WinWinな誘い

「お願いしますっ!、私と一緒に、クートフィリアに来ていただけませんかっ⁉」


 エルフ女は縋る様な目線を公太に向け、必死の形相で懇願し始めた。


「魔神封じに成功すれば、滅びが迫るクートフィリアに平和が訪れるのですっ!


 どうかっ!、どうかお願い致しますっ!」


「ちょっ……ちょっと待ちなよ。


 アンタの話が全部本当なのか――いや、あんな魔法モンを見せられちゃ、それに関しては信じる事しか出来ねぇけどさぁ……魔神封じの依り代だの、そのクートナンチャラに一緒に行って欲しいだのを一斉に言われても、自分の思考のナナメ上に行ってて、もうワケが解らねぇよ……」


 土下座でもしそうな様相のエルフ女に、公太は宥める体で平手を差し出す。



「う~んとぉ……質問したい事を順に並べるよ?


 まず、俺しか居ないワケ?、それと……その異世界に付いて行った場合、どれぐらいで……いんや、そもそもコッチに帰って来れるの?」


 困った様子で頭を掻きながら、公太が並べた質問に、エルフ女の答えは……


「――今の所は、あなたしか見つかっていません……


 このクアンヌ族の秘宝である、依り代の適正を探る『メリケ石』が反応を示した方は、あなたが初めて。


 それに……正直言って、クートフィリアの現状は切羽詰まっているので、反応を示したあなたに飛びついたというのが本音です。


 コチラへの帰還については……ごめんなさい、無理だと思ってください。


 次元通過は、禁法中の禁法で、高度の魔力を有した者――私の様なエルフ、それも魔力の扱いに長けた者ぐらいでしか、往復は行えませんし、魔力を有しないコチラの方に至っては、百年をかけて紡がれた『精霊蚕の繭』から作った、このローブを纏っていなければ、次元通過には耐えられませんし、それで耐えられるのも片道が限度なので……」


 ――という、状況の切迫さと自身のノープランぶりを露呈し、懐から取り出したローブを見せながら、この要請は片道切符……つまりは帰還不可、全てを捨てて、そのクートフィリアという世界に来て欲しいという事だった。



「……帰って来れない様な究極的な選択を、偶然見つけた該当者に迫るなんて、ぶっ飛んだ娘だよねぇ」


 公太は苦笑いを見せながら、呆れた様子で彼女の浅はかさを突く。、


「……はい、仰るとおりですぅ…ですがぁっ!、私たちは手厚くあなたを歓迎致しますし、魔神封じが成功した暁には、世界を救ってくれた稀代の大恩人として、不自由な生活くらしは、させない事をお約束しますっ!」


 ――と、彼女は挽回とばかりに、この要請を請けた場合の利点も訊いていないのに並べ始めた。


 公太は、彼女が言ったその中のあるフレーズに、ピクリと反応を示し……


「……”不自由な生活”って、一生遊んで暮らせるとかってクチの話かい?

 だったら悪いが、んな事に『不自由』って言葉を、軽々しく使うヤツは好かねぇな?


 働かなくて良い――いや、働けねぇ事を幸せだと思う様なヤツは、ロクな輩じゃねぇからね」


 ――と、冷酷なまでに冷ややかな視線をエルフ女に送り、鋭い眼光で睨み付ける。



 エルフ女は公太の――いや、身体障害者にとって、ある種の逆鱗に触れてしまっていた。


 彼らにとって、最大の『不自由』とは……何よりも、その身に抱えている障害なのだから。



「……ごめんなさい、発言が軽率でした」


 エルフ女は、公太の言わんとする意味を聡く理解し、彼に向って頭を下げる。


「ですが、私が約束すると言った事は、あなたの、そのお身体の事も含めた上でなのです」


「⁈、えっ……!!!」


 頭を下げたまま続けた、エルフ女が告げた言葉に、公太は目を見張って驚愕する。


「ソッチじゃ……魔法とかで治るのか?」


 公太からの問いに、エルフ女は顔を上げ……


「いえ、クートフィリアでも種族を問わず、あなたと同じ症例はありますし、命を取り留めたとしても、後の障害についても同様――たとえ魔法を用いても、その快復はなりません。


 でも、クアンヌ族が残した書物には、依り代となった人の中に、あなたと同じ様な障害を抱えていた方についての記述があって、その方は宿した魔神にその半身の制御を預け、自由に動かしていたと……」


 …と、否定と肯定を混ぜた答えをした。


「……狡い考えですが、あなたにお身体の事を確認したのは、これが交渉の切り札になると思ったからです、すいません…」


 エルフ女はまた頭を下げ、自分の狡猾な発想を詫びて見せた。


「これが、治る……この障害と、オサラバ出来る……?」


 公太は、垂れ下げたままの自分の右手と、硬直して軽く曲がったままの自分の右足を見渡し、口元を震わせてそう呟く。


「……なぁ、今――返事、しなきゃダメか?」


 公太は自分の半身を見詰めながら、エルフ女に返答の猶予を尋ねる。


「はっ、はいっ!、この場で直ぐにでなくとも構いませんっ!


