第9話 嵐の前の大騒ぎ

麻雀の事は分からない。分からないけど……大杉さんはかなり調子が良さそう。

対して高嶺様はポーカーフェイス。優勢なのか劣勢なのか分からない。



「がっはっは!! 今日はツイてるぜ!」



……大杉さんの一人勝ち状態。

高嶺様は二位で三、四位が手下の人達。だけど……



「ぬわあああああ⁉︎ てめえぇぇぇぇぇぇ!!」



最後の最後で手下の人が大杉さんから大きい手を上がって逆転一位。

マジでやる、っていうのは本当だったんだ……



「ありがとうございました。順位は私の方が上なのでこちらの勝ち、という事で宜しいですね?」


「ちっ、しゃーねえ! おい、姉ちゃん離してやんな!」


「うす」



手下の人が私を縛る結束バンドを切ってくれた。



「高嶺様……っ!」


「怪我はありませんか?」


「馬鹿ですか! 何で逃げなかったんですか⁉︎」


「奴隷を主人の私が守って何が悪いのですか?」


「それは……でも! こんな危ない事……!」


「危なくないから一人で来たんです。

大杉親分は女子供に手を挙げるような人ではありませんよ」


「え……?」


「戯れとして舌戦はしましたが、それだけです。

大杉組は今でこそ小規模ですが、組長も構成員も武闘派です。

特に大杉 剛太郎はかつて玄武会の危機を救い、多くの極道から一目置かれている存在。

故に付いたあだ名が大杉親分……規模が縮少したままなのも、別に組を大きくする必要性が無いからです。

この関東には小さいからと大杉組を舐める極道なんて居ませんからね」


「そ、そうだったんですか……」


「それで、大杉親分。用件は麻雀だけでは無いのでしょう?」


「あぁ。澤田会長がお前を欲しがってる。極道としてじゃなく、女としてな」


「……そうですか」


「あ、あの……澤田さんと言うのは?」


「玄武会の現会長です。玄武会と言うのは関東一帯を仕切る巨大組織。

鳳組や大杉組も玄武会の傘下、という事になりますね。

鳳組も地元では知らない者は居ませんが、それでも玄武会と比べたら足元にも及びません」


「そ、そうなんですね……そんな人に欲しいって言われて大丈夫なんですか?」


「牛雄の奴も真っ正面から喧嘩する気満々だから澤田会長もそう簡単には手出し出来んだろうが……」


「何か問題が?」


「……女郎蜘蛛を動かした可能性がある」


「……っ⁉︎」



女郎蜘蛛……高嶺様の大切な人を破滅させ、調教して売り飛ばした女調教師……



「女郎蜘蛛……本名は九条 赤夏(せきな)。赤い髪と眼の女で、何処から持って来たのか分からねぇ妙な薬で女を狂わせちまう。

俺が若い頃から活動してる……割には若いから代替わりしたんだろう」


「その女郎蜘蛛が私を……もしかしたら美咲さんの情報が……」


「その美咲とやらについても調べたんだが……どこかに売られた形跡は無かった。

名前なんざ女郎蜘蛛に捕まった時点で無いようなもんだが……それでも見つからなかった」


「そんな筈はありません! 美咲さんは確かに……」


「お前がそういうんなら確かに美咲は女郎蜘蛛の手に落ちたんだろうさ。

つー事は、だ。まだ女郎蜘蛛の側に居る可能性がある」


「……どういう意味ですか?」


「女郎蜘蛛は気に入った女は売らずに手元に置いておく事がある。

その場合、寧ろ取り戻すには苦労するだろうがな」


「所在が明確になった、とプラスに考えます」


「そうかい。まぁ、これで俺の言いたい事は全部だ。

良いか、澤田会長と女郎蜘蛛が動いている以上何がどうなっておかしか無い。

二人とも目的の為なら手段を選ばねーからな」


「御忠告と御協力、痛み入ります。さぁ、帰りますよひな子」


「は、はい!」



ホテルを出ると黒塗りの車が止まっていた。

運転手さんも居たけど、高嶺様は本当に一人でホテルに乗り込んだんだ……



「ひな子?」


「あ、いえ……」


「怖かったですか? それとも何処か痛い所でも?」


「大丈夫、です。高嶺様が無事でホッとしたというか……っ」


「まったく……私を心配するより、ご自分の心配をした方が良いですよ?」 


「それはそうなんですが……!」


「会長も女郎蜘蛛も大杉親分みたいに優しくありませんよ。十分気を付けるように」


「は、はい……!」



そう言って車に乗り込む高嶺様はどこか悲壮な決意のようなものを感じて。

気付いたら、私は高嶺様の手を握っていた。



「ひな子……?」


「え、あ……ち、違うんです! その……」



思わず握っちゃったけど……何を言えばいいんだろう⁉︎

……いや、ごちゃごちゃ考えるなんて私らしくない。

ここはただただ素直な気持ちを口に出そう。



「高嶺様。高嶺様もどうかご自分を大切にしてください。

美咲さんへの手掛かりが掴めそうで逸る気持ちは分かりますが……私にとっては高嶺様こそ大切な存在なんです!」


「ひな子……」


「わ、私が高嶺様を守る! ……なんて烏滸がましい事は絶対に言えませんけど……それでも、必ず側に居ますから」


「……ありがとうございます。ひな子に諭されるなんて私も焼きが回りましたね」



高嶺様が優しく微笑んでくれて少しだけホッとした。

どうか、穏やかな結末が訪れますように。

そんな事、ありえないなんて事は分かっているけれど……

 


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