思惑

 ――場面は替わり、ココはグーデルバインへと通じる街道沿いにある林の中。


 そこで焚火を囲い、何気なく無言でくつろいでいる3人の男たちは、コータたちと別れて旅路を進めている、男だけの華の無いヒュマド族3人の一行である。



「今頃――ミレーヌたちは、転移者の皆さんの歓待でも受けているのだろうね」


 アルムは、少し寂しそうに、星空を見上げてそんな愚痴を溢した。


「そうでしょうなぁ……かの地は、良質なコルベ豆が育つ土地ですし、あの山麓から湧く水も、酒の旨味を引き立てる名水。


 きっと、出来の良い酒に舌鼓を……」


「はは、流石はヒュマド有数の大店を仕切る商人ビル――各地の産物の良し悪しにも詳しいんだね」


 愚痴に応じたランデルのうんちくに、アルムは笑みを浮かべて相槌を入れる。


「……殿下」


 ――と、二人のたわない会話に割って入って来たのは、普段は寡黙なジャンセンだった。


「ん?、君の方から口を開くなんて珍しいね……なんだい?」


 アルムは意外な人物の声掛けに少し戸惑いながら、その寡黙な臣下に意図を問うた。


「――畏れながら、お伺い致します。


 4族長会談で決めてあったコータ殿……いや、”新たなサラギナーニア”への処置について、殿下の偽り無きお考えをお聞かせ願いたく……」


 ジャンセンは平服する体で、頭を垂らしながらアルムにそう問い返す。


「……その質問の意図は、どう受け取れば良いのかなぁ?


 武に生きる故に政治には疎いはずな君からの、純粋な僕への尋ねなのか?


 はたまた、4族長会談が決めた事柄への、君からの不服なのかなぁ?」


 アルムは、笑みと怪訝とが入り混じった複雑な表情で、ジャンセンへ更なる問いを投げ返した。


「先者後者、両方と受け取って頂いて結構にございます――ただ、それに仇なす類の、出過ぎた物言いでは無きものと、心得頂ければ幸いにございます」


 ジャンセンは、更に畏まってそう告げると、アルムは満足気に頷き……


「では、まず、君のその両方の考えを先に聞かせて貰おうか?


 そうでなければ、僕もまだ答え様が無い」


 ――と、彼は側に置かれているマグを手に取り、くいッと一口、茶を啜りながらジャンセンの返答を待つ。


「――はっ、此度のサラギナーニアに用意した処遇は、サラキオスの暴走を鎮めるという意味では、4族長会議の結論は適当だと思います。


 ですが、離島一つという”大事な国土の一角”を明け渡す、我らヒュマドへの割り振りは、国益を考えると少々他国よりも分が悪いと思うのですが……」


 ジャンセンの挙げた不服とは、ヒュマドの臣下としての忠心から来る、あえて言えば、対サラキオス戦における『戦後処理』への不満だった。


「こうして前線に立った、我らヒュマドに対し、ホビルやドワネは、物資や資金などの後方支援のみ――なのに、我らは大事な国土を明け渡し、彼奴らはせいぜい専売権の手放しや、人員の派遣に留まるというのは……」


「働きの割に合わない――って、言いたいワケだね」


 ジャンセンが並べた事柄から、聡く彼の思うトコロを見出したアルマは、胸の前で腕を組み、渋い表情を造る。


「……商人の端くれとしては、少し聞き捨てならない物言いですな、ジャンセン殿。


 ホビル産の織物や、鍛冶に長ける、ドワネが差し出すと決めた鉄工品などの専売権の一部とは、各国経済の屋台骨となっている物――それを”せいぜい”と称されるは、商業あきないそのものへの侮蔑に値しますぞ?」


 続いてランデルは、普段の温厚な物腰とは違う様相で、丁寧ではあっても怒気が滲む声色でそう言った。


「むぅ……ランデル殿、気に障ったのならば、後に詫びる事は約束する。


 だが、ランデル殿は思わぬか?、他族と我らヒュマドには終始、負担の差が著しいのではないかと」



 ジャンセンの発言を機に、今までは大まかにしか語っていなかった、コータへの処遇の詳細と、そのために各国がどの様な負担を負っているかに触れてみよう。


 まず、コータを領主として迎える土地とは、陸地としてはクートフィリア最西端でもある、ヒュマドの国の西にある離島――ランジュルデ島である。


 広さとしては、現世から例を挙げれば……東京都がスッポリ収まりそうな程に、離島と呼ぶ割には狭くもなく、その北側に鎮座じている、箱根ぐらいの標高を誇る小高い休火山の名を冠した島だ。