 生まれ育った世界から去るという、重大な結論を求めているのですから、いくら切羽詰まっているとはいえ、直ぐの返答を強いるつもりはありません――ご家族とか、いらっしゃるんでしょうし。


 でも、出来るだけ……いえ、断られた場合を考えると、明日の朝までにはご返事を頂きたいですっ!」


 エルフ女を拳を握り、前のめりで公太の確認に応じた。


「へへ、えらく人道的だねぇ……その気になれば、魔法で襲って拉致するって発想もあったろうに。


 コッチじゃありがちな発想だし、世界の危機となったら、それぐらいの覚悟かと思ってたけど」


「あっ……その手、ありましたね」


 公太が皮肉気味に告げた発想に、エルフ女はマジメな様相で顎に手を置く。


「あり?、ヤブヘビかよ?、まあ、おかげで選択権を与えられてる分、否応無しに転移や転生をさせられてる、ラノベやアニメの主人公よりはマシかぁ……」


 公太はまた苦笑いをし、彼女の純朴な心根を称賛するつもりでそう揶揄した。


「……あと、家族とか、恋人の類は居ねぇから、その辺の心配については安心しな…両親もガキの内に亡くしてる、天涯孤独の身の上だからさ」


「えっ⁉、そう、なんですか……」


 エルフ女は同情を交えた声で、公太が告げた身の上についての感想を現す。


「あの、でしたら……もう一つ、お願いしても良いですか?」


 ――と、エルフ女はモジモジと両手を絡めて……


「――今晩、泊めて頂けません?」


 ――更に、一泊の宿を、公太に所望してきた。


「おいおい、ハニトラにかけてダメを圧そうって思惑ハラか?」


 公太は眉間にシワを寄せ、彼女の願いに色っぽい罠の懸念を感じた…


「……はにとら?、また言語の精霊が混乱して……?」


 一方のエルフ女は、本当に翻訳が適っていない様で、不思議そうに公太に問い返す。


「だからぁ…『ハニートラップ』、これで翻訳出来る?」


「!!!!!!、ななななっ⁈、そんな事は考えていませんっ!」


 公太が今度は略さずに言葉を紡ぐと、エルフ女は激しく狼狽し、顔を真っ赤に染めて憤慨する。


「私はっ!、そんな軽い女ではありませぇんっ!、第一、クートフィリアには心に決めた御方おひとだって置いて来てぇ……」


 エルフ女は、先ほどよりもモジモジとして恥ずかしそうに俯く。


「コッチに来てからは、ずっとアテも無く彷徨ってぇ……コチラの通貨おかねも持っていないから、野宿続きだったんです。


 ですから、事情を話したあなただったらと……」


 エルフ女は、公太を信じ切った体で、ゆっくりと顔を上げながらそう言った。


「それ、十分に軽いっしょ?


 寝込みを襲って手籠めにしようとするかもしれないし、俺が『ヤラせてくれたら』って言うかもしれないでしょうが?」


「うう……そう言われると、反論は出来ませんね」


 公太の冷静な指摘に、エルフ女は顔を引き攣らせて自分の浅はかさを恥じる。


「……まぁ、良いぜ、泊めても。


 前者が出来る身体じゃねぇし、元からそんな気もねぇから心配は要らねぇ……ただし、狭いけどな♪」


 公太は投げやり気味にそう言って、エルフ女の新たな願いを承諾すると……


「――ところで、アンタも俺も、人として大事な事を忘れてねぇか?、互いに名乗ってねぇだろ?


 俺は山納公太――公太だ、んで、アンタは?」


「!、そうでしたね……失礼をしてすいません」


 エルフ女はハッとなってそう言うと、エルフの作法らしき動きを先にしてから……


「――"ミレーヌ"、ミレーヌ・エルフィ・プリナラと申します……コータさん」


 ――と、名を告げて、公太の前で畏まった。

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