合意の下で異世界へ

一宿一飯

「う~んっとぉ…この辺り、ですかぁ?」


 ミレーヌがキョロキョロと見渡し居るのは、眼下に拡がる、公太には見慣れたこの街の風景である。



 そう――ミレーヌ、そして、彼女と手を繋いでいる公太は今、空の上に居る。


 もちろん、これは彼女の魔法の力に因るモノ……公太を家へと送る事と、その彼の自宅で、今晩厄介になるために、ミレーヌが飛行魔法を用いているのだ。



「……ん、そぉ……だから、早く降ろしてぇ……」


 実は、高所がニガテな公太は目を覆い、眼下を目にしない様に勉めていて、彼にとっては苦渋なこの状況から、早く解放されがたっていた。



 ブルブルブル……



 ――と、そこに…ヘリのローター音が聞こえてきた。



「ミッ、ミレーヌちゃん……ヘリ、来てる――見られちゃ、マズイんじゃないの?」



 公太は下を向かない様に注意しながら前方を指差し、近づいて来るヘリの機体を示した。


「ああ、それは大丈夫ですよ。


 駐車場に居た時点から、透化結界魔法――姿を消す魔法を、翻訳結界と同時展開していますから」


 ――と、ミレーヌはサラリとそう言って、段々と公太の自宅……公営団地の彼の一室のベランダへと高度を下げ始めた。


「もしかして、ミレーヌちゃんってさぁ……ソッチでも、"凄い部類"の魔法使い?


 翻訳、透化、飛行を同時展開って……実は、難しいんじゃないの?」


「ええ、まぁ。


 自分で言うのは恥ずかしいですが、一応は世界の存亡を託されてる者の一人ですので」


 公太からの称賛と尊敬の眼差しと言葉に、ミレーヌは謙遜も交えてそう応じた。


「さぁ、ベランダに降りますよ、お疲れ様でした」



「ふわぁ、確かに、凄い『車』だったねぇ……」


 ベランダから部屋へと入り、飛行魔法での何とも言えない浮遊感と、持ち前の高所への恐怖心から解放された公太は、半ば放心状態で床へとへたり込んだ。


「ううっ……嘘を吐いた私への皮肉ですよね?、それ」


 魔法を解く為と思しき手の動きを終えたミレーヌは、渋い顔をして公太の顔を見詰める。



 ――この、飛行魔法での送迎に至った経緯はこうだ。



「――では、コータさんのお家へ行きましょうっ!」


 名乗り合いを終えた後、ミレーヌはご機嫌に手を挙げて、意気揚々とエレベーターに戻ろうとした。


「えっ?、君と一緒に……歩くの?」


 ――と、公太はミレーヌの恰好を頭の先から見渡し、怪訝な表情を滲ませた。


「それにウチ、公営団地だからなぁ……そのコスプレ然とした恰好で、出入りするトコを近所の人に見られたりすると……」


「――ヘンな目で見られたりするんですよね?、解ってますぅ……それで今日まで、苦労してきたんですからぁ」


 公太が挙げた事情に、ミレーヌはしみじみと同調を示した。


「歩いているだけで……しゃしん?、とか言うモノを、とらせて?、欲しいとか……コータさんも言ってましたけど、『リアルなこすぷれだねぇ~っ!』って、声を掛けられたりして、何を求められて、何を言われているのか、全然意味が解からなくて……


 場所に因っては、入るのを断られたりもして、コチラでは、私たちの服装がドレスコードに引っかかっているとは、思いも寄りませんでしたよぉ~」


 ミレーヌは、転移後の苦労話を披露するつもりで、蔦を編んだ様な自分の服に触れながら顔をしかめる。


(……この、翻訳してるっていう言語の精霊って、単語の語彙ヌケが多いよな)


 ――と、彼女の話を聞いて公太は、心中でそんなツッコミを入れた。


「――でも、ご安心くださいっ!、その辺は魔法でイロイロとするつもりですので!


 それよりも、コータさんこそ、歩くのが大変ではありませんか?」


 ミレーヌは公太の足の疲れを心配して、ジッと彼の様子を見詰める。


「ん……まあ、それは慣れたモノだから、苦じゃないが……君がクルマで送ってくれるっていう嘘を信じてここまで来たぐらいだから、アテにしてた面はあったよねぇ」


「でしたら、お任せくださいっ!


 コータさんは、嘘を吐いて誘った私を許してくれた上に、話もちゃんと聞いてくれて――更に、一泊のご厄介にも応じてくれた大恩人!


 魔法を使って、快適にお送りさせて頂きますっ!」


 ミレーヌは得意気に自分の胸を叩き、公太の左手を握る。


(おっ!、ダメ元で言ってみたら、やっぱりあるんだぁ~!


 瞬間移動系だったら良いなぁ……高いトコ苦手だから、どこぞの老舗RPGみたいな、皆で空に舞い上がる系はちょっと……)


 ――と、公太はミレーヌがこれからどんな魔法を使うのかを邪推して、胸を膨らませる。


「――それでは、"飛びます"っ!」



 ――ビュゥゥゥゥッ!