 ミレーヌの言葉どおり、ランジュルデ島は季節を問わずに温暖な気候で、降水量にも季節の偏りは無く、土壌も肥沃な事から農業が盛ん――同時に、離島らしく、漁業でもかなりの水揚げ量を誇り、その由縁でしっかりと整備されている港には、様々な物資を運ぶ商船の恰好な中継港となっている、ヒュマドにとっては海運貿易の要でもある。


 更に、良質な生糸を紡ぐ野生の蚕が居る島としても有名であり、ランジュルデ山では鉄の精製に向いた鉱物が相当数埋蔵されていて、ココで収集、採掘されたそれらは、ホビルやドワネへ向けても輸出されている。


 ――という事は、クートフィリアには現世で言うトコロのGDPの様な経済指数は流石に無いが、それと照らし合わせれば、恐らくヒュマド経済の10%程度を支えていると言えよう。


 コータはこれから、そんな要所の領主となるのである。



「――面積の広さ、産物の豊富さから言えば、経済面でも我らにとっては不平と言えよう?」


 ジャンセンはそう特々とランデルに反論すると、彼も一口、マグに入った茶で喉を潤し……


「――それに、だ。


 我らヒュマドが、あの危うく世界を滅ぼしかけた、魔神の力をその身に宿した……ある意味では、”至極の危険人物”を、国内で抱え込むという事でもあるのだぞ?」


 ――と、彼は話題の矛先を、戦後処理への不満からコータ……いや、サラキオスそのものへの懸念へと移した。


「……なるほど、だから今になって口を開いたワケだね?


 コータ殿本人と、彼の事を信じ切っているミレーヌが居ない、”ヒュマドの3人のみ”の今を狙って」


 アルムは苦笑いを浮かべ、何かを促す様にジャンセンの顔を見詰める。


「はい、ただでさえ絶大な魔力を保持するサラギナーニアに、一定の権力までもを与えるというのは……かつて、このクートフィリアを戦火に染めたという、悪夢のサラギナーニア――ヒュマドが帝国と名乗っていた頃の暴君、"サンペリエ帝"の再来を呼ぶ愚行となるのではと」


 ジャンセンはアルムの目線の意図を察し、自分が抱いている懸念を吐露した。



 サンペリエ帝――"サンペリエ・ヒュマド・サラギナーニア"とは、ヒュマド王家の始祖とされている人物で、ヒュマドの土地に初めて独自の統一国家を建立した偉人である。


 同時に、その身に宿したサラキオスの力を加勢に、他族へ侵略戦争を仕掛け、世界征服を企んだ暴君としても語り継がれている。


 そう――サラキオスが以前触れていた、”野心に富んだヒュマドの依り代”とは、このサンペリエの事を指す。



「――エルフィが、サラギナーニアの継承をクアンヌのみとした事と、彼らを半ば幽閉する様な形で、非人道的な措置を続けていた事は、ひとえにサンペリエ帝の再来を防ぐためのはず。


 サラギナーニアの人の身に過ぎた力が、実際の権力と交わっては……世界に災いをもたらす火種となりかねない」


「要は、コータ殿が、新たなサンペリエ帝へと変して、世界を制そうとする――と、言いたいんだね?」


 抽象的に聞こえるジャンセンの物言いを、アルムは端的に話をまとめた。


「それは……いくら何でも、杞憂に過ぎましょう。


 この旅路を振り返って観ても、あのコータ殿がその様な……」


「――無論、コータ殿が信に置ける好漢である事は百も承知。


 だが、殿下もランデル殿も観たであろう?、あの禍々しい身となって、ドンドンとサラキオスの力の扱いを習得して行く、コータ殿の様子を……」


 ジャンセンの懸念へ更に反論を示そうとするランデルを制し、ジャンセンは今朝の飛行魔法の練習風景を引き合いに出し、彼は畏怖を示す身震いを見せた。


「……もう良いよ、ジャンセン。


 君の問いかけは――それらを踏まえた上での、ヒュマド王国としての政治的、軍事的な意図に関して、王子である僕の個人的な考えが知りたい……という事だね?」


 アルムは、もう一度話をまとめ、彼はまた茶を一口啜り……


「これは父上――ヒュマド王陛下から直接聞いた、最高レベルの機密に値する話なんだけど……まあ、他族であるミレーヌも居ないし、二人はこれまで苦楽を共にした大事な同族の仲間だから、教えても良いだろう……でも、誰にも言っちゃダメだよ?」


