゃあ、滞在されてる内に、大まかな構想を聞いて置きてぇですっ!


 宴が一段落したら……賓客館に伺ってもよろしいですかい?」


 ニーナはズイっとコータに詰め寄って、剣の改造プランに胸躍らせて色めき立つ。


「おいおい……仕事の見込みは違っても、そりゃあ結局はおめぇ……コータの部屋に、"夜這い"を仕掛けんのは同じじゃねぇか?」


「あっ……!、しっ!、師匠ぉぉぉぉ~っ!」


 ハナシの決着を茶化したガルハルトの言葉に、ニーナはハッとなると顔色を真っ赤にして、苦情を交えた叫びを上げた。

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