「!、やっぱり、後者かぁ~~いっ!」



 糸を引く様な魔力の光の筋が空へと舞い上がった瞬間、その光の中では公太のそんなツッコミが響いていた。





「ココが、コータさんのお家ですかぁ……」


 ミレーヌは部屋の中に入ると、キョロキョロと室内を見渡す――少し、怪訝とした表情で。



 彼女の表情の意味はきっと、モノの少なさとそれには似合わない、生々しい生活感の濃さへの驚きであろう。


 健常者時代は、民間の賃貸アパートで暮らしていた公太であったが、病気を発症し、救急車騒ぎを引き起こしたため、リハビリの末に帰宅を果たして早々、様々な理由を根拠に退去を迫られ、原則は単身者不可の公営団地ではあったが、障害を理由とした特例事項を用いて、彼はこの団地に居を置いていた。


 その彼の部屋とは、1LDKの造りで、その一部屋にはベッドが一台と大きめなローボード、こじんまりとしたテーブルが一つずつあり、主なというか、家具と呼べるのはその3つのみ――後は、備え付けられている恰好のFF式灯油ストーブが一台。


 ミレーヌには、何が置かれているのかは解からないであろうが、ローボードの上には小さめの液晶TVとBDレコーダーが置かれており、テーブルには比較的大きめなノートPCがある。


 ハナシよりも、随分贅沢な家電設備だと思われるかもしれないが、これらはどれも、公太が健常者時代に買い求めていたモノで、どれもが所謂『10年戦士』――何時、プッツリと故障しても可笑しくはないシロモノばかりだし、ノートPCに至っては、更新サービスの終了期限が迫っているOSが搭載されているヤツだ。


 今でこそ、ああして近辺には単独で外出が出来ている公太ではあったが、障害を負ってから早期の生活は『文字どおり』のオタク――つまり、宅内での行動が関の山という期間があったため、如何に宅内生活を充実させるかが重要……それに特化したのが、この並びなのである。


 真冬ともなれば、極寒という言葉がピッタリな北海道において、こたつの類や、個人用のポータブルストーブやファンヒーターだけで暖を得ようとするのは、ある意味では自殺行為に等しいので、この様な単身者の部屋には似つかない暖房設備となっているのは、土地柄と気候ならでは――後のLDK部分には、これも10年戦士の冷蔵庫とガスコンロが設けられている。



(――コッチの世界の暮らし向きはよく解らないけれど、とても……寂しさを感じるわ)


 ――と、ミレーヌは部屋を見渡した感想として、心中でそんな呟きをしていた。




「――さて、泊めてあげる事には応じたけどさ、まだ昼だよ?


 俺以外の候補者を探しに出たりしないワケ?」


「えっ⁈、それは……」


 公太の問いにミレーヌは、ハッとなって彼から目線を逸らす。


「俺が、受諾するのが前提――いや、それに賭けてるって事ね……」


 公太は渋い表情をして、彼女の態度の意味をそう邪推した。


「ううぅ……そんなに、のべつ幕無しに見つかるモノではないんですよぉ……


 コータさんは、やっと出会えた適合者なんですから、逃すまいと張り付こうというのは、トーゼンの心情ですぅ~」


 ミレーヌは頬を膨らませてそう言うと、またモジモジと両手を絡め……


「――それに、次元の狭間を超えて、この世界に着いてから飲まず食わずで早10日……まあ、私たちエルフは魔力さえ枯渇しなければ、栄養の接種が無くても活動に支障はありませんが、正直に言えば、もう疲れたんですよぉ……」


 ――と、深くうな垂れて愚痴を溢した。


「――てぇコトはさ、腹……減ってる?


 昼飯、喰おうと思ってんだけど……食べるかい?」


 公太はうな垂れているミレーヌに向かって、あんパンの包みをブラブラと垂らす。


「えっ……良いんですか?」


「もちろん、一人で喰ってるのを、黙って見られてるのはアレだからね」


 顔を上げたミレーヌの返答に、公太は軽く笑みを造って、あんパンの包みを手渡す。


 公太が渡したのは、コンビニなどにありがちな1つ入りの物――だが、手渡されたミレーヌは、持ったソレを黙って見詰めている……


「ああ、開け方、解らないワケね……」


 ――と、その意図を察した公太も似たパンの包み……ちなみに、クリームパンの包みを取り出し、無造作にテーブルに置かれているハサミを持って、それを用いて封を切って見せる。



 今の公太の手の力では、あの手の包みの封を引き千切って開けるのは難しい……そんな些細な事にでも、生活の中に『害』となって『障る』から、『障害』なのである。



「俺はハサミが要るけど、手で引き千切れると思うよ」


 ――と、開いた袋の端を掴んで、その脆さを現してミレーヌに見せた。


「……」


 ミレーヌは黙ったまま、包みを引き千切って封を開け……


(これは――『パネ』、かしら?)


 ――と、不思議そうにあんパンを見詰めながら、とりあえず頬張ってみる。



 後に公太も知る事となるのだが、パネとは、パンに似たクートフィリアでは主食として、一般的な食べ物の事である。



「⁉、!!!!!!!」



 あんパンを食べた瞬間、ミレーヌの全身に電流が迸ったっ!



(たっ!、確かにこの味と食感はパネそのもの――だけど何⁈、このパネの中に包まれた、黒く甘い『何か』はぁっ⁉)


 ミレーヌは全身を震わせ、再度黙って手に持ったあんパンを凝視し、戦慄を覚えた表情で、クリームパンを頬張っている公太に目線を向ける。


(ありがちな、日本凄い系番組を直に見せられてるみたい……いや、この場合は、異世界スローライフ系ラノベの方かぁ?)


 ――と、公太はミレーヌの表情を見据えて、そんな戯れ言を心中で呟いた。

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