 ――と、実に軽薄に聞こえてしまうテンションで、まずは秘匿付きの前口を打った。


「まず、戦後負担の不平に関しては、確かにジャンセンの言うとおり――これでは、一割近くの税収が飛ぶと、財務の者たちは嘆いていたよ。


 でも、父上は財務の臣にこう告げた――"その損に余りあるだけの益が、我がヒュマドの国にはもたらされる"とね」


 アルムは、順序立てて話の口火を切り、そこまでを言って二人の表情の反応を見やり……


「――もちろん、税収が減るのは確実なんだから、その益とは経済面での利ではなく、これは軍事……安全保障面の利益としてだ」


 ――と、特にジャンセンの顔色を注視して、何かの返りを待つ素振りを見せる。


「おっ、お待ちください――それは利益ではなく、不利益ではございませんか?」


 案の定というか、ジャンセンは疑念に満ちた表情で、破綻している様に聞こえてしまう、アルムが挙げた利益不利益の話に釘を刺した。


「”局地的に”、そして、”短期的に”思えば、そう見えるだろう……だけど、”大局的に”、”長期的に”考えれば……それは、大きな利益となるんだよ」


 アルムはしたり顔で、不思議がる二人へうやむやに思える返事をした。


「僕らヒュマドが、ジャンセンが言うトコロの『至極の危険人物』であるサラギナーニアを抱えるという事は、考え様に因っては……それは、”強力な外交カード”にもなるし、”他国を威嚇する抑止力にも成り得る”という事さ」



 ――アルムが、この後に並べたモノとはこうだ。



 サラギナーニアの処遇を、半ばヒュマドに押し付ける形になる事や、1割に迫る経済損失を背負わせる事――それは、他国にとって、ヒュマドにある種の”負い目”を抱える事へと変じ、容易にヒュマドの行動への口出しなどが、出来難くなる事が第一の利点だった。


 ヒュマドは、関税などの貿易面の事から、慣例的に根強く残る奴隷制への他族からの批判など、イロイロと他国とは様々な摩擦を起こしていて……それらの軋轢が和らぐ事は、十二分に利益と言える事柄だった。



 次に、その軋轢が増し、他国との戦の気配が奔る様なら、その背後なり、身の内にサラギナーニアが控えているというのは、他国にそれを躊躇させるに値する事柄となるだろうし、それでも万が一に開戦となれば――身近に飛んだ火の粉を払うが如く、サラギナーニアの助勢も期待出来るかもしれない。



 更に、これはアルム自身の見解だが、ミレーヌから聞いた限り――コータは、現世では市井の一般人だったという事だし、島への政治的な関与は少ないはず。


 そうなれば、そのままコータの臣下に据える予定の、ヒュマド国の粋がかかった者が、引き続き行政の類を執り行う事は必至なので、少々小賢しい手法ではあるが、筆の先をちょちょいと舐めて、経済的損失を和らげる事も――と、アルムはイヤらしい笑みを浮かべて語っていた。



「――それに、今回の事をきっかけに、ヒュマドとエルフィは非常に友好的な関係を築けている。


 互いの王子と姫――”僕とミレーヌ”が、まあ……”イイ感じに付き合っている”事を象徴的にね」


「!!!!、ブフォォっ⁉」


 不意打ちの様に、当事者の片方がいきなり暴露した、ロイヤルカップルのロマンスに、聞いていた二人は思わず口に含んでいた茶を吹き出した。


「はは……気付かれているのは解って居たしね♪


 別に今更隠す事も無いだろうし、この話題を締め括るためにも、この事は結構大事な要素でもあるんだ」


 アルムは楽し気にそう言うと、反応に困っている二人の顔を見据え……


「僕は、ミレーヌを妻として迎えたいと思っている。


 同時にそれは、ヒュマド王家とエルフィ王家が血縁となる事――これに因り、サラギナーニアを抱える事と同様の利益が見込める……という理屈は、もう解っているよね?」


 ――と、したり顔で語る彼に、二人は少し嫌悪感を滲ませた顔で応じた。


「……でも、やめてよ?


 僕がミレーヌと婚ぎたい気持ちは、決して政略的な思いからじゃあない――臣君の間柄としてではなく、共に死線を潜った仲間として、それだけは信じて欲しいね。


 ただ、"いざ"そうなれば、そんなオマケも付いて来そうだってだけさ」


 アルムは言い訳気味にそう二人に告げると、よく晴れた月夜の空を見上げ……


「――これからのクートフィリアは、僕らヒュマドが中心に座る世の中になるってね♪」


 ……と、したり顔で嬉しそうに呟いた。

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