第6話 分不相応な嫉妬
「みさき……美く咲くと書いて美咲と読みます。
中学の頃、私を気にかけてくれていた大学生のお隣さんでした」
「随分お姉さんですね……?」
「父や兄達は私を極道から遠ざけようとしていました。
ただの一般市民として暮らすように、と。
そこでアパートで一人暮らしを始め、そのお隣が美咲さんでした」
「それで、美咲さんはどんな人なんですか?」
「お人好しでお節介な人でしたよ。
よく生活用品や食料品を親切に持って来てくれましたね」
それは確かにお人好しだ。私だったらそこまで出来るか分からない。
「人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、私が極道の娘というのは広まっていました。
ですが、それでも美咲さんの態度は何一つ変わりませんでした」
「良い人だったんですね……」
「はい、本当に善人でお人好しで……だから借金の連帯保証人になり、裏切られて、破滅しました。
丁度今のひな子のように」
「……え?」
「そして美咲さんは行方不明。裏社会の伝手を辿って、情報を集めて……最終的に女郎蜘蛛へと辿り着きました」
「女郎、蜘蛛……?」
「愛称です。裏社会で幅を利かせている調教師。
女でありながら……いいえ、女だからこそ同じ女の調教に長け、数々の奴隷を各界の大物に提供してきました。
相応に大物達の弱みを握っている事もあり、どこの組織も迂闊に手出し出来ない存在です」
「その女郎蜘蛛に美咲さんが?」
「美咲さんは女郎蜘蛛の商品として調教を受けていました。
そこまでは掴めたんです。ですが、その後は何処に売られたのかが分からない。
だから私は女郎蜘蛛と接触する為に、この世界……極道の世界へ足を踏み入れたのです」
「それは……お父様達は反対しなかったんですか?」
「勿論されましたよ。ですが私は一人でもやると聞かなかったので、だったら自分の目の届く所に置いた方が安心だろう、と父親の組に入れて貰いました。
そこからは暫くは代打ち……いえ、組に所属してるので代わりにという訳では無いのですが……の仕事をしていました。
最初は仲間内で打って、お小遣い感覚でお金を貰っていましたが……私の実力を知って実際に取引の場で働かせて貰えるようになりました」
「代打ちって負けたら大変な事になるイメージなんですが……」
「そこはまぁ、組長の身内ですから。それに最初は小競り合い程度の揉め事にしか呼ばれませんでしたし。
ですがそこで勝利と信頼を重ねていく内に徐々に大きな案件にも呼ばれるようになりました。
麻雀なので当然負ける事もありましたが……それでも勝率はトップだったので切られたりはしませんでしたよ」
「はぁ……」
私より10歳も年下なのに覚悟が決まりまくってる……
「そうして多額の上納金を納め、昇進し、部下と権力を得てからは他のシノギにも手を出していきました。
…‥あぁ、シノギとは商売の事です。
上手くいった事も上手くいかなかった事もありました。
時には命を賭けた麻雀で首の皮一枚で乗り越えた日もありました」
「それでも続けて……?」
「美咲さんは謂わば何をしても許される玩具として売買された存在……一刻も早く、何としても美咲さんを助け出したかったんです」
「会えたんですか?」
「女郎蜘蛛との接触には成功しました。ですが当然ながら売り先……顧客の情報など教えてくれる筈も無く。
今は美咲さんを探し、誰かに飼われて居たらすぐにでも買えるように資金と情報を集めています」
「そうなんですか……早く見つかると良いですね」
「ありがとうございます」
そう言って高嶺様は微笑んだ。
だけど私は……上手く笑えているだろうか。
高嶺様の愛を一身に受ける、顔も見た事のない美咲さんへ嫉妬する心が、確かにある。
あぁ、私は今どんな顔をしているんだろうか。
「すみません、長々と話し込んでしまって」
「あ、いえ……大丈夫です」
「ではそろそろ二度寝としましょうか。おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
考えても仕方ない。どこまで行っても私は奴隷なんだから……
※※※※※
奴隷生活を初めて二ヶ月経った。
幸か不幸かこの生活にもだいぶ慣れてしまった。
「ふぬぬぬぬぬ……っ!」
高嶺様は学校で体育祭があるからか、例の運動ゲームに精を出している。
今更運動しても意味ないと思うんだけど……
「はぁーーーーーーっ!! はぁ、はぁ……いい汗かきました。これは勝ちましたね」
「応援しています」
「ふふ、シャワーを浴びてきます。夕食はその後で」
「かしこまりました」
足プルプルしてるけど大丈夫かな……
何はともあれこっちは夕食の準備を進めなきゃ。
今日のメニューは肉じゃが。
高嶺様は人参が嫌いなので少な目に。
「良い匂いですね。やはり運動の後は塩分です」
シャワーを浴びてきた高嶺様がリビングに入ってきた。
今日も今日とてブカブカTシャツ。
履いていると分かっていても視線は下を向いてしまう……
あ、お風呂上がりのシャンプーの香りが私と同じ筈なのに何かが違う……いや、若い女の子特有の匂いなのかな?
「頂きます」
「頂きます」
高嶺様がご飯をもぐもぐと食べ始める。
相変わらず一口が小さく、けれどちゃんと咀嚼して飲み込んでる所を見るとちゃんと躾けられたんだろう。
……もしかして美咲さんの躾のおかげだったり?
いやいやいやいや! そんな事を考えるなんておかしいおかしい!
「どうかしましたか?」
「っ⁉︎ い、いえ……何でもありません……」
高嶺様が訝しげに私の顔を覗き込んできたので慌てて目を逸らす。
うぅ……いつまで嫉妬してるんだ私は……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます